「伊關佑二郎」の過去の国会発言

発言数 644件

初発言日: 1957-04-11  /  最新発言日: 1962-08-22  /  1 ページ目 / 全体 33ページ

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1962-08-22 衆議院

農林水産委員会

○伊關政府委員 季ラインの問題につきましては、これは李ラインを廃止いたしまして、そうして合理的な漁業協定をつくろうというのが日本の方針でございます。ただ従来の交渉におきましては、漁業協定の前提となる資源論までは三月の初めに終わりまして、三月の末から漁業協定そのものの論議に入ろうということになっておりましたところ、三月中句に第一回の政治会談をやりまして、それでほとんど決裂同様のことになりまして、その後委員会は開かれておりません。今度予備折

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 第二回の政治折衝をなるべく早くやりたいという要望は常時あるわけでございます。韓国側もそういう希望を、この前の第一回が済みまして以後常に持っておるわけでございます。 それから、ただいまの御質問は、あるいは、杉・ペ会談をやりたいという申し出が昨日ございました。その点にお触れになっておるかとも存じますが、これは、明日杉代表が東京にお見えになりますので、御都合がよければやりたい、こう考えております。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 その点につきましては、一月の末でございましたか、なるべく早く第一回の政治折衝をやりたいということを向こうが申して参りまして、それに対しまして、国会の審議が一段落した際なるべく早く三月中に開こうということを約束いたしました。その際に、先方は、なるべく五月末までに会談全体をまとめたいという希望を表明いたしました。そういう目途のもとに努力をしましょうという約束はいたしておりますが、具体的なことは何もきまっておりません。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 ただいま申し上げましたように、その申し合わせというものは一月の末でございます。それから、第一回の政治折衝というものは三月の半ばに行なわれたわけでございまして、この政治折衝をやりました結果としまして、先ほど大臣が申されましたように、あまりにも考え方が開いておる。そこで、今すぐやるような事態にないというふうなことは、その三月にやりました上でそういうふうな考え方になってきたわけであります。 〔「報告が違うぞ」「文書を出し

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 韓国といろいろな話をいたす場合に、メモをとる場合と、とらぬ場合がございますが、この際は申し合わせた事項がメモにとってございます。それがとってありますので、今回のように先方から義務違反と言われましても、こっちとしましては、努力しようと書いてあるのだから、義務違反がないということがはっきり言えるわけであります。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 これは両方でもって公表しないということに当時いたしておりまして、その中身が向こうから漏れたわけでありますから、私の方も中身を申し上げておるわけでありますが、文書そのものは、まだ向こうも発表いたしませんし、こっちもそれまでは発表いたしませんが、中身はそれだけのことでございます。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 これは、文書は発表しないということになっておりますから、発表しますと義務違反になります。中身は、向こうで申しましたから、それに応じてこちらもはっきり申しておるわけでありますが、文書そのものは発表しないということになっております。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 合弁会社ということはわれわれは全然考えておりません。ただ、今のままで完全に野放しということになりますと漁族資源の保護ができませんので、李承晩ラインは撤廃いたしまして、そして、合理的な漁族資源保護のための何らかの規制措置ということを考えたい、こういうふうな考え方でございます。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 李承晩ラインというものが違法のものであるという点は、終始一貫そう考えております。そして、この問題を解決すべく目下交渉をいたしておるわけでございますが、交渉いたしましてもとうてい解決の見込みがないということになりますれば、ただいま仰せのような司法裁判所に持っていくということも考えられますが、まず両国間でもって交渉して解決したいというので、今やっているわけでございます。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 目下のところは、やはり、両国間の交渉によって解決したい、その方が早いんじゃないかというように考えております。司法裁判所に提訴いたします場合には、先方が応訴するかどうかという問題もございます。今のところ、この両国間の交渉で解決したいという考えでおります。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 申し合わせの形態は何であるかという御質問でございますか、これは、申し合わせました事項が三つございまして、それを念のために書いたのでございます。ですから、両方がその書いたものを一部ずつ持っております。結局メモとして両方が同じものを一部ずつ持っております。そういう形態のものでございます。これは、一月二十五日、杉代表、ペ代表の間でこの話がきまったわけでございます。

1962-04-11 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 そうです。もちろん、話し合いまして、こうこうこうと三点について話し合いが成立いたしました。それをそのまま書いたものを一部ずつ両方が持っておる、こういうわけでございます。一月二十五日。杉、ペ両首席代表の間でこの了解に到達しております。 立ち合いましたのは、日本側は、私と、もう一人卜部参事官、先方は、崔参事官と、もう一人ぐらいおりましたか、よく覚えておりません。 それから、内容いかんということですが、内容は、国会審議

1962-03-14 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 南北に関する基本方針は大臣がお答えになりました通りでありまして、あとのこまかい点につきましてどうするかというのは、今後の問題でございます。

1962-03-14 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 韓国との間に法的地位に関する協定ができ上がりました場合に、その協定の規定の適用を受ける者がだれであるかという問題になってくるわけでありますが、その協定に定める手続によっていろいろと申請をしてくる者は、当然その協定による待遇を受ける。たとえば永住権の問題等がございますが、その協定によって定める手続を踏んで申請をしてくる者はその協定による永住権をもらえる。しかし、その協定を認めぬといいますか、その協定によってそういう手続をし

1962-03-14 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 ただいまの三点のうちで、この無為替輸出並びに延べ払いの許可という政府の内諾を得て湯川氏が向こうに行ったという点は、全然事実でございません。政府としましては、個々の民間のプロジェクトが出て参りました場合に、その個々のケースのメリットを見て考えようということでありまして、包括的にそういう方針を全然きめてはおりません。 その他、韓国の国内生産と競合する問題とか、あるいは手工業的なものが重工業に移っていくのじゃないかという点

1962-03-14 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 先ほど申し上げましたように、過去に湯川氏が行く前にそういう承認を与えておらないということ、今後こういう問題が出ましたならば、個々のプロジェクトを見て方針をきめるということでございますから、それがまた、たくさんそういうものが出てくるようになりますれば、あるいはもっと一般的な方針をきめる必要が出てくるかも存じませんが、先ほど申し上げましたように、現在においてはそういう経済協力の話というものはまだ具体的なものはほとんどない状況

1962-03-14 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 まあ、何らかの処置をとる必要がありますかどうかは別問題にいたしまして、大体、日本の業界でもって韓国に何か大きいことを考えられる場合には、まず私のところとか経済局にお見えになりまして御相談がございます。私は、事実の通り、湯川氏に関する限りは今申し上げたようなことを申し上げておりますから、そういう御心配はないんじゃないかと思っております。

1962-03-14 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 御質問につきまして、第一点は、先方は当然全鮮を代表するというつもりでおります。わが方は、この国連決議の趣旨とか、現実に施政の及ぶ範囲というふうな点を考慮に入れて、これに当たっておるわけであります。 第二点の、これを限定して交渉するかという御質問、これも今の御答弁に含まれておると思います。 それから、協定文にこの点をどうするか、協定にこういうものを書くか書かぬかというのは今後の問題でございますが、交渉の実質、中身が

1962-03-14 衆議院

外務委員会

○伊關政府委員 基本関係につきましては、これは初めからすべての基本関係以外の問題が解決しました上でこの問題に入るということになっております。従いまして、漁業とか請求権とか法的地位が解決しました上で、そこで入ることになっております。 それから、法的地位、請求権につきましては、何回会合をやりましたか、私は回数はよく覚えておりませんが、昨年の十月二十日から始めまして、少なくとも一週間に一回というものはやって参っております。法的地位につきま

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