「古荘四郎彦」の過去の国会発言

発言数 156件

初発言日: 1958-04-16  /  最新発言日: 1958-04-18  /  1 ページ目 / 全体 8ページ

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1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 一昨日お調べを受けまして、帰りましたらば、頭が痛くて起き上れないのです。それで寝て、医者には見せませんでしたが、きのう一日、私は床の中におったのです。床の中で秘書の人を呼んで、書いてお断わりせいということであります。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 私は、名がはっきりしませんか、佐藤明正というのは、片山君の方に何か関係がある人ですか。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 そういうことは聞いていますが、私は知らぬことです。しかし、それはあるようです。私の関係したことじゃありません。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 加藤孝三がいよいよ不渡りを出しまして、その後に、加藤孝三の仕事を全部自分が引き受けたというので、私のところに整理問題で会いにきたわけです。それから承知しておるわけです。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 手紙をもらったことがございます。やめたらどうかということ、これは森脇君からですが、森脇君の手紙は、そのまま握りつぶしております。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 あまり古くないと思います。最近です。あまり古いことじゃありません。七月云々よりもずっと最近の話です。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 覚えありません。手紙がありますから、調べればわかりますが、ここに手紙がありませんから、わかりません。最近です。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 はっきり申し上げましょう。レインボーの持っておる担保を第一相互へ入れて、第一相互が金が要るから、私の方で貸してやったわけです。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 それは、取締役会でできますけれども、私の頭の中では、役員のかわるようなことを想像して作ったものです。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 やめろとは聞きませんでした。君もいい年になったから、銀行屋の年令もみんな若くなっているから、この際考えた方がいいのじゃなかろうか、友だちとしておれは言うということで、大蔵大臣としてお呼びになったのではございません。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 担保がついておるもので、その債権を千葉銀行へ譲り渡して、そして借りておるものですから、その担保がそのまま千葉銀行にきておるわけです。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 そう言っていいか…、。私は、千葉銀行がレインボーに貸している額がふえてきましたから、これは、なるたけ額を減すために、ほかの方から借りられるなら借りさせようといって、いろいろやったものです。その一部なのですね。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 今申し上げましたように、大蔵省の御警告に対しては、十分尊重しております。しかし、不幸にしてその御趣旨通りに貸し出しの整理ができなかったことを、はなはだ申しわけないと思っております。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 先ほどお答えしたのですけれども、これは、まあ総括的にいえば、金貸しでしょうが、元来は事業家です。これは、千葉県で事業をやっておったのですが、失敗して東京へ来て、金貸しをやったのですね。

1958-04-18 衆議院

大蔵委員会

○古荘参考人 これは、ちょっと御質問が——一切これに貸し増しをしてはならぬというような指図というものはないのです。それは、これは相当注意をして、大いに回収に努めよということはありますけれども、貸し増しを絶対にしてはいかぬというようなお指図は、受けておらぬと思います。

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