神谷尚男の発言 (法務委員会)
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○説明員(神谷尚男君) 法務省といたしまして、明年度の予算要求におきまして、新たに総合刑事政策研究所の設置に関する経費を要求いたしておるのであります。この点につきましては、前回の委員会におきまして、大沢経理部長から、その必要性等について、すでに触れて説明しておるのでありますが、若干それに敷衍いたしまして、私から御説明申し上げたいと存じます。
国の犯罪対策としましては、やはり犯罪を撲滅すると申しますか、絶滅すると申しますか、その方向に向って、少くとも犯罪の減少ということが実現されていくような方向になければならないと存ずるのでありますが、現状におきましては、諸統計が示しますように、特に少年犯というものにつきましては、たとえば強姦、強制わいせつ等の性犯罪は、戦前の約二十倍に上っておる。あるいは少年による強盗殺人の凶悪犯は、戦前の十倍に上っておる。こういうような数が示しておりますように、現在における犯罪対策というものは、必ずしも威力を発揮していない。むしろ無力とも言えるのではないかと考えるのであります。現在におきまする体制としましては、警察、検察、裁判、行刑あるいは保護、それぞれの各機関がこれを担当しておるのでありますが、それぞれの立場でてんでんばらばらに、いわば腰だめ式とでも申しますような対策しか行われておらず、そこには、総合性とか科学性というものがあまり認められない感じがいたしておるのであります。そういうことからいたしまして、必ずしもその威力を発揮していないと、むしろ無力な現状にあるともいわれるのじゃないかと思うんでありますが、そういう意味におきまして、各機関が担当しておりますその施策というものに総合性、協調性を与える、あるいは刑事政策において科学性をもたらすということがきわめて必要でないかと考えるのであります。犯罪に対する対策としましては、この犯罪のよって生じますところの原因というものを正しく科学的に把握しなければならないのでありますが、現在におきまして、この犯罪の原因というものがどういうふうに考えられているかといいますと、その犯罪原因論に対する考え方というものは、きわめて未熟と申しますか、まだ十分発達していない段階にあるように見受けられる、まあ科学性というものがそこに見当らないのじゃないかというふうに考えられるのであります。犯罪原因というものを科学的に探究して、そこに初めてこれに対処すべき対策というものも立っていくのでありますが、その犯罪原因というものを科学的に探究するということが、特にわが国においてはまだ十分発達していないということがまず指摘されなければならぬのであります。
そこで、この犯罪原因を科学的に把握して、これに対して適切な対策を立てるということを考えていかなければならぬのでありますけれども、この犯罪と申しますのは、いわば反社会的性格を備えた人間が正常な社会生活に適応し得ない一つの病理的な現象でありまして、その社会的不適応性とでも申すものが犯罪の主因となるのでありますけれども、その犯罪の原因というものは、この犯罪者の素質、環境といったものが複雑に錯綜しているのであります。それで、その要因を分析しまして、相互の関係を測定、解明していくというためには、単に常識とか直観とか、あるいは惰性といったものでは十分になし得ないものでありまして、これには、たとえば社会学なり心理学なり、あるいは精神医学なり、あるいは統計数理の学問なり、こういうものを借りてこなければならないのでありますが、そういった基礎的な犯罪学とでも申しますか、そういうものが現在わが国におきましては必ずしも発達しておりません。そのために、犯罪原因というものを正しく把握するということがまだ十分でないのでありまして、従いまして、その対策というものも十分立て得ないということになっているのであります。
これを最近起りました事例で御説明申し上げますならば、しばらく前、小松川の女子高校生を殺した事件が起きたことは、御承知の通りと存じますが、その犯人であるこの少年は、問題の犯行前に、すでに十五、六のころから、四回にわたって窃盗を犯して、警察につかまっているのであります。しかし、いわゆる科学的な眼を持たない刻下の機関は、その犯人の潜在的な凶悪性と申しますか、犯罪性と申しますか、そういうものを看破することが必ずしもできなかったのであります。家庭裁判所は、初めの三犯に対しましては、不処分とか審判不開始といった最も軽い処分をして、直ちに釈放しておりますが、四犯目に至りまして、やつとまあ保護観察という処分に付されたのでありますけれども、保護観察官は、この少年が表面的には善良のように見えましたために、その成績は良の評点を与えているということになつたのであります。ところが、これに対しまして、その環境なりその生活なりを調査して、これを科学的に判断いたしますならば、その少年の犯罪的傾向というものは顕著に見られたのではないかと思われるのであります。先般ここで係官が御説明申し上げましたグリュック式の犯罪予測表というものを当てはめてみますならば、九八・二%の犯罪傾向があったということが言えるのであります。このように、科学的に犯罪というものを見直すということがなければならないのでありますが、現状におきましては、警察にしろ、裁判にしろ、あるいは行刑、保護の関係にしろ、ほとんど常識あるいは直観、あるいは従来のしきたり、惰性といったもので行われておりまして、いわゆる犯罪対策としての意欲というものがそこには全然うかがえない。これは、今ごろになってそういうことに気がついたのかというあるいはおしかりがあるのかもわかりませんけれども、とにかく現状におきましては、そういう諸機関の間に総合性も十分なければ、また科学的ないわゆる目というものが持たれていないということが、これは事実そのままの姿であります。犯罪がすでに起りまして、その結果において社会に与える損害あるいはこれに対処する国家の諸費用、そういうものを考えてみますならば、それはきわめて莫大なものであります。これを何とか未然にできるだけ防止することができるということになれば、国費においてもきわめて節約できるという結果にもなり、社会の治安上もきわめてその方が好ましいということは、言うを待たないところであろうと考えられるのであります。その意味におきまして、できるだけ犯罪を未然に防止し、そのためには早期発見をし、あるいはその者に対して早期の治療を施すというような考え方、あるいはすでに犯罪が生じてしまつた後におきましては、本人に対し適切な矯正保護の措置を講じ、社会復帰に役立たしめる措置を講ずるということが必要なのでありますが、そういったいろいろな技術の面も、わが国におきましてはまだ十分と言えないと思われるのであります。たとえば、刑務所に収容しましても、その刑罰の効果というものがどの程度発揮されておるかという刑罰効果の測定ということも、いまだに十分に解明されていないのじゃないかというようなことも考えられるのであります。
そこで、この研究所におきましては、一体どういうことをするのかということでありますが、詳しくは、先日お手元にお配り申し上げました事業計画などでこまかく触れておるのでありますが、ここにおきまして簡単に申し上げますならば、刑事政策の学問についての最高水準の頭脳をできるだけここに集めまして、内外の理論のそしゃく、研究、吸収ということをさせ、あるいは犯罪の実態を組織的に解明し、あるいは刑罰の実証的効果を測定させるといったような方法におきまして、わが国の社会的背景と国民性に最も適合した犯罪防止対策を立てようということでございます。各省におきましては、必要な研究機関がそれぞれあるのであります。たとえば、文部省では、統計数理の研究所とか、教育研究所とか、あるいは厚生省では、人口問題研究所とか、精神衛生研究所とか、それぞれございますが、法務省におきまして、法務行政の根幹となる点についての科学的究明を担当する研究所というものは現在においてないのであります。のみならず、わが国の大学におきましても、犯罪というものを科学的に究明する研究機関というものはございません。また、この刑事政策を専門的に研究する刑事学に関する専門講座、専任の教授も、現在わが国の大学に、少くとも国立の大学には置かれていないという現状でありまして、犯罪に対する科学的究明というようなものにつきましては、わが国においてはきわめて未発達であるということが言えるのでございます。諸外国におきましては、本日お手元に差し上げました表をごらんいただければおわかりいただけるかと思いますが、諸国におきまして、それぞれ相当の規模のこれに関する研究所を持って、この社会を内からむしばむところの犯罪というものに対して熱心に研究いたしておるのであります。法務省といたしましては、刑事に関する法務行政、それをも十分この効果を発揮せしめるという立場に立ちまして、ぜひこの研究所の実現を希望いたしておるのでございます。その詳しいことは、先日お手元にお配り申し上げましたところによって御承知いただきたいと思うのでありますが、その機構、事業計画等は、そこにしるされた通りであります。ただ、これに対する予算総額が三千五百万円であるということに対しまして、むしろそんなわずかな費用で何ができるかという、逆の面のおしかりといいますか、勉励といいますか、そういうものをいただいておるのでありますが、まあわれわれとしましては、一歩々々築いていきたい、着実なものを一つ一つ築き上げていきたいという意味で、はなはだ僅少といえば僅少な予算額でございますけれども、まず明年度はこれをもって発足いたしたい、かように考えて、この程度の予算の要求にとどめた次第でございます。
一応御説明申し上げまして、御質問がございましたらお答え申し上げたいと思います。