堀昌雄の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)

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○堀小委員 大変年末の押し迫ったどきに佐々木参考人には御出席をいただきまして、ありがとうございました。
 実は、本日は、金融制度調査会の会長としての佐々木参考人にお伺いすることと、調査会を離れまして、長く日本銀行の総裁として、また日本銀行にお勤めになって日本の金融問題について造詣の深い佐々木参考人に金融制度調査会の会長を離れて一つ伺うことと、二つをちょっとお伺いをいたしたいと考えておるわけでございます。
 そこで、最初に、この金融制度調査会というものでございますけれども、これは金融制度調査会設置法という法律で定めがございまして、第一条に「金融情勢の推移にかんがみ、金融制度の改善に関する重要事項を調査審議するため、大蔵省の附属機関として、金融制度調査会を置く。」第二条「調査会は、大蔵大臣の諮問に応じ、金融制度の改善に関する重要事項を調査審議し、及びこれに関し必要と認める事項を大蔵大臣に建議する。」こういうふうに実はなっておるわけでございます。
 そこで、実は恐らく、この法律は昭和三十一年にできたわけでございますけれども、当時は金融制度というのはほとんど銀行を中心とするいわゆる間接金融機関といいますか、これを主体として考えてよろしい時期であったか、こう考えるのでありますけれども、その後、経済の発展に伴いまして、国際的ないろいろな問題が入ってまいっておりますし、さらには国内的には、石油高騰の影響を受けて、高度成長から低成長へという転換がございまして、不況を回復するためには大変な国債の発行というような事態になってまいりまして、金融機関そのもののあり方も変わってまいりましたけれども、同時に、債券というものの占めますウエート、言うならば金融市場というもののウエートが非常に高まってきておるというふうに考えますので、この法律ができました当時は銀行中心ということでよかったと思うのでありますが、今日、この金融制度という言葉の内容はそういう客観的な経済情勢の転換につれて内容も変わって理解されてしかるべきではないだろうか、かように考えるわけでございますけれども、佐々木参考人はどのようにお考えになるかを承りたいと思います。

発言情報

speech_id: 109104640X00119791226_003

発言者: 堀昌雄

speaker_id: 13201

日付: 1979-12-26

院: 衆議院

会議名: 大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会