堀昌雄の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)
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○堀小委員 そこで、もう一つ私、最近大変興味のある話を承ったわけでありますが、一体銀行法というのは何のためにあるかという問題でございますけれども、アメリカでございますと、御承知のようにアメリカの銀行とか保険会社というものは、日本とは違いましてしばしば倒産をいたします。それをアメリカ国民は十分承知をして、そうしてみずから、ある意味では自己責任においてこれらの金融機関と対応するということがアメリカ国民のこういうことに対する常識になっている。日本では、この銀行法ができます前のあの昭和の銀行倒産以来今日まで、銀行が破産をしたという例は一件もございません。
実は、また前回のことに戻るのでありますが、前回のときに澄田銀行局長が預金保険機構というものをひとつつくりたいというお話がございました。私は、現在の日本の銀行法は強大な権限を持っておって、免許制によって大蔵大臣のところに監督権が集中をして、さらに厳しい検査権というものを持っていて、これは預金者保護のためには、銀行は軽々にはつぶれないというシステムを確立しているのが実は現在の銀行法だと思っているので、もしあなたがどうしても預金保険機構をつくりたい、これから競争を導入するからもし倒産したものが出たときに、それは預金者保護のために下に網をかけたいとおっしゃるのなら、どうかひとつ検査権、監督権を放棄してください、検査権、監督権がなくなれば網をかけましょう、検査権、監督権を持って、つぶれないということを国民に約束しておるような体制の中で下に網をかけるということは道理にかないません、だめですよと言って私は強く反対をした経緯がございます。最終的には預金保険機構もできましたが、私が申したように、この十数年間各金融機関はここへお金を払い込んでおりますけれども、今日も依然として預金保険機構がその機能を発揮したことは一回もございません。物事の道理にかなわないようなこういう事例は、歴史的な検証の上でもそれは間違っているということを、私は今日皆さんの前でちょっと、別に自慢ではございませんけれども、申し上げたいと思うのでございます。
ですから、そういう意味で、私は今度の金融制度調査会での一つの問題点は、今後の日本の金融構造というものが一九九〇年にはどういうふうに変わるのだろうか、西暦二〇〇〇年にはどういうふうになるだろうかというような、一定の構造変化に対する見通しその他がまず明示をされて、こういう変化に対応するためにはこういうことが必要だという形で問題が提起をされておるならばともかく、どうも今日的課題というものに終始をいたしておるという感じがいたしてならないのでございます。ですから、参考人が最初にお話しになりましたように、慎重にこの問題に対処するという点で私も全く同感でございます。
しかし、私は現状を見ておりますと、この問題はどうも結論が出にくいのではないか、こういう私なりの判断でございます。片方は何が何でもこれを法律にしてもらいたいという考えが一つございますし、片方は何が何でも反対だということのようでございます。これは非常に開きがございまして、問題の性質上百かゼロかということでいまは動いているようで、どうも中間がないのじゃないか、こんな感じがするのでありますが、私の立場からいたしますと、この答申は実は業務としてこのことを認めたいというスタイルで書かれておると私は判断をいたします。
しかし、私は少なくともこれが業務として書かれるような銀行法改正なら、ない方がいい、こう実は反対しているわけでございまして、その他の点についてはまた別でございますが、この答申そのものが求めておるこの考え方は、少なくとも過去十数年間金融制度の問題を勉強し、さらに今後の見通しを私なりにいろいろな関係者の方にお願いをして、九〇年、二〇〇〇年の金融構造の見通しというものを承っておる限りでは、私はどうも必要ないのではないか、特に問題は、ディーリングをやる立場のものはその市場の中で中立性が保たれていなければならないと思うのであります。ディーリングをするものが一定の支配力を持ってディーリングをするということであるならば、要するに不特定多数の人が市場で売り買いをするときに、一定のものが、ディーリングをするものの影響力の範囲内でコントロールされるおそれのあるようなものはディーリングをする立場にはあり得ない、市場の本来の機能というものは、そういう意味では中立公正なもとにすべての関係者の出会いが行われ、そこで公正な価格形成が行われるということになるべきではないのか。
ですから、ある雑誌を見ますと、現在銀行全体で九百何名かの役員のうち六百何十人かの役員が都市銀行から派遣されているということも大変な企業に対する支配力である、こう私は思います。特に財閥銀行と言われる銀行は、今日私どもがテレビその他を見ておりますと、コマーシャルを出しますのにそういうトラストのようなものがずらっと並んで出て、その中心にこれらの財閥銀行がある。こういうことになりますと、出てまいります企業の下にある関連したものの広さはこれは大変な支配力がある、こう考えるわけでありまして、そういう支配力を持つものが中立的な公正な立場でのディーリングが求められる市場に介入してくるということは市場の公正な価格形成をゆがめるおそれもあるし、このことは将来の日本の金融市場にとっては決してプラスではない、こう実は判断をいたします。
前回も私は、将来TBが自由化をされてくる時代が参りますればTBに参加をされることについて私はそれほど問題にしておりませんし、そういう金融市場ができれば現在の特利預金であるCDもよりフリーな問題として処理をされるようになるので、TBの自由化は大変望ましい、こう考えておるわけでありますが、こういう立場から、要するに市場におけるディーラーは中立的で公正である必要があるかないか、これだけをお答えいただきたいと思うのでございます。