北裏喜一郎の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)

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○北裏参考人 お答えいたします。
 ただいま先生の申されたように、実はこれはなかなか予想の立てにくいことでございます。また、現に銀行の窓販によってどのくらい個人消化が進むとか、販売が進むということは、私自身もなかなか予測を立てにくいし、また銀行でも具体的な数字を挙げておりません。ただ漠然と窓口の多い方がよかろうという意味であって、どのくらい消化するかということは、銀行側でも出しておりませんし、私どももなかなか予測難でございます。ですけれども、個人消化というのはそう一挙に進むものではございません。またそれが多ければ多いほどいいというように皆さんお考えかもしれませんが、やはりそうでもない、ある限界があるということは、その後の公社債市場、国債市場という価格形成の面で、極端に言えば九割方個人消化したらいいとか、一〇〇%個人消化がいいという御意見はないと思います。おのずから限度があるということを申し上げたい。
 個人の金融資産は、御承知のとおり年々蓄積されていきますが、この中で徐々にそこで初めて安定保有、安定した個人が自分の資産選好上持とうとするという意味で安定保有ということになると私は思うのであります。そうしたことを考えますと、これまたあるいは耳ざわりになるかもしれませんが、銀行の日ごろの行動を考え合わせますと、銀行が窓販を行うことは、あるいは先生のような懸念があるのではないかと私どもも思います。したがって、国全体としては個人消化というものがそれほど大きく進むと考えるのは、これは即断でございます。そういうことはあり得ないと私は考えております。個人消化でございますよ。銀行は本来預金を集めることが本業でございまして、そして貸し付けてその利ざやを取るというのが本業でございます。これはもう申すまでもございませんが、銀行が企業からいいますと非常に利益が少ない、手数料が少ない、そういう業務を、国債を一生懸命に販売するというようになると私には思えません。
 また同時に、銀行は、私どもにない、証券業にない、言いかえれば力を持っている、強みを持っているということはいろいろな面で言えると思います。いまの問題に関連して言いますと、資金の所在、法人のみならず、法人の金融、金繰り、資金需要というもののみならず、個人の家計のやりくりということも十分わかってきておるのじゃないか、がっちりその資金のソースがわかっているというのが今日の銀行の強みでございます。たとえば、法人のことは申すまでもございませんが、個人の家計といいますとよくわれわれ月給取りの給与振り込み口座というのがありますが、現在で二千二十七万口座がございます。個人が皆会社から銀行に振り込んでいます。二千二十七万口座でございます。これは六十年までには、銀行さんが申されておりますし皆さんも予想されますが、恐らく三千五百万口座、ほぼ世帯数に等しいだけのものが家計の給与振り込みという形で行われる。そういう意味で法人、個人を問わず銀行がその資金のソースを握っているということは残念ながら言わざるを得ないと思います。それだけの非常に強みを持っています。
 それから、きょう議論になっておりますマル優口座でございますが、現在金融機関全体では一億六千口座、約人口比に等しいだけの口座があるわけです。これは金融機関全体でございますけれども、特に銀行となりますと約七千六百万口座でございます。それに反しまして、われわれ証券界は、国債が大量発行されました五十年以来見ますと、現在で七百八十六万口座でございまして、約十分の一でございます。今日としては銀行はこの強みを生かしまして自分の預金を全部国債にすることは可能でありますけれども、そうしたのでは銀行が成り立ちませんから、預金をふやさずにどこへ出ていくかというと、恐らくまずはわれわれ証券会社が持っている、国債にはマル優とほかにマル特がございますが、そこへ出ていくのではないか。ということは、証券業者が営々と築いた中におけるそういうマル優、マル特の七百八十六万口座の中に十倍近い銀行の強みが入ってくるということを想定しておるわけでございます。その分だけは実は証券会社が扱っておりますけれども、そこに振りかえるだけでは個人消化がふえるということになるでしょうか。私どもはそのことを、預金を全部振りかえるというのはわかりますけれども、あるいは部分を振りかえるというのはわかりますけれども、むしろ預金はコストが安いからなるべく温存しておいて、国債をやるならば他業ないしは特に証券業のようやく七百数十万口座、その中に入ってくるのじゃないかという危惧を持っておるわけです。そういう意味では、全体としては個人消化がふえるという考え方は、全然ふえないというのは極論でございますけれども、そうたくさんふえないということはおわかりでございましょう。国全体ではそういう意味では大きくふえないと私は思っておるものでございます。

発言情報

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発言者: 北裏喜一郎

speaker_id: 8089

日付: 1980-12-05

院: 衆議院

会議名: 大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会