北裏喜一郎の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)
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○北裏参考人 現に寡占の問題は今度の論議の中にもよく銀行ないしは世間で言われることであります。四社の売買シェアが高いことは事実であります。ですが、よく考えてみますと、国債が大量発行され、個人に持たすというのは、五十年からわずか歴史が四、五年でございます。これを考えなければいかぬと思うのです。寡占の弊害はよけいあるということもありましょう、しかし、われわれは、基本的には価格形成が寡占によってゆがめられるのじゃないか、談合によって価格形成がゆがめられるのじゃないかというように理解しますと、実はそうでなくて、仮に四社あるいは総合証券でありましてもなかなか激しいのでありまして、公募債の商いというのは五銭ないし十銭くらいの差で、それは一銭高くとも一銭安くともおのおのが競争しておるわけです。価格形成の面では四社寡占ということは当たらぬ。
売買量の結果としての水準は、確かに量は四社が多いということは事実でございます。しかし、恐らく四、五年の歴史を見ますと、いまのように手数料が非常に薄いということから見ますと、一般の業界では必ずしもやってないという意見があると思いますけれども、これは今日ではほとんど全部やっておりますけれども、時をかせば、年月をかせば恐らく全業者の大きな柱になるということは信じて疑わない。これは過去にもそういう歴史がございました。国債でなくて社債とかあるいは割引債という金融債をやる場合にも、そういう傾向から始まっております。これについてはすべての業者がやっているのは事実でありますが、国債につきましても年月をかせばすべてやるということは当然であろうと思いますが、今日はまだ四、五年しかたってないので、まずはそういうところから始まっている。そういう意味では、量は確かに事実でありますけれども、価格形成には寡占はございません。