大月高の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)
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○大月参考人 ただいま証券取引法第六十五条二項の解釈についていろいろ御質問ございました。
一つは、このできたいきさつがどうかということでございます。
これは、私も証券取引審議会の委員としまして、証取審の場でもこの問題、そう具体的にどうこうということじゃございませんけれども、証取法及び証取法の二十二年、二十三年法、それからそれに引き続いて四十三年法がございます。そういうようなことに絡みまして、銀行法との関係をどういうように解釈したらいいのかということについて当局において十分話を詰めてほしいということをいろいろ議論いたしまして、それは答申にも明確にしてあるわけでございます。それは解釈がいろいろあるというほかに、いきさつも明確でないという点があるのが原因でございます。
私もその点、歴史的にいろいろ調べてみました。大蔵省が出しております「昭和財政史」にもいまの関係の記述がございますし、それから志村先生、アダムス氏の会談の記録も私読んでみましたし、自分でも当時銀行局におりましたので、そういう関係でいろいろ調べてみたわけでございますが、二十二年法と二十三年法の違いのポイントは、おうしゃるように六十五条にあると思います。
二十二年法を制定いたしましたときには、司令部の担当官がブレントリンガーという人でございまして、この方は必ずしも証券業務には精通してなかったようであります。それが二十二年法ができまして未試行の段階で担当者がアダムス氏にかわった。アダムス氏は、ある程度証券のことにも精通しておられた。そういうことで、アメリカのグラス・スティーガル法というさっきお話がございました、銀行で証券業務を禁止しておるあの条文はどうしても必要なんだということで導入されたというように私は承知しております。それが日本側の働きかけがあったのか、あるいはどの程度そういう意見の調整があったのかということはつまびらかにいたしませんし、残念ながらアダムス氏の示したという原本がいまどこにも見つからない。これはちょっと妙なことだと思うのでございますけれども、見つからなくて、それを翻訳したと称せられるメモというものが他に残っているだけであります。それから法制局の当時の担当者も、当時はやはり司令部一辺倒ということでございましたから、どの程度実質的な審議をやられたかということもつまびらかにいたしません。それから当然関係のある当時の証券取引委員会と銀行局との間でどのくらい折衝があったのかということもつまびらかにいたしませんし、多分そういう意味の突き詰めた議論は余りなかったのではなかろうか、これは私の推測でございます。
そういう意味でできた条文でございますが、あの精神を読んでみますと、六十五条はいま二項問題が非常にやかましく言われておりますが、実は一項問題だと私は考えております。ということは、先ほど先生のお話しになりましたように、あそこでも銀行、信託会社その他政令で定める金融機関は証券業務をやってはいけない、こう書いてあるわけでございます。やってはいけないというからには、あらゆる金融機関をあの政令で指定しなければ、指定から外れた金融機関はやってもいいということになるわけでございますから、政府当局としてはあらゆる金融機関を網羅する意味で、あそこに全部指定してある。そういう意味で、二項はその禁止を解除するだけでございますから、それなるがゆえに全部をそれじゃやってもいいというところにはすぐにはいかない。それじゃその第二項、禁止の解除でございますから、それは国債、地方債その他政府保証債というような公共債だけについては禁止の解除がしてある。では次に、その禁止の解除があれば、すぐやれるか、そういうことになると思うのでございます。
ところが私が考えますのに、アダムス氏のつくりました現在の証券取引法は、要するに銀行法に規定すべき事項と証券取引法に規定すべき事項とが観念的に混淆しておるのじゃあるまいか。というのは、第二条に証券業とはという規定がありますが、そこに書いてございますのは、金融機関以外の者が左に掲げる行為をなす営業というように、金融機関を外してあるわけでございます。そうしますと、いま言われておる金融機関が証券の仕事をすることは証券業務であるのかどうかという基本的な問題がございまして、これはフリーの分野というように野放しにしてある。金融機関については野放しにしてあるというか、逆に申せば免許の制度もない、免許することもできない、こういうことになっておるのだと思います。証券業をやろうとする人は免許を受けろというふうになっておりますから、それが外れておるということは免許もできないということになるんじゃないか。そういう意味で、そこらのところの調整がどういうような気持ちで立法されておるのかということは明確でない。
次に、銀行法の問題が絡んでくると思いますが、銀行法は先ほどお話がございましたように、じゃ、できるとすれば一体どこで読むのかという問題になります。銀行当局及び金融界では、これは付随業務として読めるということに主張しておられますが、この点については谷村参考人が非常に歴史的に詳しく御研究になっておられますので、お答えはむしろそちらの方からがいいかと思います。
結論的に申しますと、私は付随業務と読むのは無理だと考えております。というのは、銀行法そのものの精神が極端な専業主義をとっておりまして、はっきりこういうことはやってもいいということ以外のものはやらないという精神でございますが、証券業自体が一つの大きな分野をなしておるそのものを単に付随業務として読むということになりますと、ほかにもいろいろ読まなければいかぬ問題がある。むしろどんどん拡張解釈が行われる可能性があると思うわけでありまして、銀行法に書いております付随業務というのは、本当に付随しておるもの以外ではないというふうに私は考えます。
いろいろいきさつはございますし、また議論のあるところだと思いますけれども。そちらでいろいろな他業的なものを禁止しておるという精神と、先ほどの証券取引法の解釈と両方読み合わせますと、現状においてすぐできるかということは疑問だ。ただ、いま皆さんの御検討の対象になっております事項は立法問題でございますので、それはいまのような精神は精神でございますから、その精神を踏まえて疑問のないきれいな体系を皆さん御相談になっておつくりになるというのが最善であろうと考えております。