佐藤観樹の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)
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○佐藤(観)小委員 あわせて、銀行法第五条の問題について、いま大月参考人からお話がございましたが、ちょっと谷村参考人にお伺いしておきたいのでございますけれども、どうもあの当時の、昭和二年に銀行法ができた帝国議会の審議の中身を読んでみますと、簡単に言えば、あそこで言っている国債の売買というのは、いわばいま流に誓えば投資有価証券の売買という意味であって、それ以上の商品有価証券の売買まで言っているんじゃないんだというふうに帝国議会の議事録というのは読めるんじゃないんだろうか。その基本にふるのは、基本と申しますか、状況のもとにあるのは、実は銀行、証券分離というのは二十三年の証取法六十五条から発するんじゃなくて、歴史は銀行法の昭和二年よりももっと古くその精神というのはあったわけですね。
もう釈迦に説法ですが、日興証券が日本興業銀行から分かれたのは大正九年ですし、野村証券が大阪野村銀行から分かれたのが大正十四年、いまの山一証券、前の小池証券でありますが、これが小池銀行から分かれたのが昭和五年、大和証券が昭和七年に藤本ビルブローカー銀行から分かれているわけですね。ですから、すでに昭和二年にできた銀行法の改正のときから、状況としては金融恐慌もございましたので、銀行、証券分離という思想は精神的に脈々とやはり流れていた。
銀行法第五条付随業務を読むときに、あるいは銀行局長の通牒第二千四百五十四号という中に書かれている有価証券の売買というものを読むときには、これはあくまで商品有価証券ではなくて投資有価証券だと読むべきではないだろうか、周りの状況からいってもやはりそう判断すべきではないんだろうかというふうに思うのでございますが、その点はいかがでございましょうか。