谷村裕の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)
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○谷村参考人 ただいまの御質問と、それから先ほど大月参考人が答えられました御質問についての私としての若干の補足と、二点について申し上げたいと思います。
まず、ただいまの御質問でありますが、昭和二年当時は銀行というのが一番大きな存在でありまして、証券業と称するようなものとか、あるいは公社債売買業と称するような業者というものはそれこそほとんどなかったと言ってよろしいかと思います。
そういう時点におきまして、なおかつ当時昭和二年、銀行法制定に当たりましていろいろ準備をいたしておりました段階では、初め公社債売買業務を兼営できるというような案もあったようでありますけれども、それを案から落として、公社債売買業というのは銀行としては他業として兼営できない、こういうことを立案の過程にも明らかにいたしておりますし、またいま御指摘のように、銀行法による銀行が売買をするという問題について考える限り、きわめて少数の例外を除いてはというふうなことを言って、お客から頼まれて取り次ぐこともあろうがなどとは言っておりますが、いわゆる資金の運用としての売買ということがあります。こういうことを申しておるのが私が調べた限り、当時の帝国議会の議事録に出ていることでありまして、そうして御指摘の銀行局長通牒の付随業務としてなし得るということの中に、保護預かり、代金の取り立て等々と並んで有価証券の売買というのが入っておりますけれども、これはいまお触れになったように、よく読んでみますと、やはり帝国議会での問答を受けて、運用としての証券の売買である。そうでなければ、たとえば株式なども有価証券でございますから入ってまいりますが、銀行は当然株式の売買も運用としてならできるわけでございます。それを指して言っているようだと思います。
そこで、実は現在では解釈が変わっておりまして、運用としての投資有価証券の売買というのは付随業務ではなくて、コールをとったりコールに出したりするのと同じような資金運用としての一つの、そのときそのときにおける銀行の事実行為であるという解釈にいま銀行法上はなっておりますけれども、当時の銀行局の国会 当時は帝国議会でありますが、答弁では、そういう事実行為としての、運用としての売買も付随業務であると考えておったような節があってああいう通牒になったのではないか。これは私がそう考えている点でございます。
いずれにいたしましても、佐藤委員は問題をいわゆる引き受けとか募集の取り扱いとかいう問題と、ディーリング、売買、特に不特定多数の人を相手にしてちょうど証券会社がやっていると同じような意味での売買をやることと二つに分けて御質問になっておられますから、まず売買の方だけについて言えば、銀行法の解釈として、商品有価証券として証券業者がやるような売買ということは、銀行のみならず他の金融機関法のどこにも現在規定されておりませんし、また精神からいってもそれは考えていないことだと私は思っております。
しかし、第一の先ほど大月参考人が答えました問題について若干私として補足いたしますと、確かに一般的に六十五条一項によって禁止の網をかぶせ、そして六十五条二項によってその禁止を公共債等について解いているわけでございますが、解くからには多少何がしかのことがそういった金融機関についてできるのかもしれないという気持ち、考え方があったと言われても無理もないと思います。それだからこそ当時の日本側は、やはりそれだけはいいことにしておいてもらわないと困るということも言ったと思いますし、またアメリカでもそういうふうになっているの、だからということを言ったかもしれません。
私が調べましたところによれば、二十七年に貯蓄債券を売り出しましたときに、その売り出しは特別に、そのときの法律によりまして相互銀行等については他の法令にかかわらず売りさばき業務をなすことができるというふうに規定いたしたわけでありますから、相互銀行等については本来はできないが、他の法令にかかわらずこれはできる、こう売りさばきのあれを設けたと思います。
銀行は、そのときには余り賛成しないという立場でありましたから実行はいたしませんでしたが、それでは銀行はどうだったかといいますと、法律上は銀行法には規定がございませんが、銀行は昭和十八年の兼営法によって兼営しております。貯蓄銀行法に国債の募集の取り扱いということが業務として認められております。その貯蓄銀行法上の業務を銀行は当時兼営いたすことができておりましたから、たとえば六十五条二項で例外だと言われておりますのも、制度的に見ますと、国債の募集の取り扱いという今日は証券業務になっておりますものは、当時といえども銀行に許されていた法律上のものであったということも言えるのでありまして、全く例外がないというわけではない。
それからまた、募集の取り扱いだけでなくて、問題が引き受けということになりますと、私は佐藤委員のおっしゃったとおり売買というものについては問題があると思いますけれども、引き受けということになりますと、どうも当時まだ非常に漠然としておりました。それで銀行法をつくりましたときにも、法律上の定義がそこではっきりいたしませんが、引き受けというようなことが、特に社債については銀行等についてはあったわけでございますし、それは根拠は銀行法にはないにしても、あるいは商法じゃなかろうかと言われたり、当時ありました担保附社債信託法に基づいてそれを兼営するという形において銀行ができるといったような意味でのことがありましたから、社債についてできるのなら、あるいは公共債のうちでも政府関係機関についてもできる、地方債についてもできる、国債についてもできるというふうな考え方がなかったわけでもないと思います。そういうような意味で、引き受けとか売りさばきとかいう点については、六十五条二項をつくったときに、あるいはという解釈があったかもしれないと思いますが、御指摘のように売買ということについて言いますと、どうもそれほどできるというはっきりした観念はむしろなかった、またあったらおかしいんじゃないかというふうに私は思っておるわけでございます。
その他いろいろグラス・スティーガル法との関係とか御指摘がございましたが、長くなりますから、この辺でひとつ私としての答弁を申し上げます。