堀昌雄の発言 (大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会)

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○堀小委員 最初に、今参考人がお述べになりました金融・資本市場の自由化に対するお考えや金利の自由化に対するお考えについて、私の基本的な考えをちょっと申し上げて、順次皆さんにお伺いいたしたい、こういうふうに考えます。
 実は、私は当大蔵委員会に昭和三十五年に参りまして、そうしていろいろと金融行政というものを勉強しております中で、日本では、先ほど澄田副総裁がお話しになりましたように、当時は金融政策の中心的な手段は行政指導による窓口規制、要するに量的規制というものが実は金融調節の一番大きな手段となっていたわけでございます。引き続きそれに伴って公定歩合の操作ということがございましたけれども、その公定歩合の操作というものが日歩幾らという極めてわずかな単位の操作ということで、一体これで公定歩合の操作として十分かどうかと私疑問を持ったわけでございます。
 外国のものを勉強してみますと、外国ではオープン・マーケット・オペレーションというものが使われている。さらに準備率の変更という手段も使われている。日本には当時そのオープン・マーケット・オペレーションも準備率の操作も何もなかったわけであります。なぜこの最も広範に影響力を持つオープン・マーケット・オペレーションというものが使われないのかということを調べてみますと、それは当時の政府がとっておりました低金利政策という管理金利政策のために、日本の金利は完全に固定をしておったものですから、そういうオペレーションをやることができないということがわかりました。
 そこで、やはり最も望ましい金融調節手段であるオープン・マーケット・オペレーションがやれるような金融のあり方ということが最も望ましい。そのためにはまず金利を自由化をしなければオープン・マーケット・オペレーションはできないということになれば、順序としてオープン・マーケット・オペレーションができるような金利の自由化を進めるべきである。大体昭和三十七、八年から私は当委員会でこの金利自由化論というのを推進をしてまいったわけでございます。しかし、御承知のように、そうはいっても問題は実はなかなかはかばかしく動いておりませんでした。
 今度は金融の効率化と申しますか、競争原理ということについては、今御出席の澄田副総裁が銀行局長に就任をされまして、そうして昭和四十三年に御案内の合併転換法その他の一連の法律の整備ができました。大蔵省の行政の中で金融行政が自由化、効率化へスタートをした歴史的な時点だと私は考えております。
 そうやってずっとやってまいりまして、実はさっきお話のございましたような国債の大量発行の時代が来て、その後に大量発行からはね返る大量の借りかえ問題というものが避けられない情勢になってきたわけでございます。時間がありませんから、私の方から、大蔵省からいただいた資料をもとに申し上げてみますと、今年度、昭和五十九年度では、年度計で六兆二千億円の借りかえが行われる。御承知のように、国債の発行が大体年四回になっておりますので、その四回の時期にこれが集中をするわけですが、第一・四半期が一兆六千億、第二・四半期が一兆七千億、第三・四半期が一兆四千億、第四・四半期が一兆六千億、今年は全体の発行量から見るとまだそんなに大変な年ではありませんが、昭和六十年度になりますと、二兆、二兆、二兆八千億、三兆、合計九兆八千億ということでありますから、もうこの六十年以降、六十一年十一兆一千億、六十二年十一兆八千億と、実は大量の国債借りかえが起こるということが予想されるわけであります。
 私は、昭和五十六年の二月に渡辺大蔵大臣に、この問題に対応するためにも——もう一つ私が納得できないのが、実は国債の発行が極めて形式的といいますか、官僚的と言っていいのかになっておりまして、少しも金利概念というものが大蔵省、政府にないわけです。百兆円の国債を出しておるときに、もしこの金利が一%違えば、まさに国債全体としては一兆円金利が節約できるわけであります。ところが、高い金利のときにでも低い金利のときでも、ずっとならして平均的に発行しているというのがこれまでの国債発行の状態でありましたから、もう少し金利機能を考慮した国債の発行が自由にできるようなシステムへ転換しないことには、これから長い間にわたって国債の大量の発行は避けられないわけでありますから、そういう問題が一つ。
 さらには借りかえの問題に対応するやり方のためにも、国債特別会計という問題を提起をさしていただいて、実は今は一般会計で国債を発行し、それから借りかえは国債整理基金特別会計、こういうふうに分かれているわけでありますが、それを一つにまとめて、国債の発行を全部国債特別会計が自由に行い得る。要するに、一般会計はその年度に必要な資金を国債特別会計から繰り入れでもらえばいい。発行については、御承知のように、実は現在予算総則で各種の債券の期間やその他について数量を定めておりますけれども、これでは市場で公正な価格といいましても、市場に参加される皆さんは大体このくらいという見当がついておりますから、どちらかといえば買い手市場で国債が発行されておる。こういうのが現状でありますから、国債の銘柄、期間は完全に国債特別会計が自由に発行できるようにする。あわせて短期の国債を発行して、これは後で申し上げますが、今澄田副総裁がおっしゃったTBと、新たな国債特別会計の発行する短期国債というものと、ほぼ似たようなものが出てくる状態が予想される。こういう考えのもとに実は国債特別会計論というものの議論をさしていただいたわけであります。
 いよいよ大量国債の借りかえ時期が参りますから、これらの問題が何らかの形で具体化をされなければこの問題は乗り切れない、こう考えておるのでありますけれども、ずっとそういうような一連の経過を通じて感じますことは、ここへ来て、金利の自由化とか金融の自由化というのは、実は国債の問題を中心に全体が動いてまいりますから、これをおくらせようといってもおくらせるわけにはまいらない。かつて私が昭和三十七、八年ごろから言っておりましたことが、二十年たった今日、ようやくそういう客観的な条件の中で金利が自由化されるところに来たというふうに振り返って考えるわけであります。
 そのときに、そういうものは一体だれのために行われるべきかということが基本的な問題点だと私は思うのであります。私は当委員会でいつも申しておるのでありますけれども、私ども国会議員というのは、国民を代表して、この場所で皆さんにいろいろとお願いをしたりお尋ねをしたりするわけでありますが、それのもとは、少なくとも金融という問題については主体は国民である。要するに、預貯金をする方あるいは債券、証券を買う投資家、この国民、あわせて企業が同じように預貯金をし投資をするわけでありますから、このユーザーである国民と企業が主体であって、金融機関というのはユーザーである国民と企業に対するサービスを提供する機関なのであって、どちらかといえば主体性の方は国民にあるんだ。これが私の過去から今日までの金融政策についての一貫した考えなのでありますけれども、大蔵省のいろいろな対応を見ておりますと、そこへ各局来ておられますが、どうも事の性格上、銀行局は銀行側の肩を持ち、証券局は証券側の肩を持ち、いろいろと過去に問題があるように私は見受けるわけであります。
 そこで、私は五十六年の二月のときにあわせて、もう少し国民的立場から問題を調整するために、金融財務官というものをひとつ制度としてつくったらどうか、そして今日の大蔵省の中の金融というのは、単に銀行、証券だけではなくて、国際金融、理財、少なくともこの四局がいずれもかかわりを持っているわけでありますから、この四局を統括できる金融財務官、要するにそういうおのおのの立場を離れて、少なくとも国民経済における国民の利益、ユーザーの利益を守る立場から判断ができる金融財務官というものを置くのがいいのではないか。こういう提案をしてきたのでありますけれども、まだいずれも実現を見るに至っていないというのが現状でございまして、以上が私が考えておりますことの一つであります。
 そこで、さっき澄田副総裁のお話しになったもう一つの国際化、要するにインターナショナルの問題でありますけれども、このインターナショナルの問題を考えるときにも、私は基本的には同じ考えなのでありまして、まず日本の国民の問題を考える、日本の立場からインターナショナルの問題を考えるということでなければならない。この前、ちょっと関税定率法の質問のときに大蔵大臣にも申し上げたのでありますけれども、私どもが国会の中で言っておることはなかなか政府は取り上げようとしないけれども、外国から圧力がかかってくると、それはもう慌てて対応しているという状態は、私はそういう意味で日本の国会、日本の政府としていかがかという感じがしてならない。こういうことを大蔵大臣に率直に申し上げたのでありますけれども、どうも見ておりますと、そういう点では、外圧に大変弱いという感じがするわけであります。それはもちろんアメリカも大切な国でありましょう。しかし、アメリカだけが日本にとって大切な国ではなくて、日本にとっては、やはり日本国民が一番大切なのでありまして、日本のすべての問題がうまくいく過程を通じて、インターナショナルにもできるだけ自由化をすべきだ、日本の自由化をほったらかしておいて、国際でユーロ市場だけで自由化が先行するなんということは、これは私は本末転倒も甚だしいというふうな気持ちで実は問題を見ておるわけであります。後で個別の問題でいろいろ伺うわけでありますが、要するに、金融というものに対する私の基本的な物の考え方をまず申し上げて、一つの物の考え方を下敷きとして、これからの問題をひとつお伺いをしてまいりたい、こう考えるわけであります。
 そこで、最初に日本銀行の澄田副総裁にお伺いをいたしたいわけでありますけれども、私きょう特に地方銀行協会の瀬戸山副会長にお越しをいただきましたのは、西日本銀行という新しい銀行がこの四月一日から発足をいたしました。私は、今申し上げたような、社会党ではありますけれども、競争原理、自由化論の先頭に大蔵委員会で立っておるものでありますから、澄田さんが銀行局長になられまして、要するに、競争原理の導入、効率化行政ということに対しては、私は全面的に賛成でございまして、そうして、四十三年の六月に合併転換法ができまして、しかし、その後いろいろありましたけれども、今度の西日本銀行の誕生というのは、まさにこの合併転換法が考えていた合併転換であったという感じがいたしておるわけであります。そうして同時に地方銀行、現在六十三行でございますか、ございますし、相互銀行もたしか七十近くですか、あるわけですから、たくさんの日本の金融機関があります。しかし、金利の自由化というものを通じて金融制度全体が自由化をされていって、競争原理が働いていくとすると、当然私は、この合併転換法というものが非常に大きな役割を果たす時代にこれから入っていくのじゃないだろうか、こういうふうな感じがいたします。
 そういう点を含めて、かつての銀行局長であり、今、日本銀行の副総裁である澄田参考人から、金利の自由化が先行しながら金融の自由化が広がっていくという中における日本の金融機関というものが、これからどういう方向で国民のニーズにこたえられるように対応できるのか、そういう点について、ちょっとお伺いをしたいと思います。

発言情報

speech_id: 110104640X00119840410_011

発言者: 堀昌雄

speaker_id: 13201

日付: 1984-04-10

院: 衆議院

会議名: 大蔵委員会金融及び証券に関する小委員会