岩村精一洋の発言 (逓信委員会公聴会)
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○岩村公述人 読売新聞の客員研究員をやっておりました岩村でございます。
この高度情報社会というものへの進展を考えてみます場合に、電電公社を活性化し、効率的な経営に進める必要があるのじゃなかろうか、これが私の基本的な考え方でございます。そして、その活性化といいますことは、今の電電公社の独占を崩すことから生まれるのじゃないか、同時に、今の電気通信産業の分野に新しい競争者を参入させることから電電の活性化も生まれるのじゃなかろうか、そのような考えます。そして、企業が参入してきます場合には、電電側にもこれを迎え撃つ体制をとらせる必要がある。今の公社の形では、いろいろ手足を縛られておりまして、自分が思うように仕事を進めることもできない形がございます。そこで、これはやはり公社を民営化する必要があるんじゃなかろうか、これが私の立場を結論から申し上げたところでございます。したがいまして、今政府が国会に提出しております公社の改革案というものは、この民営化の路線の上に乗ったものであろうか、このように考える次第でございます。
民営化に対する反対意見の中には、赤字の国鉄は経営形態を変えることもやむを得ないけれども、何で黒字の電電の経営形態を変えようとするのかという意見がございます。けれども、赤字の国鉄の方は、飛行機とか自動車とか内航海運とかの激しい競争者の参入に見舞われて、その中で四苦八苦して赤字が出ているという面が多分にございます。これに対しまして電電公社は、独占のために黒字である、そのことをかなり考慮に入れる必要があろう、そのように思います。
しかも、運輸部門においての国鉄の鉄道輸送というものは、どうも輸送需要の変化にマッチし切れないものがあった。飛行機は値段は高くてもスピードを求めるお客に選択されたし、自動車というものはドア・ツー・ドアの輸送とかあるいは密室性とか、そういう新しい輸送需要の前に国鉄の市場を奪い去ったわけでございます。
しかもまだ、電気通信産業の分野では、非常に大きな成長がございました。三十七年に東京と名古屋の間のダイヤル通話ができ上がったわけでございますけれども、その当時に利用者は四百万人であった。これは先ほどもどなたかおっしゃっておられたようでありますけれども、今それが四千二百万を超えるところまで来ているかと思います。このような急成長、需要の非常な膨張ということを背景にして電電は黒字を維持している、このようにも考えられるのじゃなかろうか、そのように思います。
もっとも、見方を変えますと、このような需要の増大にこたえまして、大量の架設をあえてやってのけたという電電公社の功績もまた評価しなければならぬと思います。これは二十八年度から五年ずつの計画をやりまして、積滞の解消に努めて大量架設を推進してまいりました。そして、これも先ほどどなたかがおっしゃいましたけれども、五十二年に積滞解消の宣言をやる、五十三年度にはダイヤル化率一〇〇%になる、このようなことによって、情報化時代の基盤づくりをやりました公社の功績というものは認めざるを得ない、そのように思います。これは公社であったからできたという面がございます。かつては民間の資金量が非常に不足しておりました。もしも公社が民営企業であったならば、このような大量架設はやれなかったんじゃなかろうか、そのように思います。
そして、電話の拡充法によって、加入者債券による資金調達ということを公社はやったわけでございますけれども、これは民間企業であったらできない方法でありました。この加入者債券による資金の調達が、外部資金の中で主流を占めたわけでありますけれども、これによって公社は非常に大きな需要にこたえることができた、そのように思います。ところが、今は加入者債券ではなくて、電電債が外部資金の主流になっております。まさに時代は変わり、環境は変わってきた、そのように思うわけであります。
今電電の事業にとって何が重要なことであるかといいますと、私は効率化が重要である、そのように考えます。その理由は、一つは、電話の新設が減ってきたことであります。積滞の解消ということは、その後の需要の増加が伸び悩んでくるということであります。新規の架設が減退するということであります。そして、そのことによって収入の伸びが減ってくる。しかも、大量架設時代の非常に膨大な投資の利払いは、今の財務状況の中で重くのしかかってくる、そのような状態がございます。そして、これをなるべく値上げをしないでやっていこうといたしますと、やはり非常な合理化を進めなければならない。今はまだ値上げということはないようでありますけれども、このままいけば、合理化をしない限りは値上げに追い込まれるんじゃなかろうか、そのようなことを一つ憂慮いたしております。
もう一つは、INSとの関連でございます。電電が今までの非常に大規模な建設から、だんだん保全管理の方に仕事の重点が移ってくる、そういう状態に今ございますので、ここにINSということへの進歩があれば、画期的に需要をふやすことになる。これは電話屋としてはもう先が見えてきた電電が、まさにそこに新しい活路を開くための発展可能性を見出し得る道であろう、そのように思います。
それで、そのINSへの発展可能性ということを考えてみますと、一つは、ソフトの開発であり、もう一つは、電電の提供するサービスが安いかどうかということにかかってくるかと思います。電電が提供するサービスを安くするためには、やはり事業の効率化ということがどうしても前提にならなければならない、このように思います。
そこで、効率化を求めるためには、公社という経営形態が問題になるのじゃなかろうか。公社といいますと、今当事者能力を持たされていないということが問題でございます。例えば予算、これは官庁並みの予算制度でありまして、国会の議決を経なければならない。執行面でもその統制下にありまして、変更は容易ではございません。弾力条項の発動とか経費の流用の規定もございますけれども、すべては郵政大臣の許可を得なければならない。そうしますと、投資や資金の運用ということで、変化する経済社会に機敏に対応できないという問題が起こるんじゃなかろうか、そのように思います。と同時に、これは経営者から非常に大きな選択権を奪うことでありますので、自律性を持てないために経営者が無気力になってしまう、そして責任感と意欲を失いがちになる、これが一つの問題でございます。それからまた、賃金の決定が三公社や現業の横並びとなっております。そして、基準内賃金と基準外賃金の流用と、それから基準外手当の新設を事実上不可能にするような制度もございます。このことは、経営者だけではなく労働側からも自律性を奪うものじゃなかろうか、そのように思います。労使双方に当事者能力がないわけであります。その労使双方に当事者能力がないといたしますと、双方とも親方日の丸の意識を持ちやすいわけであります。
労働関係、労働側について見てみますと、給与が横並びということで、能率を向上しても賃金が変わらないことにかつて組合側は不満を持ちまして、闘争の目標を人よこせ運動に置きました。つまり、能率を向上しても賃金が上がらぬのなら、給与面以外で労働条件の改善を求めるほかない。そこで、勤務時間を切り下げるための人よこせ運動であります。そこで、今電電では一週間三十七時間十分という、大手民間企業では見られない短い勤務時間になっております。
そしてまた、大量架設時代の名残といたしまして、余剰人員が生まれております。特に、保守部門十五万人、運用部門は六万人を超えるわけでございます。これは問題じゃないのか。運用部門は、ダイヤル化が進めば当然人間が減ってしかるべきでありますが、四十五年度から五十五年度までの十年間に五百人程度しか減っていない。昭和五十三年度に全国即時化が完成したのですが、五百人程度しか減らなくて、今なお六万人台の人員を抱えている、そういう状態であります。
また、組合の内部に国鉄の現場協議と同じようなものができておる、これは労使関係でありますが、そのような状態も出現しております。それで、ある現場ではかなり職場が荒廃しているとか、そういうようなことも耳にするわけでありますけれども、これはやはり組合が当事者能力を持たないことによって、このような状態ができてきたのじゃなかろうか、民営化することでこういう状態は改善されるのじゃなかろうか、そのように思います。
それからまた、電電ファミリーと言われる一つの問題がございます。資材の納入や工事の請負などを通じまして電電を取り巻く企業グループ、これが電電ファミリーと言われているわけでありますけれども、これが割高な代価を電電から得ていると言われている問題がございます。私、具体的にどのくらいに高いのかということはつまびらかにいたしませんけれども、このような高いものをつかまされるという状態、これは企業性を念頭に置きます民間企業の場合には余りあり得ないことでございます。このような不採算性に目をつぶっていては、民間企業はやっていけないわけであります。
このようなことから私は民営化を考えるわけでありますけれども、ただ、この民営化によるメリットは、電電の独占の形が続く限りはそれほど発揮されないだろう。新しい電電の経営形態ができましても、それが独占であったらこのようなメリットの発揮がなかなか難しいのじゃなかろうか。競争者の参入ということが必要なのでありますけれども、新電電はいわばガリバーでありまして、これに対して小人のような競争者が競争を挑むということになってまいります。そうなりますと、行政といたしましては、これを威力ある競争者に仕立て上げるための手かげんといいますか、これがどうしても必要になるのじゃないかと思います。
新規参入者になるべく味方する必要があるのじゃなかろうか。例えば、クリームスキミングとなる参入になるのですが、東京-大阪間を市外線を結ぶ、そして、それを新電電が持っているローカルラインに結んでくれという場合に、電電さんが余りあこぎなことをやらぬように行政としてはしっかり監視して、余り過剰な介入はこれもまたいけないのですけれども、とにかく手かげんをする必要がある。これは余り黙って放任していてもちょっとよろしくないのじゃなかろうか、そんなように思います。
かなりの参入者があって初めて、新電電が新しい分野に出ていくということも可能になるだろう。自分の方にはほかの企業が参入してこないで、おれは新しい分野に出ていくよ、それは例えば民間企業との合弁とか、いろいろな形があるかもしれませんが、新しい分野に出ていくよと申しましても、なかなかこれは一般的な合意が得られにくいだろう、そのように思います。新規の参入は自由だよという制度上の枠組みができましても、現実にかなり威力のある競争者が参入してきませんと、新電電の新分野への進出というのは当然阻害されるわけであります。
アメリカのATTはこのほど、地方のローカル会社に対する資本支配を断ち切りまして、そして、データ通信とか情報処理とかいう非常に未来性に富んだ部分に羽ばたく、そのような決意を固めたわけでありますけれども、このATTの行動様式といいますのは、電電の今後の進み方を考える場合にも一つの参考になるのじゃなかろうか、そのように考える次第であります。以上でございます。どうもありがとうございました。(拍手)