野口幸彦
文部科学委員会
○野口参事 お答えいたします。 第九十二回国会、昭和五十五年から、常任委員会として科学技術委員会が置かれ、第百五十一回国会、平成十三年の中央省庁再編に伴う委員会再編により、科学技術に関する事項は、文部科学省を所管する文部科学委員会及び内閣府の科学技術政策担当を所管する内閣委員会において扱うこととなりました。 特別委員会は国会ごとに院議により設置され、各国会の召集に当たり、議院運営委員会及び理事会において協議されています。 科
日本の国会議事録 全文検索
「遠藤乙彦」の検索結果 8件
期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
文部科学委員会
○野口参事 お答えいたします。 第九十二回国会、昭和五十五年から、常任委員会として科学技術委員会が置かれ、第百五十一回国会、平成十三年の中央省庁再編に伴う委員会再編により、科学技術に関する事項は、文部科学省を所管する文部科学委員会及び内閣府の科学技術政策担当を所管する内閣委員会において扱うこととなりました。 特別委員会は国会ごとに院議により設置され、各国会の召集に当たり、議院運営委員会及び理事会において協議されています。 科
文部科学委員会
○津村委員 今年は戦後八十年でございます。敗戦後八十年でもございます。この八十年間、日本は、戦後の驚異的な経済復興、日本の奇跡と言われた経済復興、その経済力と、そして、戦後間もなくノーベル賞を受賞された湯川秀樹博士から連なる本年に至るまでアメリカ、イギリス等と並ぶ多くのノーベル賞学者を輩出してきた基礎科学技術力、この二つが、日本が世界から大きな尊敬を集めてきた私は二つの国力の源泉であったというふうに考えております。 そうした中で、昨
科学技術・イノベーション推進特別委員会
○井上国務大臣 委員御質問のこの特別委員会の設置された経緯、また期待される役割ということで、基本的にはこれは立法府のことだとは思いますけれども、衆議院科学技術・イノベーション推進特別委員会については、第百七十七回通常国会において設置されたと承知しております。設置に当たっては、従前、科学技術政策に関する衆議院での議論は内閣委員会、文部科学委員会を中心に行われてきましたが、科学技術政策、イノベーション政策に焦点を当てて議論を行うための委員会
科学技術・イノベーション推進特別委員会
○津村委員 日本の科学技術政策の最大の弱点は、立法府と行政府における関心の薄さと担当部局の貧弱さにあります。 大きな背景として、政治家が科学技術に関心が薄いこと、また、科学者がいわゆる科学コミュニケーションと呼ばれます政治、社会とのコミュニケーションに必ずしも熱心でないことがあると思いますけれども、日本の国益を考えるべき私たち政治家は、せめて科学技術政策の推進体制を整えていくことが仕事であり、役割だと思います。 平成期の日本は、
科学技術・イノベーション推進特別委員会
○津村委員 日本の科学技術政策について質問いたします。 四十分の時間をいただいておりますので、少し幅広に聞かせていただきたいと思いますが、冒頭、この科学技術・イノベーション委員会は、歴史的にと言うと少し大げさですけれども、やや特殊な経緯で設立をされた委員会ですので、この委員会の位置づけにつきまして、委員の皆さんと共有をさせていただきたいというふうに思います。 この科学技術・イノベーション委員会は比較的歴史の浅い委員会でして、平成
本会議
○議長(山崎正昭君) 御異議ないと認めます。 よって、議長は、 中央選挙管理会委員に神崎浩昭君、高部正男君、佐藤泰介君、橋本文彦君及び佐々木憲昭君を、 また、同予備委員に元宿仁君、久米晃君、尾崎智子君、遠藤乙彦君及び吉井英勝君を、 それぞれ指名いたします。 ─────・─────
外務委員会
○長島(昭)委員 ありがとうございます。 一昨年策定された国家安全保障戦略にも同じような記述があって、現に北朝鮮による核開発、弾道ミサイル開発の進展という脅威がある、そういう脅威や、アジア太平洋地域における将来の核戦力バランスの動向、軍事技術の急速な進展を踏まえ、日米同盟のもとでの拡大抑止への信頼性維持と整合性をとりつつ、北朝鮮による核・ミサイル開発問題やイランの核問題の解決を含む軍縮・不拡散に向けた国際的取り組みを主導する。
科学技術・イノベーション推進特別委員会
○津村委員 御丁寧な答弁をありがとうございます。 実は、この同じ質問を私は山本大臣にも二年前にさせていただいております。非常にこれは与野党共有すべき大事なことだと思いますので、あえてまた重ねて聞かせていただいたわけです。 省庁再編ということがございました。その結果、常任委員会、特別委員会の見直しということが、これは立法府の議論ですけれども、ございまして、科学技術の委員会は一時期存在しなかった。これを、四年前になりますけれども、当