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吉田法晴」の「中国」テーマに関する発言 172件

期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 9ページ

1976-08-04 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 中国側だけでなくて、日本の日中関係諸団体、なお、日中関係諸団体の間では、この問題についての共同組織をもって近く集会を開いて政府の間違った態度を直させるべく努力を続けます。八月五日には大手町の農協会館で二つの中国に反対する日中友好諸団体の主催で会合を持つわけでありますから、この問題はなお継続してまいります。 きょうは、この前の続きをやろうと思ったのですが、大臣出てこられませんし、それから外務政務次官が時間を限って帰られまし

1976-08-04 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 刑事局にこれ以上前提についてはっきりさせないでお尋ねしていくことも無理だと思いますから、また別の機会にします。 中国課長と関係者が来ておられますから、次官はいま退席されましたけれども、お尋ねいたします。 これは、中国関係あるいはアジア局関係の立場としては、中華人民共和国政府からの抗議というものは考慮されたと私は思いますよ。若干の再考慮はあったから、実は保釈についても意見を述べられた、私はそう想像するのです。 それ

1976-08-04 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 関係者の中からあるいはまた中華人民共和国政府から、今度の問題について、二つの中国をつくる陰謀と断定をし、日中共同声明と矛盾するという中国側の指摘については、これはやはりいまのように関係がない、こう考えられるのですか。 それから、退席をしたいという時間が迫っておりますからもう一つお尋ねいたしますが、私は、いまの外務省あるいは外務大臣の態度には、米中国交正常化のタイムテーブルはないとフォード大統領から言われたことを根拠にして

1976-08-04 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 実はその辺があなたに尋ねる本旨ではないのですけれども、二つの中国はないということを認めながら、中国を代表するのは中華人民共和国政府一つだ、こう言っておられる外務省が、華僑の中における問題について、もし日本政府が、外務省じゃないですけれども、検察庁だとかあるいは警察とかいうものが手を入れる場合に、この二つの中国に関係するような理由によって、名前は留日横浜華僑総会という名前であろうと、あるいは横浜華僑何とかと言おうと、登記の上に

1976-08-04 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 法務省との間にはこの前やったことだからお尋ねをする必要はありません。外務省としてどう考えられるかということを聞いておるわけでありますが、それは知らなかった、あるいは末端の独任機関がやられたことで、それは登記の上にはあらわれておりませんというのがいままでの説明。ところが、外務省として中華民国というものが認められるのかどうか、この前もお尋ねすると、それは認められない、中国は一つだと答弁になった。そうするならば、要するに、日本の登

1976-08-04 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 問題が起こりまして、外務省にも私自身も参りました。それから政府の官房長官にも会いました。それから警察にも会ったりしてまいりました。いまのような答弁に終始しておられるわけでありますが、この前の法務委員会で、外務省からはアジア局長も来られないで、課長さんがそこに二人おられますが、来ておられました。二つの中国はないということは認められました。台湾は中国の領土であるということを日本としてもはっきり認めた。そこで、華僑とは何ぞや、華僑

1976-08-04 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 きょうは法務大臣が御出席願えないし、外務省の塩崎政務次官に、急でしたけれども、かわりをお願いしました。 事件は、この前から取り上げております横浜それから神戸における華僑弾圧事件でございます。事件の実際の経緯を御存じでしょうから繰り返しません。問題は、日中共同声明と今回起こりました問題との間には明らかに矛盾撞着がある。日中共同声明で日本の政府が中国政府に対して約束をされた、その約束の中に、台湾は中華人民共和国の領土の一部で

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 私は、衆議院議員のほかに、日中友好協会正統本部の副会長もしております。常任理事もしております。そこで、この問題については何度も官房長官にも会いました。それから、外務省のアジア局長にも会いました。警察、検察庁にも会ったのです。そうしたら、あなたが後半言われるような、これは日本と中国の問題とは別に、警察問題、刑事問題だ、こう言われる。ところが、実際はそうではなくて、一番最初の、華僑というのは中華人民共和国の国籍を持った人だ、正し

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 いま建物は三十年ほど前に建ったものだということは認められました。それから、建てるときは、横浜に住んでおりますあるいは神戸に住んでおります華僑の――華僑というものの理解をどうしておられるかわかりませんけれども、横浜、神戸に住んでおります中国籍を持っている華僑の人たちが全部出し合って財産をつくった。だから、華僑の共有財産あるいは公有財産であるということは間違いない事実でございますが、国交回復後中華人民共和国しか中国政府はない。そ

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 重ねて念を押すまでもございませんが、きのう等も外務省から、あるいは外務大臣から言われたことですが、だから、中国は一つであり、中国を代表する政府は中華人民共和国政府である、こうはっきり言明できますね。

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 時間が全部で限られておりますから、まだ論議をしたいところでありますが、時間の関係で次の問題に移ります。 問題は五月二十二日神戸、横浜において起こりました華僑の問題でございます。外務省にも来ていただいておりますが、外務省はアジア局長が来られなかったと見えて、北東アジア課長と中国課長、それから社会課長の三人が来ておられますが、これと対照的な国の態度が出ております問題として、最近カナダのモントリオールでオリンピックが行われよう

1975-12-05 衆議院

吉田法晴

外務委員会

○吉田委員 時間がございませんから、あとは全部一括して申し上げます。簡単に要領よくお答えを願いたい。 覇権反対条項についていろいろな留保条件をつけようとしたり、日本としての独自の認識の表明をしようとしたりしていることに対して、中国側は鄧小平副総理から基本的に共同声明からの後退を図るものとの解釈をされ、小坂さんに対してはその旨を強調されたということも、私は当然じゃないかと思います。これは小坂さんの報告を読みながらそう感じたところであり

1975-12-05 衆議院

吉田法晴

外務委員会

○吉田委員 時間がございませんから次に移ります。要望いたしておきます。 日中平和友好条約の締結について、三木内閣の決意と、それから条約締結の促進についての努力をいかようにされるか承りたいところでありますが、日中共同声明をもう一遍ここで読み上げる時間はございませんが、共同声明には、当面の重要な課題は日中平和友好条約を早期に締結することである、この条約を締結するに当たっては必ず日中両国政府の共同声明を基礎にして前進すべきであり、後退する

1975-12-05 衆議院

吉田法晴

外務委員会

○吉田委員 私に与えられた時間は十分しかございません。ですから答弁はひとつ簡単明瞭にお願いをいたします。 第一は、日中漁業協定批准の見通しと、政府のこれに対する責任と努力とをお尋ねをいたしたいと思います。外務大臣からお答えをいただきたい。 日中民間の漁業協定は十数年の歴史を持っておりますが、このたび政府間協定になりました。その批准を見越してでございましょう、十二月二十二日で期限が切れます。手元に日中漁業協議会に来ております電報も

1975-06-19 衆議院

吉田法晴

社会労働委員会

○吉田委員 ありがとうございました。短大の設置基準の問題について緩和をし、それから理療科ができるようにしていただいたという点については感謝をいたします。ただ、関係者の間には、そういう短大をもし私立でつくるといたしますと、女でも男でも、晴眼であろうと盲人であろうと、たくさんの人が入ってきて学校がもうかるようにということをいまの制度の上からは先に考えます。そうすると、私も北九州市で知っておりますけれども、盲人協会といいますか、いわば唯一の職

1975-06-19 衆議院

吉田法晴

社会労働委員会

○吉田委員 研究助成は、いま北里研究所を中心として三百万ほど出しているが、項目によってはあるいは研究科目によってはもっと出せるというようなお話でございました。気持ちの上から言いまして、明治維新以来の西洋医学偏重とは申しませんけれども、余りに漢方が助成されないで来た。アメリカが進駐してきたときには、漢方は医学と認められないから禁止しようといたしました。そこで、生活の資までも奪うことはないじゃないかということで、私ども参議院の時代でしたけれ

1975-06-19 衆議院

吉田法晴

社会労働委員会

○吉田委員 いま厚生大臣からも御答弁をいただきましたが、明治以来漢方は、西洋医学から見た限りにおいて、あるいは西洋医学のスクリーンを通してというのはそのとおりだと思います。そして、医師法あるいはあんま、はり、きゅう師法等を見ますと、これは法律的な取り扱いでありますけれども、要するに、西洋医学の医師が認めた範囲内で鉄灸等の治療は許すということになっております。その点は後で具体的にお尋ねしたいと思いますが、明治までは、これは日本人の、あるい

1975-06-19 衆議院

吉田法晴

社会労働委員会

○吉田委員 私は多年日中友好のために微力を尽くしてまいりました。最近の日中両国の医学の交流にも幾らか貢献をするところがございました。 〔委員長退席、葉梨委員長代理着席〕 私ごとを申し上げて大変恐縮でございますけれども、私自身も漢方医学の優秀さを身をもって体験をしてまいりました。旧制高等学校時代水虫に悩みましたが、皮膚病の薬で治らず、レントゲンで治らなかった水虫を、きゅうで根治をいたしました。それから、この十年くらいであります

1975-02-28 衆議院

吉田法晴

予算委員会第二分科会

○吉田分科員 過去の経緯はここで余り言おうとは思いませんけれども、文部大臣に申し上げたいのは、前、二つ問題にいたしました小郡市の二つの遺跡、それを、二つあるいは二層になっております遺跡について、新幹線の一レール、五十メートル移せば大半が残せる、そこでそういう具体案を出して、これは現地に調査をしております者が言い出してくれた方法でございますから、そこで取り上げた。そうしたら、これはそのときの清水という文化庁の次長ですが、国鉄本社と五十メー

1975-02-27 衆議院

吉田法晴

予算委員会第四分科会

○吉田分科員 私は、この渡辺さんの質問の中にあることですけれども、自分で新聞記事を確かに読みましたからそう思ったんですが、農林省としてそういう結論を出したことはないと言われると、それ以上のことは農林省について実績を調べた上でなければなりませんが、これは大臣にお尋ねいたします。 日本から考えてどうも少しワクチンの種類がわからぬとか、あるいはワクチンについての科学的なこちらからの理解が十分でない、そのことは田中報告にも書いてあるのです。