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中山正暉」の「参議院」テーマに関する発言 44件

期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 3ページ

2003-02-27 衆議院

中山正暉

安全保障委員会

○中山(正)議員 先般の当委員会の審議に際しまして、参考人に来られました佐藤勝巳氏の証言がありました。その証言に関しまして、当委員会理事の皆様にお願いをして、私も当委員会の委員長を務めたことがございますし、私も三十四年間の国会議員、連続十一回当選させていただいております者として、私の晩節を汚すわけにもいきませんので、ここで理事各位にお願いをし、今委員の皆様方の御許可を得まして、また委員長の御配慮をいただいて、発言の機会をお与えいただきま

2002-05-23 衆議院

中山正暉

憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会

○中山(正)小委員 私は、昭和四十四年から国会におらせていただいておりますが、その中でちょっと疑問に思ったことをこの際指摘しておきたいと思うんです。憲法九十八条の二項、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」 日中条約のころのことなんですが、日中条約というのは、御承知のように、一九五二年から日本と中華民国との平和条約がありました。これは、一九七二年、廃棄されるときに、大平外相が記者会見

2002-04-11 衆議院

中山正暉

憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会

○中山(正)小委員 もういいところは大分出てしまいましたので、大変お時間をいただいて、きょうは御苦労かけております。 私、今現在、自民党の選挙制度調査会の会長をやっておりまして、初代が羽田孜、今は民主党の方へ行きましたが、彼が最初に説明に来たときに、二大政党をやるんだ、こう言ったんですね。あなたのところは、それは浅間山の煙を見ながら、馬子唄聞きながら、山の向こうが自民党、山のこっちが自民党で、二つに分けたら両方とも自民党が出てくるな

2002-02-14 衆議院

中山正暉

憲法調査会政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会

○中山(正)小委員 現憲法は、アメリカが日本に押しつけた憲法なんですが、アメリカが日本にこの憲法を押しつけたときには参議院はなかったと聞いています。昔の貴族院を懐かしむ人たちが、何とか参議院をつくってくれということで申し入れ、不思議なことに、マッカーサーはこれだけは言うことを聞いて、参議院をつくってしまった。今、与野党が、参議院の場合は薄氷を踏むような状態でして、何か参議院の参というと、降参の参という字に私なんか見えるんですが。 先

2001-06-14 衆議院

中山正暉

憲法調査会

○中山(正)委員 御配慮いただきまして感謝をいたします。自由民主党の中山正暉でございます。 私は、三十二年間この国会に籍を置かせていただいておりますが、直接こうして国会の議場、委員会の場で憲法の問題を語れるようになったということに大変時代の推移を感じますし、世界の平和に貢献をする機会をどんなふうに国会がつくるかというためには、有意義な時代が来たと思っております。 ただ、むなしいのは、五年間論議をしても、改正案はつくらないというこ

2000-05-18 参議院

中山正暉

国土・環境委員会

○国務大臣(中山正暉君) 私も記者会見でいろいろ聞かれましたときに、いろいろ私の感想を申し上げたのでございますが、五十四年前に戦争が済んだ後、戦前は現人神と言われた天皇陛下は人間宣言をされましたから、もう私はその時点で、人間宣言をされた天皇のお立場というのは、憲法の第一条で国民統合の象徴というお立場におなりあそばして、そして国事に関する行為というものだけが規定されておりますから、戦前は、参議院議場を見てもわかりますように、参議院には貴族

2000-05-18 参議院

中山正暉

国土・環境委員会

○国務大臣(中山正暉君) 先生の御質問の終わる前に、ちょっと私、最初に御答弁申し上げたときに時系列的な問題を抜かしておりましたので、せっかくの御質問でございましたので、途中でございますが時系列的に申し上げておきます、大深度地下利用に関する検討の経緯でございますが。 これは、昭和六十三年、各省庁より大深度地下利用構想が提案されまして、それから私ども法律案を提出すべく関係省庁間で調整を行いました。 それから、平成元年三月、これは竹下

2000-04-20 参議院

中山正暉

国土・環境委員会

○国務大臣(中山正暉君) おっしゃるとおり、先ほどから話の出ている支流となる河川が高かったり、ポンプアップして本流に流しているようなところも多いですし、市街化が激しくなって都市周辺の昔は田んぼとかため池がたくさんあったところがみんな住宅になってしまって、そこからの生活排水とかいろんなものが全部出てくる。おっしゃるように、内水による被害が先ほど局長が申しましたような大変な額になっているということを考えますと、この天井川、それよりも下に流れ

2000-04-20 衆議院

中山正暉

決算行政監視委員会第四分科会

○中山国務大臣 きょうも参議院で河川法の御採決をいただきました。河川法の改正案を出しております際にも私は申し上げたのですが、四十五億年の地球の歴史の中で、私どもの人類の先祖も脊椎動物として海から上がってきてこの陸地に住んでおるわけでございます。 先生今お話しになりましたように、私は、七割が水、太陽から適当な位置にあって、ここから向こうへもっと遠かったら氷の世界になりますでしょうし、もう少し近いと砂漠になるような、太陽から適当な位置に

2000-04-20 衆議院

中山正暉

決算行政監視委員会第四分科会

○中山国務大臣 この間参議院でオオタカの話が出ましたので、私が、タカというのは将軍の手にでもとまるぐらい人間になつくものだからと言ったら、不謹慎だと言ってしかられたのでございますが。 私は、オオタカも生きていかなければならないし、人間も生きていかなければならない。ですから、そういうことからどっちを大事にするか、両方大事にしなければいけないと思いますが、いろいろ矛盾を感じながら、そういう意見に対応しながら、地元で本当に真剣に工事に従事

2000-04-19 参議院

中山正暉

本会議

○国務大臣(中山正暉君) 堀利和先生に御答弁申し上げたいと思います。 視覚障害者として草の根障害運動から国政にお出ましいただいて、そして障害者の声を国政に反映させるために御活躍をなさっておられることに心からまずもって敬意を表したいと思います。 八代英太議員が参議院に御登場になられて、この国会議事堂も改造されましたし、それからまた、今、車いすの郵政大臣として大変御活躍でございますし、それによって首相官邸にもバリアフリー化が最近取り

2000-04-18 衆議院

中山正暉

災害対策特別委員会

○中山国務大臣 先生には当初からいろいろな御示唆をいただきまして、特に先生は建設政務次官も御経験でいらっしゃいますし、御地元でございますので、適切な御指示によりまして、増田政務次官には噴火前にお入りいただきました。先般、三十一日に噴火いたしました際、私たち現地に入りまして、現地でも御指導いただいておりますことを心からまず敬意を表したいと思います。 私は、帰ってまいりましてすぐに総理のところへ作業服のまま御報告に行きまして、そして先ほ

2000-03-29 衆議院

中山正暉

建設委員会

○中山国務大臣 今お話がありましたように、昭和六十三年でございますか、各省庁より大深度地下利用構想が提案されまして、それから法律案をつくろうということで関係省庁間で調整をして、それから平成元年の三月、竹下改造内閣でございますが、内閣内政審議室等の十省庁による関係省庁会議を設置して、それから平成七年の六月、野沢太三参議院議員を中心にした議員提案によりまして、臨時大深度地下利用調査会設置法が国会へ提出されました。これは衆参とも全会一致で可決

2000-03-15 参議院

中山正暉

国土・環境委員会

○国務大臣(中山正暉君) いわゆるハートビル法の義務化の問題でございますが、広く建築物をも対象としてバリアフリー化の義務づけを行うには、その規制の必要性について十分な国民的コンセンサスが求められるところでございますけれども、現段階ではなかなかすぐには難しい。交通事業者なんかには新法を適用することになっておりますが、まだ平成六年にできたばかりでございます。このような現状を踏まえまして、現行のハートビル法に基づきまして、不特定かつ多数の者が

2000-02-28 衆議院

中山正暉

予算委員会第八分科会

○中山国務大臣 思川開発事業は、今市市の大谷川からの取水施設、鹿沼市の南摩ダム及びこれらを連絡する導水路などから成っておりまして、洪水被害の軽減、都市用水の開発等を目的とする事業でございます。 このうち、南摩ダムについては、既に水源地域対策特別措置法の対象として指定ダムの指定が一昨年なされているところでございまして、今後、各種の整備計画の検討が予定されているところでございます。一方、今市市における取水施設については、水没家屋がないこ

2000-02-15 衆議院

中山正暉

予算委員会

○中山国務大臣 これは、可動堰というのは、まだ予算がついたわけでも何でもございませんし、今まで調査をずっと昭和六十何年から、六十二年か何かから続けておりますということでございますから。これは、何か固定観念があるようでございます。固定堰よりも、何かみんなの固定観念の方が強いような感じがいたします。 これは、いわゆる起伏式といいまして、つい立て式で水が出たときにぱたっと倒れるようにするもの。それから、ゴムのようなものを入れて、それを膨ら

2000-02-10 参議院

中山正暉

本会議

○国務大臣(中山正暉君) 本岡議員にお答えを申し上げたいと存じます。 先般、五年目を迎えました阪神・淡路大震災、しめやかに追悼式が、先ほど総理からお話がありましたように、皇太子殿下をお迎え申し上げ、そしてまた総理、参議院議長お出ましのしめやかな追悼会が行われました。その前日もこの阪神・淡路大震災を総括するシンポジウムが行われまして、私もお招きをいただきましたが、皇太子殿下も御出席で、終始熱心にその総括を御聴取されておられました。

1999-12-09 衆議院

中山正暉

国会等の移転に関する特別委員会

○中山国務大臣 おはようございます。 この国会でこうして首都機能移転に関する委員会をお開きいただきまして、委員の皆さんと、それから御配慮いただきました委員長に心から敬意を表したいと思いますし、今、田野瀬先生から御質問がありましたが、私は、新しくミレニアム、千年紀を迎えるわけでございますが、日本がこれから再生するために、首都機能の移転というのは最大のプロジェクトではないかという感じがしております。 今、国債、公債発行残高六百八兆、

1999-11-16 参議院

中山正暉

国土・環境委員会

○国務大臣(中山正暉君) 御縁の深い奥村先生、先生こそ参議院にお出ましいただきまして、本当におめでとうございまして、御苦労さまでございます。シベリアのノボシビルスクとイルクーツクとそれからブラーツク、シベリアの広大な都市、夜中の三時にブラーツクの本当に寒い空港に立っていた満天の星の下の先生のお姿を非常に印象深く思っております。 私のいろんな意味の前歴で畿央高原の会長をしていたところ、私は党内で話があったときに、一番最初は七〇年万博の

1999-11-16 参議院

中山正暉

国土・環境委員会

○国務大臣(中山正暉君) 大命題をちょうだいいたしましたので、ここで二時間ほどお時間をちょうだいして本当は全部事細かに申し上げなきゃいけないんでしょうけれども、佐藤雄平先生、私の九段の議員宿舎、隣の部屋に渡部恒三先生がいらして、今副議長をしておられますその恒三さん、恒三さんなんて言っちゃいけませんが、副議長の三十年間を支えてこられてこうして参議院に。そのことが一般の有権者に信頼を得られて今日御当選なさったこと、私にも先ほど就任の祝辞をお