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吉田法晴」の「参議院」テーマに関する発言 128件

期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 7ページ

1976-10-22 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 時間がありませんから、最後で終わります。 これは最高裁にお願いをすることですが、そこに、最高裁の判決、それから高裁の判決、それから上告の申し立ての中にありますこと、それから被告訴人の意見等を対照して問題点は出したつもりです。その中の矛盾はどういうぐあいに見られるかはわかりませんけれども、大体見られたらわかると私は思うのですが、私が心配しますのは、この件についてはすでに判決のとおりに選挙がやり直された。そして中田重蔵さんと

1976-10-22 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 それから先は少し微妙になりますから、井口行政局長は判決に即してと言われましたが、その判決に即してお尋ねしますと、判決の具体的な内容に関するから答弁がしにくいというか、せられぬという答弁が返ってくると思ったから、即しないでお尋ねをしておるわけです。 それから同和対策室長も来ていただいておりますからお尋ねをいたしたいと思います。 同和対策と国民の協力という問題ですが、これは関係者に言わせると、多年の努力、同和運動、解放運

1976-10-22 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 制度の現状はわかっているのです。制度の現状はわかっているけれども、矛盾があり、後で具体的な例を挙げますけれども、これは進駐軍が来て公務員を使ったから、公務員制度が一番民主的な批判のらち外にあって、制度がそのまま残っておる。裁判で言えば、天皇の名で裁判をやっていたことはもうなくなったが、菊の紋は残っておる。裁判所の上とか庁舎の入り口だとか、あるいは裁判をやっている上にあるところもあります。あるところもありますけれども、依然とし

1976-10-22 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 力によって動かそうとするのは許されぬというお話でしたけれども、そういう誤解というかあるいは運動に対する誤解があるのじゃないかと思って後でお尋ねをするわけですが、国民の固有の権利として裁判の批判をすることができるならば、お答えのとおり、学者に限らず、あるいは新聞記者であろうとあるいは普通の国民であろうと、いかなる方法をもってしても批判はできると私は思っている。それを裁判中だからあるいは判決に関連することだから答弁することはでき

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 具体的な事実をここで余り言うことは適当でないと思いますが、衆議院の法務委員会だけでなくて、参議院の法務委員会でも同様の趣旨の附帯決議がついております。そしてその当時の法務大臣も、趣旨のように乱用されないように心がけましょう、鋭意努力いたしましょうと言明をされた。ところが、これはまさに労働運動に関連をして組合を脱退している。なぜ脱退したか。それからこれは、証人威迫罪というのは、その当時の説明によると右翼のお礼参り等を防ぐために

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 そうしたら、そのときに附帯決議として説明されましたが、提案者を代表して趣旨説明をされました中に、附帯決議の本文を読み上げて、なお、「検察権並びに警察権が、正しいあらゆる国民の特に政治運動あるいは労働組合の運動に対しまして、これが弾圧の意図をもって臨もうとしますると、必ずしもこれは適用せられないのではないのであります。たとえば、先年暴力行為等処罰ニ関スル法律が実施せられました際、立案の当時におきましては、政府は労働運動等に対し

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 昭和三十三年のときには稻葉法務大臣は法務大臣をしておられたわけではございません。しかし、そのときの衆議院法務委員会の附帯決議あるいは参議院法務委員会の附帯決議、そのときの法務大臣は唐澤さんでしたから代表して答弁をしておられますが、この精神については稻葉大臣といえども変わりはあるかないか、明確にお答えいただきたいと思います。

1976-07-14 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 私も外国の監獄法を二、三勉強してまいりました。細かい質問によってこの原則問題についても法務省当局の意見を聞きたいと思いますが、きょうは時間がございませんので別の機会にいたします。 次は、昭和四十七年八月一日香椎で起こりました動力車労働組合の問題についてお尋ねをしたいと思います。 時間がございませんから事件の詳細を私からはたどりません。これは、検察当局も警察当局も御存じのところでございましょうから触れません。 とこ

1976-05-19 衆議院

吉田法晴

法務委員会

○吉田委員 別件逮捕であるかどうかは私は言えないことで、裁判所の判断されることということならば、それ以上の追及はいたしませんが、先ほど申し上げました川越署分室の状況は、前に、問題のある点等は参議院の法務委員会で取り上げられて、これは釈明がなされている。いわばよかったとは言われなかった。いま申し上げましたが、その中で「ポリグラフの使用」以下「被告の髪の毛を引張ったり、肩を小突いたり、台を叩いて物凄い威喝を加えたり、被害者の絵を書いた紙を示

1976-03-04 衆議院

吉田法晴

予算委員会

○吉田委員 時間がまだ少しあるようでありますから、それではもう一度時間がかかりますけれども、当時の国家公安委員長の言ったこと、それから論告、第一審の判決で大事な部分だけ読み上げます。これは事件についての国家公安委員長の当時の所見ですから、いまの警察庁長官、国家公安委員長が責任を感ぜぬというわけにはいかぬと思うのです。こう言っておられます。 これは事件が起こりまして死体が発見された五月の四日、そしてその後参議院で問題が取り上げられて質

1976-03-04 衆議院

吉田法晴

予算委員会

○吉田委員 これは参議院で佐々木静子さんから法務大臣に尋ねられたことですから御存じだと思いますが、狭山警察で調べている間に川越分室というものに移して、再逮捕の後でありますが、いままで南公民館として使われておった所に、ライオンを入れるのにいいのじゃないかと思われるような動物園のような非常にがんじょうなおりがつくられた。これは国警時代に使っておられたが、狭山事件の前にも使われず、あるいは後にもほとんど使っておらないということが答弁をされてお

1976-03-04 衆議院

吉田法晴

予算委員会

○吉田委員 具体的な事実、これは戦前にはございました。戦前にはございましたが、それはこういう問題について新憲法の規定がはっきりございます。憲法三十八条には供述の不強要、それから自白の証拠能力に対する規定がございます。それから刑事訴訟法の中にも、被疑者の出頭要求あるいは取り調べを規定いたしました百九十八条の二項には「取調に際しては、被疑者に対し、あらかじめ、自己の意思に反して供述をする必要がない旨を告げなければならない。」といったようなこ

1976-03-04 衆議院

吉田法晴

予算委員会

○吉田委員 具体的に言わないとおわかりにならぬかと思いますけれども、問題が訴訟事件なものですから、具体的なことはなるべく避けたいと思って、いまのようなお尋ねをしたわけです。問題は、事件が起こりました昭和三十八年、狭山事件が起こりましたら、当時の国家公安委員長は発言をして、「犯人は知能程度が低く土地の事情に詳しい者」「犯人は二十万円は大金だと考える程度の生活をしている」「こんな悪質な犯人は何としても生きたままつかまえてやらねばならない」「

1975-12-17 衆議院

吉田法晴

石炭対策特別委員会

○吉田委員 それに関連して、時間がだんだんなくなってきましたが一言、申し上げたいのです。 石炭が国際的に問題のときに、列国議会同盟の会議に出してもらったことがございます。これは参議院のときに。亡くなりました阿部議員と一緒に、アメリカそれからソ連、ベルギー。ルール炭田には日本から行っておりましたから、人に会うことが中心であったので坑内には入りませんでした。それで炭鉱というものは災害はつきものだと考えられておりますけれども、しかし、災害

1975-12-05 衆議院

吉田法晴

外務委員会

○吉田委員 私に与えられた時間は十分しかございません。ですから答弁はひとつ簡単明瞭にお願いをいたします。 第一は、日中漁業協定批准の見通しと、政府のこれに対する責任と努力とをお尋ねをいたしたいと思います。外務大臣からお答えをいただきたい。 日中民間の漁業協定は十数年の歴史を持っておりますが、このたび政府間協定になりました。その批准を見越してでございましょう、十二月二十二日で期限が切れます。手元に日中漁業協議会に来ております電報も

1975-11-13 衆議院

吉田法晴

社会労働委員会

○吉田委員 お話ですけれども、地方公務員の退職金、これは金額を挙げて長々ここでやっている間がありませんから、年々改善していると言われますけれども、これは厚生大臣を含めて改善のために一段の努力を願いたい。 時間がありませんから次に移りますが、保母さんの給与、待遇の改善のために法令の改正が必要ではないかと私も思って、数年来参議院、衆議院の法制局に相談をしてまいりました。保母さんの中には、私どもの多少の貢献も関係があると思いますけれども、

1975-06-25 衆議院

吉田法晴

石炭対策特別委員会

○吉田委員 説明を聞いてがっかりしたのですが、十年前と依然として変わらぬ。自主保安という、労働者みずから保安を守るために、生命と身体とを守るために努力しなければならぬというのが第一にくるようなことでは、炭鉱の危険をなくすわけにはいくまいと私は思うのですが、これは具体的な事例と関連をして、後で問題にするところがあると思います。 もう十何年前になります、阿部参議院議員が生きているときですから。列国議会同盟の会議に参りました。十何年前です

1975-06-19 衆議院

吉田法晴

社会労働委員会

○吉田委員 研究助成は、いま北里研究所を中心として三百万ほど出しているが、項目によってはあるいは研究科目によってはもっと出せるというようなお話でございました。気持ちの上から言いまして、明治維新以来の西洋医学偏重とは申しませんけれども、余りに漢方が助成されないで来た。アメリカが進駐してきたときには、漢方は医学と認められないから禁止しようといたしました。そこで、生活の資までも奪うことはないじゃないかということで、私ども参議院の時代でしたけれ

1975-04-16 衆議院

吉田法晴

社会労働委員会

○吉田委員 最後にお尋ねをいたしますが、遺族年金の問題ですね。妻だから半分しかやらぬというのは、ことしは国際婦人年ですが、これは国際婦人年の課題としてもやはり改正しなければ日本の恥になりそうだという論議を私も承知をしております。これはやはり改定さるべきではないかと思いますが、それが一つ。 それからもう一つは課税の問題です。私は参議院にいるときに、いわゆる退職金に対する課税の全廃決議をしたことがございます。すぐには全廃になりませんでし

1975-02-28 衆議院

吉田法晴

予算委員会第二分科会

○吉田分科員 きょうは「装飾古墳白書」を中心にして、装飾古墳の荒廃状況に対する保存対策を伺いたいのでありますが、永井文部大臣は、専門的にごらんくださった、あるいはお聞きくださったのは恐らく初めてだと思いますので、実は日本の文化財保護行政というものがどういうものであるかということも少し知っていただくために、前提の質問をいたします。お答えは文化庁からで結構ですから……。 一昨年の八月でしたが、機会が与えられて、文教委員会でこの文化財保護