永岡桂子
文部科学委員会
○永岡国務大臣 平成二十九年に、御指摘の嶋貫和男氏を介しました再就職あっせんについて、文部科学省が組織的に関与したことが国家公務員法の定めます再就職規制に抵触するという指摘がなされたわけでございます。そのため、文部科学省は、有識者の助言、協力の下で、その実態解明の調査報告をまとめまして、幹部職員等を始めとしました関係者に対して厳正な処分を行いました。 この点、法令に抵触していない範囲内で職員が退職後にどのような職業を選択するかにつき
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「嶋貫和男」の検索結果 28件
期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
文部科学委員会
○永岡国務大臣 平成二十九年に、御指摘の嶋貫和男氏を介しました再就職あっせんについて、文部科学省が組織的に関与したことが国家公務員法の定めます再就職規制に抵触するという指摘がなされたわけでございます。そのため、文部科学省は、有識者の助言、協力の下で、その実態解明の調査報告をまとめまして、幹部職員等を始めとしました関係者に対して厳正な処分を行いました。 この点、法令に抵触していない範囲内で職員が退職後にどのような職業を選択するかにつき
文部科学委員会
○梅谷委員 恐らくそういうふうにおっしゃるんだろうなと思います。 ちょっと続かせていただきますが、文科省による組織的な天下りあっせんが問題となった二〇一七年の事件におきまして中心的役割を果たしていたのが嶋貫和男氏、当時、既に文科省を退職して久しいことから懲戒処分の対象とはなりませんでしたけれども、まさにOB側であっせんの構図をつくった中心的張本人であり、当時文科委員長だった永岡大臣の下、当時の文科委員会でも参考人招致されたというふう
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) 自らもOBとして関わってまいりました一連の問題が、このような形で監視委員会から、また文科省から、そして社会から何よりも厳しい御批判を受けるに至りましたこと、私自身かつて文科省に身を置いた者として極めて重く受け止めてございます。深く悔いているところでもあります。幾つかの安易な思い込みが遵法意識の欠如ということで御批判を招いたところでもございます。 また、現職とOBが互いに持つべき緊張感、その緩みのようなものが、
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) ございません。
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) お尋ねの点については、私自身は承知してございません。
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) 私が公務員を退職した当時、これは平成二十一年でございましたけれども、私がこういう形で関わってきたそのときの思いの中の一つとしては、その当時、定年制度そのもの、六十歳という定年年齢についての議論があったと承知してございます。いろんな事情で今に至っていると理解をしてございますが、その部分が、その時点で申し上げれば、どのように進んでいくのかということは私の意識の中にも一つございました。 それから、もう一つ申し上げれ
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) 私も何度かこの報告書読ませていただきました。この度、膨大な調査の中から、その現象面から導き出されてきた答えというか、今後の方向性として打ち出されたものについては、一つ一つ私も感ずるところがございます。 あえて今お話がございましたので申し上げさせていただきますと、私がずっと感じてきた、考えてきたことでもあるんでございますけれども、生活というところに着目してあえて申し上げればなんですが、公務員の定年が六十歳、私が
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) その時々、その時点での私の気持ちとして申し上げれば、御本人にもそういう、今お話ございましたけれども、それぞれのその生活上の問題もあったかと思いますし、もう一つはやっぱり自分のそれまでの経験を生かして何か社会で貢献できれば、活躍できればというような思いもございましたでしょうから、そういう意味で、その一つ一つについては、私は、十分御本人にとって満足するものであったかどうかはともかくとして、そういう受け止め方をしていた
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) もう卒業していたと記憶しております。
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) 現在の年は六十七でございます。退職をした年は、その年に六十歳、定年を迎えるという、誕生日前でございましたので五十九歳でございました。
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) はっきりした記憶がちょっと乏しいところもあるんでございますけれども、たしか、今名前が出てまいりましたけれども、その文科省の方が最初にお聞きして、その方から私はお聞きをしたような気もするんでございますけれども、結果的には、なかなかその適当な方がおられないということで、具体の御紹介には至らなかったということだったと記憶してございます。
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) 全く承知してございません。
文教科学委員会
○参考人(嶋貫和男君) 初めに一言申し上げたいと思います。 この度の一連の問題が、監視委員会の方から、また文科省から、そして何よりも社会から厳しい御批判を招くに至りましたこと、関わった者の一人として、またかつて文科省に身を置いた者として、重く受け止め、おわびを申し上げたいと考えてございます。 ただいまお話しの点につきましてでございます。繰り返しになってしまいますけれども、私の思いとしては今先生の方からお話しいただいたようなことだ
文教科学委員会
○委員長(赤池誠章君) 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 教育、文化、スポーツ、学術及び科学技術に関する調査のため、本日の委員会に参考人として前文部科学事務次官前川喜平君及び元文部科学大臣官房人事課企画官嶋貫和男君の出席を求めることに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
文部科学委員会
○畑野委員 完全ではないということはおっしゃるわけですが。 そこで、次に、報告書の中で、先ほど申し上げた六ページの下のところで、嶋貫氏がボランティアベースで行っていたというふうに書かれております。「嶋貫氏は、改正法施行により現職職員が再就職あっせんを行うことができなくなったことを受け、このままでは多くの後輩が困難を抱えることとなるため、自身の経験を生かした支援ができないかという思いから、平成二十一年七月の文部科学省退職後、再就職あっ
文部科学委員会
○永岡委員長 この際、お諮りいたします。 本件調査のため、本日、参考人として前文部科学事務次官前川喜平君、元文部科学省大臣官房人事課企画官嶋貫和男君、元文部科学省大臣官房人事課長伯井美徳君、元文部科学事務次官森口泰孝君、文部科学省元大臣官房人事課長中岡司君、同藤原章夫君、同藤江陽子君、元文部科学事務次官銭谷眞美君、同坂田東一君、同土屋定之君、元文部科学省高等教育局長吉田大輔君、文部科学省元大臣官房人事課長小松親次郎君、同常盤豊君、同
文部科学委員会
○永岡委員長 これより会議を開きます。 文部科学行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 この際、お諮りいたします。 本件調査のため、本日、参考人として前文部科学事務次官前川喜平君、文部科学省前大臣官房人事課長豊岡宏規君、元文部科学省大臣官房人事課企画官嶋貫和男君、文部科学省元大臣官房人事課長中岡司君、元文部科学省大臣官房人事課長伯井美徳君、文部科学省元大臣官房人事課長藤原章夫君、同藤江陽子君、同小松親次郎君、同常盤
予算委員会
○委員長(山本一太君) ただいまから予算委員会を開会いたします。 参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 平成二十九年度総予算三案審査のため、本日の委員会に前文部科学事務次官前川喜平君及び文部科学省元大臣官房人事課企画官嶋貫和男君を参考人として出席を求めたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
予算委員会
○参考人(嶋貫和男君) 私の立場からはちょっと申し上げにくい話かと考えてございます。(発言する者あり)私の立場からは難しい問題、お答えしにくい問題と思ってございます。
予算委員会
○参考人(嶋貫和男君) 学長予定者ということで手続を進めておったところでございますけれども、私自身、どこか気恥ずかしさのようなものもございまして、私の方から積極的に誰かにそのことをお話し申し上げたような記憶はございません。