松本龍
環境委員会
○松本(龍)国務大臣 今御指摘の小野寺議員とか、石巻の安住議員とか、もう二カ月前から携帯で連絡をとり合っておりまして、現地の声は、宮古の市長、陸前高田の市長、南三陸の町長も、みんな現地の様子を聞いております。 瓦れきが阪神・淡路の一・七倍、二千五百万トンという中で、私も指示したのは、今おっしゃるとおり、漁港は農林水産省、港湾は国土交通省、海岸は県だ何だかんだ、自然公園は環境省だということを、とにかく縦割りを取っ払って、ぶつかって初め
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「松本龍」の「海上保安庁」テーマに関する発言 15件
期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
環境委員会
○松本(龍)国務大臣 今御指摘の小野寺議員とか、石巻の安住議員とか、もう二カ月前から携帯で連絡をとり合っておりまして、現地の声は、宮古の市長、陸前高田の市長、南三陸の町長も、みんな現地の様子を聞いております。 瓦れきが阪神・淡路の一・七倍、二千五百万トンという中で、私も指示したのは、今おっしゃるとおり、漁港は農林水産省、港湾は国土交通省、海岸は県だ何だかんだ、自然公園は環境省だということを、とにかく縦割りを取っ払って、ぶつかって初め
環境委員会
○松本(龍)国務大臣 突然の御質問なのでお答えをしにくいんですけれども、三月十一日午後二時四十六分に地震、津波が起こりまして、実は三時前に危機管理センターに入りました。すぐ、電源が遮断をした、あるいは冷却装置の問題等々、一時間、二時間ぐらいで起こりまして、実は私は、防災担当大臣ですから、自然災害という意味で地震、津波由来の仕事はやるけれども、原発由来の仕事は経済産業大臣あるいは官房長官等々と、切り離しておりました。 そういう意味では
災害対策特別委員会
○国務大臣(松本龍君) 急に質問されたので、思い出しますけれども、三月の十一日は午後三時前に危機管理センターに入りまして、ずっと情報を入れました。 津波の情報ということで、まず情報収集をしたのが一番でありますけれども、まず一番に指示をしましたのは、余震とか津波情報を聞くことが重要だということで、被災地に携帯ラジオを送れという指示をしました。九千五百個ぐらい送ったというふうに思っております。そして、東京都の帰宅困難者の問題に取り組んで
災害対策特別委員会
○国務大臣(松本龍君) 私も先ほどの復興構想会議の四月二十三日の佐藤知事のお話は承りました。まさに、岩手、宮城と違いましてかなり、いわゆる地震、津波、原発、風評被害と、三重、四重の今重圧に耐えておられる姿を拝見をいたしました。 私も実は三月の十八日に、南相馬が自主避難をされているということで、すぐ三月十八日に飛んでいきました。それから老健施設、あるいはその次の日から病院等々、重病者の搬送をしたり、老健施設のお年寄りをほかの地域に移し
災害対策特別委員会
○松本(龍)国務大臣 今、消防団員の手当ということがありました。私も、発災から、午後三時前に危機管理センターに入りましたけれども、自衛隊、警察、消防、海上保安庁それぞれしっかり努力をされて、警察、消防それぞれに、仲間が亡くなっておられる中で、黙って涙をこらえて捜索活動等々に従事されたことを今思い出しております。 消防団は本当に地域のかなめで、恐らく二千円から二千五、六百円と、私のところも今、消防団員が少なくて苦労しております。そして
予算委員会
○松本(龍)国務大臣 今御指摘の、二百九十一の団体から受け入れを表明していただいております。 この震災、さまざまな横横といいますか、広域のいろいろなところの団体からそういう支援をいただいていることは事実でありますし、今、環境省がコーディネートをしろよと。私もすぐ指示をしたのは、さまざま広域で処理できるところがあるということはずっと言い続けておりますし、今御指摘の海上保安庁の船でありますとか民間の船でありますとか、そういうものも含めて
予算委員会
○国務大臣(松本龍君) お答えいたします。 三月十一日の発災以来、まずは、その次の日は救助、捜索、援助ですから、そういうことを指示をいたしました。そして、物資の援助等々も、今、佐藤委員もう十分御承知のとおり、やってきております。 原発の問題、そして、私はとりわけ地震、津波の問題で様々努力をいたしましたけれども、総理からももうその日のうちに、津波災害ということで、これはライフライン、とりわけ電力が駄目だろうということで携帯ラジオを
災害対策特別委員会
○松本(龍)国務大臣 発信は私は余りしませんからそういうこともあろうかと思いますけれども、三月十一日の午後二時四十六分に発災しまして、それからもう十分後に危機管理センターに入ってまいりました。それからもう十日間ほとんどそこを、夜中にちょっと休むぐらいの話でおりましたので、まさにほとんどの方々と会っておりません。 その日のうちに津波ということがわかりましたので、まさに二次被害が起こったらだめだということで、ラジオをまず送れ、そして感染
災害対策特別委員会
○松本(龍)国務大臣 今おっしゃったことを肝に銘じて、決してひるむことはありません。 そして、私は、今おっしゃったように、身近な命といいますか、そういう、自衛隊の皆さん、警察の皆さん、消防の皆さん、海上保安庁の皆さん、私は発災の十分後に危機管理センターに入りました、本当に不眠不休で捜索に当たり、救助に当たり、救援に当たられた方々の努力をずっと目の当たりにして、一方でまた原子力発電の事故ということもあって、もうそれこそみんな不眠不休で
予算委員会
○国務大臣(松本龍君) お答えをいたします。 例えば、発災から自衛隊、警察あるいは消防庁の皆さん、捜索活動、救助活動、救援活動等々行っていただきました。それこそ不眠不休の努力でやっていただきました。一方、物資を運んでいただいたり様々な努力をしていただいて、孤立した方々あるいは避難所等々に運んでいただきました。そういう意味で、優先順位を付けていったり、あるいは様々な判断を時々によってしなければなりません。そういう意味で、そういうシフト
予算委員会
○国務大臣(松本龍君) おっしゃるとおり、私もその点はある意味では正しかったかどうか分かりませんけれども、三月十一日の三時前に危機管理センターに入り、その日に東副大臣に宮城に飛んでいただきました。また、次の日は平野副大臣に岩手、吉田泉政務官に福島に入っていただきました。次の日に私も行こうかと思いましたけれども、原発の事故もありました。ある意味では、捜索、救援救助活動というのが一体的に危機管理センターで執り行っておりました。 そういう
環境委員会
○松本国務大臣 お話を聞いて、何かいい話だなと本当に思いました。手柄を言い立てる、イベントのプロデューサーですか、それはある意味では、そういう形態の仕事はそういうことを言わないとだめなことかもわかりませんけれども。 私が今まで聞いた一番好きな言葉は、受けて忘れず、施して語らずという言葉でありまして、恩を受けたら絶対忘れるなよと。受けて忘れず、施して語らず。そして、何かしてあげたらしゃべるなよ、何も自慢するなよという言葉があって、これ
環境委員会
○松本国務大臣 お答えいたします。 この間、吉野委員にお答えができなくて申しわけありませんでした。 今おっしゃるとおり、情報の保全は徹底して行わなければならないという意味におきまして、結果としてそれができなかったということに対して、私も、内閣の一員として責任を痛感しております。 いわゆる責任のあり方については、捜査が徹底的に行われて事実関係が確定されたときに検討されるべきというふうに思っております。 ただ、一点だけ。海上
予算委員会
○松本国務大臣 お答えいたします。 打越委員も、発災からすぐ、何度も現地に足を運んでいただき、事情をしっかり聴取され、あるいは励ましていただいたこと、防災担当大臣として心から敬意を表したいというふうに思います。 三十日に一緒に入りましたけれども、十日たっておりましたけれども、大変な状況だということを改めて痛感いたしました。そういう意味では、被災者の皆さん、そして亡くなられた皆さんにお悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。
本会議
○国務大臣(松本龍君) 阿部議員にお答えいたします。 このたびの災害につきましては、私からも、亡くなられた方々、また、被災された方々に、お悔やみとお見舞いを申し上げたいと思います。 御指摘のとおり、このたびの災害では、海上保安庁の巡視艇が、負傷者や救援要員の搬送など、いろいろな意味で活躍をされました。そういう意味では、現地にこの間行きましたときも、大変感謝をされておりました。また、警察、自衛隊、消防等々、同じように、島外からの救