2003-07-03
衆議院
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
○中山(正)小委員 先ほど春名先生からの御指摘がありましたので。 なぜそのときそれじゃ憲法に反対をされたのか、実に不思議の感に打たれます。ケーディスという、いわゆる憲法を日本に押しつけたときのメンバーの責任者がいました。マーカットという少将はドイツ系の弁護士でしたが、それがフィリピンに長くいて、フィリピンの憲法を焼き直して日本に押しつけたのです。そのマーカットとか、それからケーディス、このケーディスという人はアメリカ共産主義者で、彼
2003-07-03
衆議院
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
○中山(正)小委員 重ねて中山正暉に発言させていただいて感謝をいたします。 アメリカが今現実の世界で大変ないろいろなことをやっているとおっしゃる皆さんが、一九四五年、戦争が済んだときのアメリカの世界戦略の中で、日本を永久に属国にして、もう二度と立ち上がらない、アメリカの言うことを聞く国にしようと思って与えた憲法を何で守ろうとされるのか、私はそれがまことに不思議でなりません。 これから私は、二十一世紀、悲劇の予想をするならば、多分
2003-05-08
衆議院
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
○中山(正)小委員 では、もう一言。 きょうの東京新聞の一面の記事が、日本の自衛隊が、研究したことがあるということで、北朝鮮を攻撃する能力があるかというと全くないということです。 ところが、以前に核拡散防止条約を脱退した北朝鮮は、期限が三カ月で切れる一日前に戻りましたが、今度は四月十日で期限が切れておりますが、国連はこれに対する査察も何も、今全く行動を起こしておりません。こういう現実をどう見るか。 私どもは、北朝鮮が六発持っ
2003-03-06
衆議院
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
○中山(正)小委員 きょうは小川先生のお話でしたので、私も事前に知っていたら質問をしたかったなと思うんですが。 ひとり言になりますが、きょうは災害の問題と防衛の問題というのをごちゃまぜにしている。結局、敵からの攻撃があれば、それが自然災害と同じような大災害になるんだから、その辺では一致するのかなと思いますが。 私はかつて、三木内閣のときでしたが、核拡散防止条約、そのときに、日本としては当然のことだという自民党の方針に従いまして賛
2002-12-12
衆議院
憲法調査会
○中山(正)委員 先ほどお話の中に冷戦構造の中での日本という話がありました。あれは終戦から五年たって、昭和二十五年の六月の二十五日に朝鮮動乱が起こって、二十八年の七月の二十七日に終わりました。 しかし、アメリカはその一年前に、日本の経済力で中国を大きくしてソ連と分断するという大変すごい計画を立てていたんですね。マッカーサーはそれを知らずに、満州に、朝鮮動乱を解決するためには、二十六発の原子爆弾、それから台湾軍の朝鮮動乱投入ということ
2001-06-14
衆議院
憲法調査会
○中山(正)委員 御配慮いただきまして感謝をいたします。自由民主党の中山正暉でございます。 私は、三十二年間この国会に籍を置かせていただいておりますが、直接こうして国会の議場、委員会の場で憲法の問題を語れるようになったということに大変時代の推移を感じますし、世界の平和に貢献をする機会をどんなふうに国会がつくるかというためには、有意義な時代が来たと思っております。 ただ、むなしいのは、五年間論議をしても、改正案はつくらないというこ
2000-05-09
参議院
国土・環境委員会
○国務大臣(中山正暉君) 私は、国の存立の基盤の四本の柱というのは国防と治安と外交と教育の中身だと、こう思っております。そういう意味で、国を守る組織というものに対する特別の配慮というのは、自衛隊というものがあるものでございますから、命をかけて日本を守ろうとしている人たちに対する配慮というのは国の政治の中で私は基本的に大切にしなきゃいけないものだと思うんです。 〔委員長退席、理事市川一朗君着席〕 また、産業廃棄物というのは、人
2000-04-17
参議院
災害対策特別委員会
○国務大臣(中山正暉君) お説のとおりに、危機管理ということは、特に世の中の集中的な注目を浴びている時代だと思います。今お話がありましたように、戦争というものがないことを祈りたいと思いますが、何が起こるかわからないのが世界の状況でございますので、そういうことも含めました危機管理対策というのは、今般私も経験をいたしまして、衆議院の本会議で都市計画法と建築基準法の改正案の質疑に入りました十分後に有珠山噴火の一報が入ってまいりまして、私はすぐ
2000-03-31
衆議院
建設委員会
○中山国務大臣 今、政務次官から御報告を申し上げましたが、この間のクエスチョンタイムでも、危険区域が鳩山代表のちょうど選挙区に当たるものでございますから、私、メモを入れまして、クエスチョンタイムの冒頭でも総理からお話しいただきました。 けさの閣議でも、私から、有珠山では二十七日午前から地震が発生し、二十九日には気象庁の火山噴火予知連絡会拡大幹事会が開催され、今後数日以内に噴火が発生する可能性が高くなっており、火山活動に対する警戒を高
2000-03-31
衆議院
本会議
○国務大臣(中山正暉君) 田中慶秋先生にお答えをいたします前に、今、有珠山が爆発をいたしました。 十三時八分から十三分の間に有珠山が爆発をいたしまして、直ちに今、非常対策本部設置、今メモでやりとりでございますが、直ちに非常対策本部を設置いたしまして、官邸におきまして閣僚会議を準備いたしております。 議長、その他議運の皆様方でのお計らいでございますが、急遽どういう対策を国会としても打っていただきますか、特に、今答弁をいたしてこの本
2000-03-24
参議院
災害対策特別委員会
○国務大臣(中山正暉君) 私も、阪神・淡路大震災のときにすぐに大阪市の消防局へ飛んでいきましたら、東京は消防庁があるからボタンをぽんと押すと関東一円にぱっと伝達ができるけれども、大阪の場合は自治体に全部一件一件電話をかけたと、こう言うんです。抜けていて後でえらいしかられたところがあったという話をしていました。それから、私も、大阪市が今の消防用のヘリコプターを買ったときに、大阪市の市役所の上にはヘリポートがあるんですが、何とそこへおりられ
2000-03-09
衆議院
災害対策特別委員会
○中山国務大臣 私もあの当時、すぐに大阪市の消防局へ行きましたら、消防局長が、大阪府内の自治体の四十四の消防に一軒一軒電話をした、こう言っておりました。関東地域は消防庁がありますから、関東一円、ぼんとボタンを押すと全部すぐに初動体制がとれるけれども、大阪市の消防局長が私に、一つだけ電話漏れしたところがあって、えらい怒られたという話をしておりましたし、今度の台湾の地震なんか聞きますと、李登輝総統が日本との差を話をされているようでございまし
1999-10-21
衆議院
災害対策特別委員会
○中山国務大臣 御指摘は、御意見を伺わせていただきまして、参考にいたしたいと存じますが、災害対策基本法は、防災計画の作成等の災害予防から災害応急対策、それからまた災害復旧、復興までの一連の災害対策の基本を定めておりまして、総合的かつ計画的な防災行政の整備及び推進を図るものと、それからまた災害対策基本法のもとには、災害予防、それから災害応急対策、災害復旧、復興のそれぞれの分野で、例えば耐震改修法とかそれから災害救助法、激甚法といった各種の
1999-10-20
参議院
災害対策特別委員会
○国務大臣(中山正暉君) 阪神・淡路大震災のとき、これは災害救助法で十市十町、大阪府下も五市が指定を受けました。私の旧中選挙区時代の選挙区でも、朝ジョギングをしている人たちや堤防で夜釣りをしていて帰り支度をしていた人たちが巻き込まれて、大阪市内、此花区のことでございますが、十七名ばかり犠牲になられました。そのとき残念だったのは、知事が自衛隊に要請をするのが大変おくれた。係長が、もうぼつぼつ知事、連絡をした方がいいんじゃないですかというこ
1995-02-07
衆議院
安全保障委員会
○中山(正)委員 ありがとうございます。 今度はヘリコプターも、大阪は消防局で二機持っていますが、一機はオーバーホールをやっていたそうで使えなかったのです。大阪市は二千七百億円の市電の軌道敷を国に寄附して市電を廃止しました。その後、私は、ヘリコプター事業をやれ、市電のかわりにヘリコプターで、奥地に安い土地を買って、そこへ市営住宅つくって、そこへ定期便を走らせたらどうかと。しょっちゅう予算要求のときなんかに、市電の事業をなくしてそのま
1995-02-07
衆議院
安全保障委員会
○中山(正)委員 実は、これは一九八二年に出た「おもしろデータバンク」、この中に、大地震が発生しやすいところといって、名古屋、大阪、ここにちゃんとマークがついているのですね。一九八二年に出版されたものです。今一九九五年ですね。表紙のデザインで国会が崩れるところもちゃんとかいてございますけれども、東京以外でも危ないところがちゃんと指摘されています。それから、ここにおもしろい新聞が出ております。「古代人が残した巨大な地震計」「古墳は知ってい
1995-02-07
衆議院
安全保障委員会
○中山(正)委員 この問題は改めて真剣な議論をしなければいけないと私は思います。 私が先ほど申しましたように、連立政権がある効果を出すかもしれないと思っていますのは、勝海舟と西郷隆盛という敵の大将同士が品川で会談をしたわけでございます。それから幕末、明治維新、大発展をする日本の礎が築かれた。どちらかというと勝海舟と西郷隆盛の話し合いと似て、五五年体制の中では社会党と自民党が防衛問題なんかでは全く対立していたものが一つになるということ
1995-02-07
衆議院
安全保障委員会
○中山(正)委員 ありがとうございました。 まさかそんなことはないだろうと私も思っておりましたが、閣議の中でもそういう対応がなされた、そういうことを聞いて、しかし私は、現場の自衛隊がその場に直行しなかったという話は、自衛隊の方々は知事から依頼があったりするまで、それから上からの命令があるまで動かないでおこうと思っておられたのじゃないか。 私は、それで思い起こすことがあるのでございます。五十三年のことでございましたが、週刊ポストで
1995-02-07
衆議院
安全保障委員会
○中山(正)委員 自衛隊は、大変初動鮮やかに、連絡があるのを待ち受けてくださったと思いますが、官邸の中は大変混乱したようでございます。 五時四十六分に地震があって、七時に総理大臣はテレビで地震のニュースを見られたと聞いております。私の娘は大阪におりまして、私は国会が始まるものですから十六日の夜にこちらへ来たのですが、今大地震があったといって娘から電話がかかってきたのは二分後でございました。何もかも、本棚も倒れた、人形棚から人形が落ち
1995-02-07
衆議院
安全保障委員会
○中山(正)委員 お許しを得まして、今回の阪神大災害に対します問題を中心に、これは国の安全保障に大いに関係があるわけでございます。 私は、国家の四本の柱、特に国の専権事項というのは国防と治安と外交と教育の中身、何を国家として教えていくか、この四本が私は国政の柱だと思っております。災害というのは、これは治安、その後に乱れるという心配が往々にしてあるわけでございますが、まずこの日本が、地震国といいますか、太平洋プレート、それからフィリピ