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松本龍」の「自衛隊」テーマに関する発言 30件

期間: 2015-01-01 以降 / 1ページ 20件 / 1 ページ目 / 全体 2ページ

2011-06-10 衆議院

松本龍

環境委員会

○松本(龍)国務大臣 大変大切な御指摘で、PTSD対策は発災から一週間後に、警察、自衛隊、消防も大変な経験をされておりますので、対策をするようにという発信を私はいたしました。 例えば自衛隊の皆さんも、各駐屯地に、学習して先輩たちがそれらの対策に対していろいろ講習を行っているという話もありますし、また、民間のいろいろな方たちが百人、二百人体制で相談窓口をつくっているという話もございました。

2011-05-31 衆議院

松本龍

環境委員会

○松本(龍)国務大臣 今御指摘の小野寺議員とか、石巻の安住議員とか、もう二カ月前から携帯で連絡をとり合っておりまして、現地の声は、宮古の市長、陸前高田の市長、南三陸の町長も、みんな現地の様子を聞いております。 瓦れきが阪神・淡路の一・七倍、二千五百万トンという中で、私も指示したのは、今おっしゃるとおり、漁港は農林水産省、港湾は国土交通省、海岸は県だ何だかんだ、自然公園は環境省だということを、とにかく縦割りを取っ払って、ぶつかって初め

2011-05-31 衆議院

松本龍

環境委員会

○松本(龍)国務大臣 突然の御質問なのでお答えをしにくいんですけれども、三月十一日午後二時四十六分に地震、津波が起こりまして、実は三時前に危機管理センターに入りました。すぐ、電源が遮断をした、あるいは冷却装置の問題等々、一時間、二時間ぐらいで起こりまして、実は私は、防災担当大臣ですから、自然災害という意味で地震、津波由来の仕事はやるけれども、原発由来の仕事は経済産業大臣あるいは官房長官等々と、切り離しておりました。 そういう意味では

2011-05-25 参議院

松本龍

災害対策特別委員会

○国務大臣(松本龍君) やっぱり情報の共有がそれぞれ、国もそうですけれども、県も市町村もできていなかったなというふうに思いました。十一日の夜には宮城県と連絡が付きましたけれども、先ほど言いましたように、山元町と連絡が付かないからということで消防や自衛隊のそれぞれの無線で様子を調べていただきました。大槌町はもう役場ごと流されて、後に分かりましたけれども流されていたので、岩手県が連絡が付かないということで、そこもいろんな手だてで情報を知るよ

2011-05-25 参議院

松本龍

災害対策特別委員会

○国務大臣(松本龍君) 急に質問されたので、思い出しますけれども、三月の十一日は午後三時前に危機管理センターに入りまして、ずっと情報を入れました。 津波の情報ということで、まず情報収集をしたのが一番でありますけれども、まず一番に指示をしましたのは、余震とか津波情報を聞くことが重要だということで、被災地に携帯ラジオを送れという指示をしました。九千五百個ぐらい送ったというふうに思っております。そして、東京都の帰宅困難者の問題に取り組んで

2011-05-24 衆議院

松本龍

東日本大震災復興特別委員会

○松本(龍)国務大臣 厚生労働省にはそういった福祉避難所等についてのガイドラインがあるというふうに聞いておりますけれども、私たち内閣府といたしましては、今お話をいただきました。ともかくも、もう発災から七十幾日たって、まだまだ厳しい避難所におられる方々に対して、きのうよりきょう、きょうよりあしたと状況を改善していくということで今努力をしております。 そういう意味では、しっかりこのことをやってまいりたいと思いますし、調査をいたしまして、

2011-05-18 参議院

松本龍

災害対策特別委員会

○国務大臣(松本龍君) 私も先ほどの復興構想会議の四月二十三日の佐藤知事のお話は承りました。まさに、岩手、宮城と違いましてかなり、いわゆる地震、津波、原発、風評被害と、三重、四重の今重圧に耐えておられる姿を拝見をいたしました。 私も実は三月の十八日に、南相馬が自主避難をされているということで、すぐ三月十八日に飛んでいきました。それから老健施設、あるいはその次の日から病院等々、重病者の搬送をしたり、老健施設のお年寄りをほかの地域に移し

2011-05-02 参議院

松本龍

災害対策特別委員会

○国務大臣(松本龍君) 大変重要な御指摘だと思います。私も一月前に石巻に行きまして、河北というところに行きまして、ここは海だったのか田んぼだったのか家屋だったのかというぐらい浸水状況が激しい状況を見てまいりました。 そういう意味では、当時はまだ寒い日でありましたけれども、自衛隊がつかりながら御遺体の捜索をされておりましたけれども、今の被災者生活再建支援制度の中では、自然災害により生活基盤に著しい被害を受けた世帯に対しては自立した生活

2011-05-02 参議院

松本龍

災害対策特別委員会

○国務大臣(松本龍君) 離島の御指摘、私も一か月前に塩竈市の寒風沢島に行ってまいりました。自衛隊の皆さんが本当によくカバーをしていただいているのを覚えております。国交省にも督励をして、今のような措置を講じたところであります。 重要なのは周知だというふうに思います。これから、まず今日、野党の皆さんの本当に深い御理解をいただいて緊急にこの法案を審議していただくことを感謝を申し上げたいと思います。その意を受けて、その心を受けて、これから周

2011-04-30 衆議院

松本龍

災害対策特別委員会

○松本(龍)国務大臣 今、消防団員の手当ということがありました。私も、発災から、午後三時前に危機管理センターに入りましたけれども、自衛隊、警察、消防、海上保安庁それぞれしっかり努力をされて、警察、消防それぞれに、仲間が亡くなっておられる中で、黙って涙をこらえて捜索活動等々に従事されたことを今思い出しております。 消防団は本当に地域のかなめで、恐らく二千円から二千五、六百円と、私のところも今、消防団員が少なくて苦労しております。そして

2011-04-29 衆議院

松本龍

予算委員会

○松本(龍)国務大臣 お答えいたします。 先生も現地を訪ねていただいておわかりのように、市町村あるいはさまざまな地域で、被害のありようがさまざま違います。先ほどの仮設住宅のお話にもありましたように、建設用地がないということはかなり阪神・淡路と違う様相だなというふうに私も思っております。そういう意味では、それぞれの地域で仮置き場に集めていただきたい、そして、市町村でできないなら県に委託をし、県に委託をされたら、我々、協議会をつくりなが

2011-04-29 衆議院

松本龍

予算委員会

○松本(龍)国務大臣 お答えいたします。 御指摘は昨年からずっといただいております。私も大変悩んでおりますけれども、この三月十一日の発災以来、午後三時前に危機管理センターに入り、ずっと十日間、警察、消防、自衛隊等々と一緒になって、捜索、救援、救助活動あるいは物資の運搬等々で努力をしてまいりました。そういう意味では、ずっと防災担当大臣ということで専念をしておりましたけれども、瓦れきの処理等々、近藤副大臣あるいは樋高政務官等々も一生懸命

2011-04-29 衆議院

松本龍

予算委員会

○松本(龍)国務大臣 瓦れき対策につきましては、三千五百十九億、今度計上しております。 おくれている理由といいますと、本当に、阪神・淡路、私も十六年前経験をいたしましたけれども、このたびは、青森から千葉まで広範囲にわたっておりますし、この間の自衛隊、米軍による御遺体の集中捜索でも、今度は百二十一体出たという状況の中で、遅々としてやはり沿岸線の部分が進まない状況の中で、自治体も大変厳しい状況にある。私どもも、指針を示しながら、自治体あ

2011-04-29 衆議院

松本龍

予算委員会

○松本(龍)国務大臣 兵たんの問題についてお答えをいたします。 発災以来、危機管理センターに参りまして、津波ということになりまして、先ほど来お話がありましたように、一番大事なことは情報でありますから、一番に指示をしましたのは、携帯ラジオを被災地に送るように指示をいたしました。電気もついておりません、ガスもありません、水道もありませんから、とにかく津波情報、余震情報が大事だということで、その指示をいたしたところであります。 物資の

2011-04-26 衆議院

松本龍

予算委員会

○松本(龍)国務大臣 お答えいたします。 石巻にも三週間ほど前に行きましたけれども、大変な寒さの中、河北のところでは自衛隊の皆さんが御遺体の捜索をされておりました。 そういう状況の中で、瓦れきの問題、大変重要な御指摘であります。二次、三次ということでいえば、仮置き場から中間処理、最終処理ということでありましょうけれども、最終的にすべてが国庫負担ということで取り組ませていただいておりますし、最重要の課題としてこれからも鋭意努力をし

2011-04-25 参議院

松本龍

予算委員会

○国務大臣(松本龍君) お答えいたします。 三月十一日の発災以来、まずは、その次の日は救助、捜索、援助ですから、そういうことを指示をいたしました。そして、物資の援助等々も、今、佐藤委員もう十分御承知のとおり、やってきております。 原発の問題、そして、私はとりわけ地震、津波の問題で様々努力をいたしましたけれども、総理からももうその日のうちに、津波災害ということで、これはライフライン、とりわけ電力が駄目だろうということで携帯ラジオを

2011-04-21 衆議院

松本龍

災害対策特別委員会

○松本(龍)国務大臣 発信は私は余りしませんからそういうこともあろうかと思いますけれども、三月十一日の午後二時四十六分に発災しまして、それからもう十分後に危機管理センターに入ってまいりました。それからもう十日間ほとんどそこを、夜中にちょっと休むぐらいの話でおりましたので、まさにほとんどの方々と会っておりません。 その日のうちに津波ということがわかりましたので、まさに二次被害が起こったらだめだということで、ラジオをまず送れ、そして感染

2011-04-18 参議院

松本龍

予算委員会

○国務大臣(松本龍君) お答えいたします。 一昨日、宮古市に行ってまいりまして田老の堤防の破壊された姿を見てまいりました。昨日は藤原先生と一緒に大船渡、陸前高田、視察をさせていただきました。それぞれ大変な被害の中で、地方自治体始め住民の皆さんが御苦労なさっている、そして自衛隊の皆さんが御苦労なさっている姿を拝見したところであります。 瓦れきの撤去につきましては、三月の二十九日にもう全額国庫という方針を打ち出しました。そういう意味

2011-04-18 参議院

松本龍

予算委員会

○国務大臣(松本龍君) お答えいたします。 三月十一日の午後二時四十六分発災以来、危機管理センターに参りまして、当初、今御指摘のとおり、燃料、食料、水、毛布ということが必要だということで様々努力をいたしました。とりわけ燃料は、タンクローリーを動かすにしてももうライフライン、道がずたずたになっておりますし、中間で仕分をする地点も確保できない、あるいはサービスステーションも確保できないという状況の中で苦慮いたしましたけれども、二日か三日

2011-04-07 衆議院

松本龍

災害対策特別委員会

○松本(龍)国務大臣 今おっしゃったことを肝に銘じて、決してひるむことはありません。 そして、私は、今おっしゃったように、身近な命といいますか、そういう、自衛隊の皆さん、警察の皆さん、消防の皆さん、海上保安庁の皆さん、私は発災の十分後に危機管理センターに入りました、本当に不眠不休で捜索に当たり、救助に当たり、救援に当たられた方々の努力をずっと目の当たりにして、一方でまた原子力発電の事故ということもあって、もうそれこそみんな不眠不休で