「サリー・ソロ」の過去の国会発言

発言数 6件

初発言日: 1986-10-15  /  最新発言日: 1986-10-15  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1986-10-15 参議院

国民生活に関する調査会

○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) きょうは皆様お忙しいところこちらに集まっていただいて、どうもありがとうございました。 私は記者なんですから、普通は聞く方です。英語でもスピーチはほとんどやったことはありませんけれども、ここで話をやったり聞いたりすることが非常にいいチャンスだと思いました。最初は、できれば直接日本語で話した方がいいと思っていました。けれども、準備をしながら、一回目の日本語のスピーチを思い出しました。それは

1986-10-15 参議院

国民生活に関する調査会

○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 中曽根首相の発言に絡んでという御質問でしょうか。——まず、ほかの国々からの反応につきましては、私はこちらにおりましたので、皆様方がお知りになったほかの国々の反応と全く同じです。その発言がありまして、友人から何通か私手紙を受け取りました。そして最近の手紙では、そのような中曽根発言について私自身どう思うかというような内容のものもありました。私自身のその発言に対しての反応としてはたくさん申し上げ

1986-10-15 参議院

国民生活に関する調査会

○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 日本の若い人たちに対してということですが、まずその人によるということです。大変に難しい質問だと思いますが、日本にいまして日本の今の若い人たちと話をして、またアメリカに戻りましてアメリカの若い人たちと話をしてみますと、お互いにそれぞれの国に対しての関心がどんどん高まってきているなと思われます。私、もっと国際的な見地から話をしたいのですが、残念ながら唯一知っております国は私の生まれましたアメリ

1986-10-15 参議院

国民生活に関する調査会

○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 私自身の記者の経験というのは日本においてのみです。ただ、もちろん同僚と仕事をしておりますし、いつかはアメリカに帰ってアメリカで仕事をするということになります。アメリカにおきましてはどの記者も皆どの記者会見に出席できるというわけではありません、それほど大きな規則があるというわけでもありませんが。ただ、アメリカにもプレスクラブというのはありますが、そのプレスクラブというのは記者がお互いに何か飲

1986-10-15 参議院

国民生活に関する調査会

○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) 私個人といたしましては、そのユーモアは余りおもしろいものではなかったと思います。ただ、そのようなことを思っているのは日本では首相のみではないと思います。日本に来ます前に、日本においてビジネスを行っていたことのある、ある女性に会いました。そうしましたら、その女性が私に、日本ではどちらかのカテゴリーにされてしまうという話をしたわけです。まず、外人と見られるかあるいは婦人と見られるかです。その際

1986-10-15 参議院

国民生活に関する調査会

○参考人(サリー・ソロ君)(本井真理子君通訳) まず、京都においての私の経験というのは、現在私が持っております経験とは随分違うものです。京都におりますころはできるだけ日本の文化を学ぼうと一生懸命でした。また、現在は日本の社会について、とりわけ近代史について学ぼうとしております。したがって、以前日本について学びましたことと、それから現在学んでいることとは内容が違っているということはあります。ですから、前に学んだものの上に現在学びつつあるも

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