科学技術振興対策特別委員会
○三木(喜)委員 やめる気はないとおっしゃるのですか。明確に言うてください。特別公務員だとかなんとかおっしゃらぬと。
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発言数 2,747件
初発言日: 1961-02-24 / 最新発言日: 1972-10-19 / 1 ページ目 / 全体 138ページ
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○三木(喜)委員 やめる気はないとおっしゃるのですか。明確に言うてください。特別公務員だとかなんとかおっしゃらぬと。
○三木(喜)委員 中曽根大臣、私前にも一ぺん苦言を呈したことがあるのですが、それはどういう立場からかといいますと、私は中曽根長官はこのごろ非常に風格のある政治家としてのタイプを示してこられたと思うのです、国際的にも国内的にも。また派閥のことを言うて申しわけないけれども、一方の派閥の頭領でもありますし、それから言論も非常にさわやかで、国家百年のことについてもよく考えておられると思う。そういう点は敬服しております。それだけに私はあなたに苦言
○三木(喜)委員 そうなってくると、次に二つ質問しておきたいのですが、科学の持つ二面性、平和に利用すればこれは平和の女神にもなるでしょう。しかしながら、軍事目的にこれを使いますと、これは非常におそろしいところの悪魔になるわけですね。ジキルとハイドというのですか、こういう二面性があるのですね、科学に。その二面性があるところへもってきて、平和に徹し切っておらなかったら、科学というものがそういう軍事に傾斜するおそれを非常に持つのですが、それに
○三木(喜)委員 だいぶん輪郭がはっきりしてまいりましたので、次に行きたいと思います。 それから同じ文部大臣の参議院における発言ですけれども、こういうことをおっしゃっております。「単に待遇の問題だけではなく、教育者を大事にする、尊重するという社会一般の風潮を醸成したいと私は考えるものであります。」とおっしゃっておられますが、そのとおりでございますか。
○三木(喜)委員 初めて稻葉文部大臣に質問をします。衆議院においてもこれが初めてのように思いますので、ひとつはっきりお答えをいただきたいと思います。 第一は、参議院の決算委員会で、学習指導要領、教育課程の練り直しを考えているかという質問に対して、稲葉文部大臣は「考えているかどうかどころではありません、これをやらなければ話にはならないと、さように思っております。」とお答えになっております。教育現場では重要なことですから、次のことからお
○三木(喜)委員 けっこうです。大臣はそういうような記憶が頭の中にはあるのだけれども確かめてないということでしたから、大臣も一ぺん確かめておいてください。もしそうだといたしますと、アメリカの言いなりでこれはやめたのだけれども、日本はいま独立しております。そうすると、あなたの中にある、個人の道徳として、いまそちらのほうからもおっしゃられたように、非常にりっぱなことだ、そういうところは残しておかなければならない、むしろそれを強調すべきだ、こ
○三木(喜)委員 いまの大臣のお答えでは、盛りだくさんだから、結局簡素化したい、こういうように受け取るわけなんですが、そこで同じようなことを参議院でもおっしゃっておるわけであります。「全人教育というのは、学校教育におけるあまりにも知育偏重に傾いた従来の文部省が出しております学習指導要領のごときものはもう少し簡素化できないものか、その余れる時間を体育とか徳育とかそういうことにもう少し重点を傾斜すべきではないか。」そういうようにおっしゃって
○三木(喜)委員 参議院でもおっしゃっておるように、いまのお話も大体そのようになると思うのですが、簡素化して、その余りをやはり知育偏重に片寄らずして、体育とか徳育とか、そういう方面に重点を傾斜すべきじゃないかと言っておられるように思うのですが、そういうことに間違いございませんか。
○三木(喜)委員 次に、簡素化と現地裁量とを入れる、こういうことになってくると、先生方は非常にお骨折りになりますから、そのお骨折りに対して、処遇はいままでのようなことでは足りないのではないかと感ずるものですから、教師の待遇改善ということを考えておられるような発言が参議院でなされております。その後稲葉文部大臣の発言として月給二倍論、それから所得税、住民税免除という、そういう特権を出しておられるのですが、以上の発想によりますと、待遇改善は、
○三木(喜)委員 よくわかりました。現場では教師の待遇というものを二段に分けて、稲葉文部大臣の御発言では、現在の教師の待遇がどうなるのか、それから将来の教員養成をやる上で人材を集める、そういうところから教員の待遇をどうするか、この二つに分かれているわけです。 そこで将来のこととしては、大臣の発言がありまして、とにかく新構想大学と師範、養成大学というものは一緒かどうか、その辺も問題でありますけれども、簡単に言わしてもらうならば、教員養
○三木(喜)委員 この参議院での発言を見ますと、そういうお骨折りに対して「いままでのようなことでは足りないじゃないかというふうに感ずるものですから」ということをおっしゃっておるわけなんです。そうすると、いま自民党にもはかり、各党の意見も聞いてというお考えのようですけれども、大臣はどういうふうにお考えになっておるのですか。足りないのならどういうぐあいにするかということです。
○三木(喜)委員 ところが、これもだいぶん違ったことを稲葉文部大臣はおっしゃっているそうなので、私はどうなったかとたいへん疑問に思いますのでお尋ねするわけですが、ひとつこれははっきりお答えをいただきたいのです。いまもちょっとお触れになりましたけれども、まず学習指導要領の簡素化をするのは、いまの教師の力では非力だからできない。いまの学習指導要領をそのままやっていくということは、いまの教師では非力であるからできない。したがって、簡素化するの
○三木(喜)委員 先般あるところで文部大臣が演説をなさっておるようですが、聞くところによりますと、教育者を大事にする、尊重するという風潮を社会一般につくると言いながら、デモシカ先生の話をされておるわけです。大学を出て、優秀な者は造船会社につとめる、二番目の者は重工業につとめる、三番目の者は市役所につとめる、あれもだめ、これもだめというのを、教員でも、教員しかできぬ人を集めたと言っておられるのですね。これは戦後の教員不足のことを言っておら
○三木(喜)委員 大体全体の録音も聞かしていただきました。それから、大体現地からの報告も見せてもらって、どういう思想かということも大体察知しておるわけなんですが、私の心配は、戦後の混乱期にかき集めたといたしましても、全部デモシカ先生ではないと私は思う。その中に教育というものに身を投じて、やろうかという意欲を持ってきた人もあろうかと思う。それを十ぱ一からげ、全部そういうものだった。だから、その辺の戦後の先生、現在おりますね、それは最大の侮
○三木(喜)委員 そうしますと、こうした個人の道徳というものに立ち至って、文部大臣として、その立ち至っておるものがりっぱだとお思いになるのなら、そういうものをつくるという意思があるのか。回りくどいですけれども、そういう点をお伺いしておきたいと思います。
○三木(喜)委員 大臣、失礼ですけれども、私の申し上げておるのは、校長先生にどうしたとか、そういうプールの開所式のときに順番がどうだったとか、それは教育を大事に考えておられるということにはなると思うが、それとはちょっと話の次元が違うのです。私も終戦当時は小学校の教頭をしておりました。ここの川村先生もおそらくそういう口だろうと思いますから、そういう私たちの年代のところまで侮辱されておるように思わないのですけれども、終戦後集まってきた教師と
○三木(喜)委員 大体わかりました。 それで、文部省に聞きますけれども、大臣は、これはアメリカから言ってきたかどうかということについて、さだかではないけれどもそう頭の中にある、こういうことですけれども、文部省はこれをどういうようにお考えになっておりますか。教育勅語は戦前非常に文教行政あるいは教育内容に関係が深いのですから、それが廃止された原因というのはどこにあるのですか。
○三木(喜)委員 もう一回だけ申し上げておきますが、かりにそういう言い違いがあっても、あるいはまたそう思っておられても、大臣として全人教育を主張されるのでしょう。そうすると、かりに終戦後の先生がデモシカ先生といたしましょう、デモシカ先生といたしましても、それらの人がふるい立つような人格的な向上をはかることばを大臣が吐かれるほうが私は妥当でないかと思うのです。思っていないことを無理に言えというわけじゃございません。人格を尊重し、そうしてむ
○三木(喜)委員 次に移ります。 文部大臣は、戦前の教育勅語に非常に大きな価値を認めておられるようですし、そういう発言もされておるように聞くのですが、教育勅語についてどうお考えになっておりますか。
○三木(喜)委員 大体いまおっしゃったように、戦前教育基本法があったわけです。教育勅語のことでしょうが、どこが悪い、こんなりっぱなことはあるだろうか、このようにおっしゃっておるわけですね。戦後は、そうすると、いろいろな基準を失ってしまった、このようにおっしゃっておりますけれども、教育基本法や憲法というものが一つの基準ではないですか。教育勅語ということで個人の教育、この当時は国の教育だったかもしれませんけれども、個人の道徳に立ち入って、そ