「上杉聰」の過去の国会発言

発言数 17件

初発言日: 1999-07-08  /  最新発言日: 1999-07-08  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 お手元に資料が三種類あります。一つはカラーのものです。それから、あとはレジュメと資料がついておりますので、これにのっとって話をさせていただきたいと思います。 私は戦後生まれでございます。昭和二十二年、一九四七年生まれです。そのような意味では、いわゆる日の丸・君が代に対する非常に強い反発もなければ、強い愛着心もないという世代でございます。 そういう立場から、きょう、何をしゃべるのかということになりますけれども、実は、

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 それについて、こう思うということではなくて、具体的に聞いてみられる必要があると思うのですよ。私も今おっしゃったような解釈も一部は可能だと思いますけれども、例えば、先ほどの中国のアンケートを見ますと、やはり日の丸と具体的に何がイメージとして結びつくのかというならば、侵略のときの暴行であるというふうになっているわけですね。ですから、そこには、やはり歴史的なものというのはぬぐい去ることができないだろうと思います。もちろん現在のも

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 在日の方たちは、いわゆる侵略戦争のもとで日本に連れてこられたり、あるいは経済的な破壊を向こうで受けたために日本にやってきたという歴史を持っているわけです。向こうに帰りたくても帰れないという歴史を持っておられます。そういう方たちに対して、言うならば、座るか立つか、それが国際的な儀礼となるかどうかということは別として、これは教育の場です。校長先生が子供たちに対して国をどのように教えるのか、ということを教育しなければならない場で

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 まず前半の問題なんですけれども、いい旗あるいはいい歌を公募する、あるいはそのような法律をつくる余裕さえなく、実際に、日の丸・君が代、これでどうだという議論になっているわけですね。そういう議論が今始まったばかりであって、これをもっと広めていく、そういうことになれば、国会の場でパフォーマンスをして、みんなで決められた国歌をあるいは国旗を守りましょうという雰囲気もつくられてくるだろうと思うんですね。それが強引に進んでいることを非

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 学習指導要領について、私は法的な拘束力をとにかく外すべきだろうというふうに思います。文部省がそういうものをつくってはいけないとかいうことまで言えるかどうかということについてはわかりませんが、少なくとも法的な拘束力は外すべきだろう。 特に、いわゆる教育というものは、教育現場における先生と子供たちの対話の中で進められることです。そこに法的な措置が入っていけば、これは当然ぎくしゃくしてくるということが一つあります。 それ

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 先ほど私が申し上げた、日の丸とセットでそういうことを議論すべきだということに対する御質問だと理解しておりますが、もちろん別な問題であります。ですから、それはそれとして、それぞれにきちんとしたことが行われる必要があると思います。そういう意味では、日の丸をきれいにするためだけに、このことが議論されるわけでもありません。 ただ、問題なのは、結局、今行われている日の丸・君が代の議論が、これまでの日本の、特に戦後五十年をめぐる議

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 そういうことが一般的にあるということは事実だろうと思います。 ただし、言うならば、直接非常に深いかかわりを日本との関係で持った諸国がまたあるわけです。そこにたくさんの人たちがこの日章旗に対する嫌悪感を持っているという事実もあるわけです。それを、尊敬しなさいと我々は命令するわけにはいきません。それを我々が掲げることによって、我々自身がまた誤解を受ける、特に若い世代が誤解を受けていくということがあるわけですね。そういう意味

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 私は、例えば桜の花をイメージできるような国旗を提示するということが一つあり得るだろうと思うのです。これは、我々は、日の丸よりははるかに桜の花が日本社会の中で定着しているだろうと思います。毎年春になりますと、我々は花見が好きです。そういう我々の心情にも実にぴったりくるし、そして、それが既に韓国やニューヨークなどにも植えられて、日本の我々の心情、美意識を代表するものとしてもう既に広がっているわけですね。 例えばそういうもの

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 中国の今の国家建設が、日本の侵略に対する抵抗の中で生まれたという事実があります。そういう意味では、そういう中でつくられた歌がそういうものであるということは、言うならば必然的なものであったのだろうというふうに思うのです。 問題は、そういう戦いの歌がいいかどうかということについては、これは一つは、言うならば日本と中国の歴史を語っているわけですね。我々は、そういうものの中で歴史を思い出すわけです。 とするならば、中国の方

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 アメリカの星条旗に対して、あるアメリカ人の高校の先生が、やはりそれまで一生懸命子供たちに対して星条旗を教えていたわけですが、ベトナム戦争を経過して私はその意欲を失ったということを語って、以後そういうことをしなくなったという経過があることを物の本で読みました。 言うならば、国旗・国歌というものが、時の国の行うことを通じてさまざまなイメージを与えられるわけですね。そういう点で、おっしゃるように、中国は、また日本はという、相

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 今のアジアの新聞に出てくる論調をどのように考えるかという御質問については、私は非常に控え目だろうというふうに思っております。特に、中国の、例えば先ほどのアンケートを見ますと、若い人たちまで含めて九〇%以上が反感を持ちながら非常に自制を持ってこの議論を見詰めているというふうに思います。 私は、それに対して、言うならば、あちらもこういう旗を、あるいはこういう国歌を歌っているから、我々もそれはもう敵対的にやっても構わないんだ

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 まず、教育現場でどのように作用するのかということについては、学習指導要領に明確に「指導するものとする。」というふうに書かれているわけですね。これが法的な拘束力を持つというふうにされている限り、恐らく今回で、例えば先ほどちょっと例を挙げましたけれども、子供たちに校長先生が立ちなさいということを無理やり命令をするということは、言うならば根拠を持って行われるということだろうと思います。だとしますと、これはここでの、国会での議論が

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 立つことも、そういうふうにいろいろな式典の流れでの問題だろうと思います。立つこと、あるいは深々とおじぎをするような場合もあるだろうと思います。言うならば、教育現場でどういうことが強制になるのかということは、それは教育現場での状況によるのじゃないかと思います。

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 非常に難しいことだと思いますが、何といいますか、一つは、ガイドラインとの関連で、先ほどのほかの先生の御質問とダブって感じるわけですけれども、かつて中国との関係で、特に、ガイドラインが問題にしているのは、当面は北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国ということではあるかもしれませんが、私は、それよりもむしろ中国との関係が大きいのだろうというふうに思っております。 そういう意味で、大きなアジアの軍事的な関係の中で、改めてガイドライン

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 特に、アメリカの多民族国家という状況の中で、国旗が非常に大事に扱われているということは理解しております。 ただ、イギリスについても、あるいは諸外国で変えていないところがあるではないか。それは、公的な立場ではその国の自由ですというふうに申し上げるしかありませんけれども、賢明な選択として変更するということは、例えばドイツの場合は、ハーケンクロイツをいち早く戦後引きおろしているわけですね。それから、イタリアについてもこれを改

1999-07-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○上杉公述人 私はそのようには考えておりませんけれども、そこまでの必要はないと思っておりますけれども、少なくとも日の丸あるいは国旗とやっていることとは別だという御指摘は、そのとおりです。 しかしながら、この人はこのような人だということは、例えば先生であれば、先生の髪型とか衣服でもってそれはシンボルになるわけです。いわゆるバッジも一つのシンボルになるわけです。 そういう意味では、国旗というのは国の行為のシンボルとなってきたものです

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