予算委員会公聴会
○下河辺公述人 下河辺と申します。 きょうは、大規模な災害に関しまして私のささやかな意見を申し上げたいと存じます。 しかし、私はまだ今回発生しました阪神大震災につきましては現場を拝見しておりませんで、あさって知事の要請で現場を拝見させていただきますので、阪神に関する具体的な提案はいろいろ自分なりに用意しておりますが、きょうは時間の関係もあり、現地を見てからの方がよろしいと思いますので、むしろ、一般的に大規模災害が発生しますことに
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発言数 532件
初発言日: 1969-07-03 / 最新発言日: 1995-02-09 / 1 ページ目 / 全体 27ページ
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○下河辺公述人 下河辺と申します。 きょうは、大規模な災害に関しまして私のささやかな意見を申し上げたいと存じます。 しかし、私はまだ今回発生しました阪神大震災につきましては現場を拝見しておりませんで、あさって知事の要請で現場を拝見させていただきますので、阪神に関する具体的な提案はいろいろ自分なりに用意しておりますが、きょうは時間の関係もあり、現地を見てからの方がよろしいと思いますので、むしろ、一般的に大規模災害が発生しますことに
○下河辺公述人 後藤新平が関東の大震災でやられたことは、御指摘のとおりです。しかし、正確に言いますと、後藤新平は大正九年から東京都の改造計画を練っていた人物で、アメリカのプランナーの知恵もかりてつくっていたところに地震が起きたので、自分の持っているものを復興計画という名に変えて出したというので、非常に早く出たというのが評判になっておるわけです。 そのことを今ここで考えますと、実は、後藤新平と同じように、兵庫も神戸も既に未来構想を持っ
○下河辺公述人 おっしゃるように、立派な都市をつくろうとするときに、民主主義のもとで強制力が働くということは絶対に必要だと思っておりますので、私権の制限をどのようにするかは国会の立法の中で重要視していただきたいと思います。 しかし、少し問題なのは、兵庫、神戸の経済は地震を受ける前から少し空洞化の傾向にありまして、産業構造上いかなるビジョンを持つかで迷っているところへ地震が来ましたので、多くの方々がここで脱出しようという動きも出てくる
○下河辺公述人 神戸の町について熟知しているわけではございませんけれども、神戸地域に関します土地とか地上権とか営業権の権利に関するしっかりした把握ができていないということが、都市計画を実施する上での困難さになっております。これは私どもが戦災復興でも経験した点で、戦災復興で、都市計画の図面はかなりきちんとかいたつもりですけれども、諸権利の上からそれは実施不能に陥って今日になったということがあった。 神戸におきましても、明治政府の国際港
○下河辺公述人 おっしゃるように、耐震構造の見直しが必要であることは言うまでもないと思います。しかし、この地震の経験から少し議論をしたらいいと思っておりますのは、新聞など拝見していますと、技術を過信してその神話が崩壊したと書いてあります翌日から、次の神話を求める意見がいっぱい出てくるわけでありまして、技術というものは絶対に限界があって、大自然の災害に十分ということはあり得ないということを確認する必要があると私は思っています。 そのた
○下河辺公述人 佐々公述人の御意見を伺っていてそのとおりだと思いますけれども、実務担当者としてちょっと申し上げたいと思うのは、大災害であるということを確認することをどうしていいかはいまだに私にはわかりません。 佐々公述人の御意見だと、秘書官がおっしゃったというのがあります。テレビでは、一人の代議士が言ったというのも報道されました。それから、一新聞社のヘリコプターからのコメントもいただきました。それで災害緊急時だと認定する根拠になるか
○下河辺公述人 そのとおりでありまして、いち早くやらなくちゃいけないということについては官邸でも国土庁でも県でも同じじゃないかと思うのです。ただ、担当していますとそんなに簡単ではないということは、もし時間があれば十分御説明しないと納得していただけないと思うのです。 あるべき姿だけが先走りしていまして、実務がついていっていないというところは、何か改善しないと同じことを繰り返すので、あるべき姿論では緊急時は済まないということであると思い
○下河辺公述人 私はすぐに道州制には賛成いたしかねます。しかし、防災上の問題として広域的な司令部をつくるとすると、現在のブロック型のシステムというのは重要であろうとは思っております。 しかし、その司令部をつくることは、新しい組織になるとすると、それが十分機能するのには何年かかかるということも承知おきいただきたい。できるとすぐ翌日から動くことにはならないので、現実には知事を中心とするしか緊急にはたえられないのじゃないかと思っております
○下河辺公述人 災害対策につきまして、いろいろな問題が起きておりますから、すべてをおもんぱかるということから始まると、きっと何もしないということに終わりそうだと私は経験的に思っていまして、要するに小さいやれることをやることでありまして、小さいやれることを選ぶことはいたさなければいけませんけれども、その小さいやれることはその専門の部局が専門的にやることがよいので、復興院というような新設の役所で復興対策はできないと思っております。
○下河辺公述人 その論説のとおりだと思いますが、効率主義に中心があって、採算性で構造を無視したとすればそれは許されないことというのは当然だと思うのです。しかし、今日問題なのは、地震があったらすぐ壊れてよいから、すぐ直せるという構造の方が、いかなる事態でも壊れないといってお金をかけるよりもいいかどうかの論争だと思っています。 大昔ですけれども、イタリア政府と日本の政府で住宅の標準設計のシンポジウムを開いたことがありまして、日本の公営住
○下河辺公述人 日本の国土を改めて考えてみました場合に、ただでも可住地面積が少なくて、一億二千万を超えた人口が安全に暮らすことは、諸外国に比べて非常に過酷な条件にあります。しかもそのうち、可住地と我々が考えていたところでの大規模災害が非常に危険であるということがわかってきましただけに、これからの国土計画が防災的にどこを開発したらいいかは大検討を必要としていると思います。これまでのところは大都市近傍の埋立地に焦点が当たっていたことだけは確
○下河辺公述人 軟弱地盤というものを調査して、いかなる地域が軟弱地盤で構造物にとっては困るかどうかということも、私ども戦後少し調査したことがありますが、今改めてまた調査すべきではないかと思います。しかし、先ほどお答えしましたように、わかってもそこを使わざるを得ない日本の宿命というようなものを感じておりまして、軟弱地盤での技術開発というものはもっと国家的に急ぐ必要があるのじゃないかと思います。
○下河辺公述人 ただいま御承知のように、日本経済はただならぬ状態であると私は思っております関係で、予算はなるべく早く通していただいて、日本のいろいろな問題に対応していただかなきゃいけないと思っておりますので、地震ということから本予算を見直すという時間はないのではないかと私は思います。ただし、復興に必要な制度、財源については、思い切った立法をお願いしたいと思っております。
○下河辺参考人 今の御意見に全く反対のところはないのですけれども、きょう申し上げてみたいと思うことは、もし仮にブラジリア型の大型の都市をつくることから首都機能の移転を考えるとすると、実務的には、私は、日本列島の場合に不可能に近いという見方をしているということが、国会都市から始まろうという現実的な方法に落ち込んでいったという説明の仕方もあるかもしれないというふうに思えます。 ただ、そういう技術的なことではなくて申し上げたいと思うのは、
○下河辺参考人 今おっしゃられたことで幾つか申し上げてみたいと思いますのは、一つは、東京一極集中の歴史の分析ということが重要だと思うのです。そして戦後私たちは、大陸から戻ってきた人たち、あるいは戦災で疎開していた人たちが戻ってきた集中を議論したことが住宅問題としてもありますが、その後、今おっしゃられたように、産業構造の激変に伴う集中という経験もいたしましたし、それから、農業人口が高度成長期に三分の一に激減するという中で集中構造を議論した
○下河辺参考人 非常に難しい御質問をいただいてしまいましたけれども、戦後の国土計画について失敗とか挫折とかということは、私は否定はいたしません。いろいろ問題を伴っています。しかし、戦後の国土政策がどういう役割を果たしたかということについては、専門的にいろいろなコメントをしたいということがいっぱいございます。 それは、先ほど御質問もいただきましたけれども、日本の合理性というものが市場を通じて一極集中型であるということを是認しながら地域
○下河辺参考人 国土計画を自然条件とか社会資本とかビジネスの配置ということで私たち考えてきたのですけれども、最近になって思うことは、若者の価値観というものによって国土計画を考えざるを得ないということになってきたところは最近の変化だと思うのです。 そのときに若者の価値観というのがどういうふうに形成されているかということを分析しなければなりませんけれども、まず第一に言えることは、東京圏、三千万人の都市であるわけです。今三千二首万人になっ
○下河辺参考人 今、御質問いただきましたことに関して、全部をお答えすることがなかなか私の能力ではできませんけれども、お話ししてみたいと思いますのは、二つの点があります。 その一つの点というのは、やはり中央の権限としての首都機能の問題でありまして、これは明治維新があって、明治憲法ができて、帝国議会ができて、そして仮議事堂で運営しながら本議事堂は昭和十一年になってやっとできて、そしてそれから戦争状態になって、帝国議会は第二次大戦の終了と
○下河辺参考人 私、ただいま委員長から御紹介いただきました総合研究開発機構の理事長の下河辺でございます。 本日は、国会等の移転に関する特別委員会で参考人として意見を述べさせていただく機会をいただきまして、光栄に存じております。 実は、私は政府の役人として長く勤めておりまして、国民所得倍増計画あるいは第一次全国総合開発計画、新全総、三全総、四全総の作業にかかわってまいった者でございますし、国会議員の有志の皆さん方でつくられておりま
○下河辺参考人 首都機能とは何かということになりますときに、簡単に言えば、国会である立法と、政府である行政と、裁判所である司法と三権のことを私は言いたいと思っております。 ただ、この三権については非常にたくさんな関連機能が一体となって機能していることは明らかでありますから、関連機能をどこまで入れるかということについては、作業上いろいろな数字を散見することができます。国会機能というのでも、各政党の調査能力というところまで含めると、どこ