外交防衛委員会
○参考人(中村哲君) ちょっと質問、もう一度お願いします。
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発言数 338件
初発言日: 1954-05-18 / 最新発言日: 2008-11-05 / 1 ページ目 / 全体 17ページ
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○参考人(中村哲君) ちょっと質問、もう一度お願いします。
○参考人(中村哲君) 中村です。 ペシャワール会現地代表として発言を許していただきたいと思います。 私は、実はおとといまでジャララバード北部にあります干ばつ地帯の作業現場で土木作業をやっておりました。なぜそうなのか。今日の議題と一見関係ないようですけれども、実はアフガニスタンを襲っているのは、最も脅威なのは大干ばつでありまして、今年の冬、生きて冬を越せる人がどれぐらいいるのか。恐らく数十万人は生きて冬を越せないだろうという状況の
○参考人(中村哲君) お答えします。 自衛隊派遣によって治安はかえって悪化するということは断言したいと思います。これは、米軍、NATO軍も治安改善ということを標榜いたしましてこの六年間活動を続けた結末が今だ。これ以上日本が、軍服を着た自衛隊が中に入っていくと、これは日本国民にとってためにならないことが起こるであろうというのは、私は予言者ではありませんけれども断言いたします。敵意が日本に向いて、復興、せっかくのJICAの人々がこれだけ
○参考人(中村哲君) これはおっしゃるとおりでありまして、先ほど申しましたように、どういう立場から、どこで、何を見ようとして見るかということで見え方は違いますけれども、少なくとも、一般の九九%のアフガン人の気持ちに立って物を見ますと、これは確実に私の言ったとおりに、空から降ってくるあの爆弾が、日本もそれに加担してやっているという認識が少しずつ浸透するに従って我々の身辺も危なくなってきているということは是非お伝えしたいと思います。 以
○参考人(中村哲君) お答えします。 ならば、JICAを全部引き揚げて全部自衛隊員を送ればいいことでありまして、それなら、それじゃないとできないというならば、麻生首相自ら銃を握って前線に立ってもらいたい、その上で考えてほしいと私は思います。
○参考人(中村哲君) まず、PRTについて言いますと、ほかの地域は知りませんけれども、ジャララバードを中心に、東部、南部、北部で、北部というか北東部で行われておるPRTの実態というのは、実は軍事活動の一環としてとらえてまず間違いない。 例えば医療関係でいいますと、突然米軍の装甲車がやってきて薬を配らせてくれと言う、診療所で。で、とんでもない、なめちゃいけないよ、我々は医者だぞ、正しい診断なしに兵隊が薬を配れるかと言って私たちは断りま
○参考人(中村哲君) これは、ニングラハル州の北部、すなわちジャララバードという都市から、クナール州というのがありますけれども、それの州の境目に至るまでの農村地帯、それからジャララバード南部、スピンガルという山脈がありますけれども、ソルフロッド郡、アチン郡、ホギャニ郡、チャプラハル郡、こういった山のふもとで、これは水利事業ではなくて飲料水確保の事業を進めておりまして、ニングラハル州のジャララバードを挟む南北だということでございます。
○参考人(中村哲君) お答えします。 外国の軍事面の援助は一切不要でございます。 具体的な例を挙げますと、これがすべてのアフガン全土に通用するかどうかは別といたしまして、PMS、ペシャワール会のワーカーである伊藤君が死亡した後、現地の治安当局と地元住民が話合いをしまして地域治安委員会というのをつくり、そこが我々を防衛するという形を取っておる。何のことはない、これが伝統的なアフガニスタンの治安体系でありまして、旧タリバン政権もそれ
○参考人(中村哲君) これも伝えたかったことの一つですけれども、日本で考えるような警察力、すなわち中央集権的に警視庁と警察庁がありまして、これが全国隅々まで統括して目を光らせるという体制はアフガニスタンでは不可能。先ほど言いましたように、アフガン農村においては成人男子のすべてが兵員であります。したがって、地域の伝統社会に沿った形の防衛というのはあり得る。これも是非言っておくべきでありますけれども、農村地帯に行けば行くほど、すなわち日本で
○参考人(中村哲君) このことについては、私は一般的なことしか言えませんけれども、北部同盟もタリバーンも実は似たり寄ったりの内戦であったということですね。ただし、この北部同盟は少数民族であった。少数民族が多数民族を支配するという変則的な形になって、あのときだれもがこれは長続きしないと、少数者が多数派を支配はできないだろうということでありましたが、それが現実のものとなってきました。 実際には、カルザイ大統領を始めといたしましてパシュト
○参考人(中村哲君) これは既に、おっしゃることは非常に真っ当なことでありまして、これはカルザイ政権、あの米軍に擁立されたカルザイ政権、それからパキスタン側の方も同じ動きをしておりまして、新聞で御存じかと思いますけれども、今もうこの戦争では事は解決しない、基本的に対話路線でいかないと駄目だということが、アフガニスタン、パキスタン両国政府にとってはこれは死活問題になりますから、非常な熱意でディスカッションといいますか対話が開始された直後で
○参考人(中村哲君) これはパキスタンでかなり大々的に報道されました。その際に、我々自衛隊と言っていますけれども、英字紙ではジャパニーズトゥループと書いてあった。パシュトゥー語放送でもこれは報ぜられまして、私のところで働いている職員は、言いにくいものですから顔で分かるんですね、こういう放送があったが本当かと。制服着た人がうろうろしているとかえって我々危なくなるということを率直におっしゃったのを覚えております。そういうことで知りました。
○参考人(中村哲君) まず、何をすべきかという性急な結論を出さず、大きな目でアフガニスタンの流れを見て、これが有効だという道を宣言すること、すなわち何をすべきかと同時に何をしていけないかということを明確にするだけで大きな方針が出される、対日感情の好転も見られるのではないかと思います。 今の対テロ戦争の破綻というのはだれの目にも明らか。ただ、それを言うとみんなから責められるので、みんな黙っている。裸の王様。その中にありまして、日本が独
○参考人(中村哲君) お答えします。 そのとおりです。私が見聞きできる範囲というのはパシュトゥン社会を中心とした農村部でありますが、先ほどから訴えております水の需要、これは北部、それからアフガン西部に共通したものがあるということは事実でありまして、事実、カブール市内の水自身が非常な欠乏状態に陥っている。しかも地下水がどんどん下がっていくという状況を考えますと、東部だから東部だけで特殊だという問題でもなかろうというふうに私は推定してお
○参考人(中村哲君) これは明らかであります。自衛隊が復興支援に携わるというならば、現在、復興支援で死力を尽くしておられるJICAの方々の立場はどうなるのか。JICAの人々はただの付録なのか。自衛隊が銃を捨てて現在のJICAの仕事ができるのかということを考えますと、自衛隊がしゃしゃり出てくるならJICAの支援も要らないということであります。また、NGOも要らないという議論になってくるかと思います。 私が言いたいのは、軍隊と名の付くも
○参考人(中村哲君) お答えします。 DDR自身は、私はこれは動機は非常にいいというふうに評価いたします。日本は、そういった意味で、しかも、たとえ結果がどうなろうと、あれができたのは日本が平和国家だというイメージを背景にしてできたわけでありまして、私はそれをやった人を悪く言おうとは思いません。ただ、その結末が、結局、今の悪循環にのみ込まれて無駄に終わることがあるんじゃないかということを私は申し上げたわけでありまして、その努力自体は率
○参考人(中村哲君) 私もほぼ類似の意見でありまして、背に腹は代えられないということで、米軍の協力者となる、あるいはISAFの傭兵となるということが普通でありますけれども、一方、先ほどJICAの方がおっしゃられましたように、今まで平和だったところがISAFが進駐したがために混乱状態が起きるというのも事実でありまして、これは国軍兵士、警察はもちろん国軍兵士も含めてアンビバレンツといいますか、複雑な感情でおると。いったん事があるときは国軍自
○参考人(中村哲君) お答えします。 軍事力ではおっしゃるとおり絶対になくなりません。なくならないどころか、ますます拡大していくであろうと。今までの過去六年間の経過を、それから、ソ連軍がかつて、もう随分古い話になりますけれども、ソ連軍の駐留の結果を見ても、これは火を見るよりも明らか。肝心の米軍自体が今、対話路線に切り替えつつあるということは、恐らく撤退もそう遠いことではないのではないかというふうに私は思います。 以上です。
○参考人(中村哲君) お答えします。 これは皆さんに言えないこともあります。どういうことかといいますと、これは先ほど、アフガン農村の性質からして、彼ら自身の秘密にしていることは外部に漏らさないという約束の下に進められることもありますし、例えばパキスタン側でこういう動きがあってこっちに影響があるだろうという情報、一方は意図的にカブール側から流される情報、で、情報源はどこなのかということを知って、ああ、ここだったらいつもこういう情報を流
○参考人(中村哲君) ええ。私たちが予測していたのは、四月ごろからだんだん悪くなってきて、恐らく今年の冬、もう五百万人の追い詰められた飢えた人々は黙っていないだろうと。それまでにいろんな、単に政治的な動きだけではなくて物取り強盗が増えるだろうから、徐々に邦人を帰すべきだというのが私の判断でありまして、それを実施しておるやさきでありました。 以上です。