「二階堂進」の過去の国会発言

発言数 2,240件

初発言日: 1955-03-28  /  最新発言日: 1983-03-22  /  1 ページ目 / 全体 112ページ

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1983-03-22 衆議院

本会議

○二階堂進君 ただいま議長から御報告がありましたように、本院議員平林剛君は、去る二月九日夜、東邦大学附属病院において急逝されました。まことに痛恨のきわみであります。 ここに、私は、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、謹んで哀悼の言葉を申し述べたいと存じます。 平林君、君が参議院議員から引き続き本院の議席を得られて、実に二十七年近くになろうといたしております。六十一歳で逝去された君の活躍の場は、国権の最高機関たる国会であり、その

1977-05-24 衆議院

法務委員会

○二階堂委員 そこで私は、いろいろなことはくどくどしく申し上げたくはありませんが、ここに田中先生もおられます。法学士、弁護士でもあるし、私は尊敬しておる先輩であります。しかし、五十二年の二月二十五日の予算委員会において、田中先生が坪川委員長の要請に応じて報告があって、このいきさつについてるるお述べになっております。私はこれを見て、これは田中先生個人としての御発言か委員会全体としての御発言かわかりませんが、これは容易ならぬことが述べられて

1977-05-24 衆議院

法務委員会

○二階堂委員 時間が約三十分ということであります。私は、こういう質問の場所に立ったことは余りなく、受ける立場ばかりでございまして、少し勝手が悪いのでございますが、限られた時間内におきまして、主として人権問題憲法に保障されておる、刑事訴訟法の精神に貫かれているこの人権の問題について、検察行政及び法務行政につきまして、私は、どうしても納得のできない二、三の問題がありますから、ここで政府当局に若干お尋ねをいたしておきたいと思うのであります。

1977-05-24 衆議院

法務委員会

○二階堂委員 大体いままでの速記録を見ると、それは私も非常に何か重たい気持ちなんですよ、あなたに対してね。これは前のときに起こった事件ですから。しかし職務上関連がありますからね。だけれども、これは、田中さんお笑いになっておりますけれども、これはあなたの発言も非常に反省をしてもらわなければならぬことがある。委員長だから何でもできるというものじゃないでしょう。委員会の総意を受けて腕ずくでやったと、仮にあなた方野党の諸君の議論をもし問題に触れ

1977-05-24 衆議院

法務委員会

○二階堂委員 以上、私は、こういう処置については衆議院議長に対しても適当な措置をお考え願いたいということを私は後日申し入れるつもりでおります。これは許すことのできないことだと思いますから。 もう一点、私は、時間もありませんからお伺いしますが、昨年の八月二十六日の検察庁の検事豊島さんと記者懇において、夕方、私ども四名が事情聴取を済ませた、済んだという発言をしておられるということであります。新聞記者の諸君からも聞きました。昨年の八月二十

1977-05-24 衆議院

法務委員会

○二階堂委員 そうすると、確認しておきますが、はっきり言わなかった、新聞が書いたのは、それでは新聞が勝手に書いた、こういうふうに理解しておられるわけですね。新聞が勝手に書いたんだ、これは重大なことですよ。人の人権や名誉に関する大変なことが全部図表入りで出ておるのですよ。それは確認に行ったら、書いてもいいよと言ったと言う人がおるのですよ。逃げちゃだめですよ。新聞が勝手に、放送が勝手にやったということですか。これは大変なことですよ。いいです

1977-05-24 衆議院

法務委員会

○二階堂委員 そういう説明をされても私は納得できません。屈して出した——当時の新聞も、法務省当局は公表に対して非常な抵抗をしたと書いてある。にもかかわらず、秘密会にこういう資料が出されて、秘密会なんか守れるものじゃない、従来の経緯から見て。その資料が二、三時間後には全部新聞社、放送局に流れて発表されておる。しかも、その内容が、先ほど山崎委員も質問されましたとおり、私も九月の初旬に検察当局から、どうしても私の参考意見を聴取じたいということ

1977-05-24 衆議院

法務委員会

○二階堂委員 もうあと時間がありませんから、私はこれ以上質問いたしませんが、これは人権に関する重大な問題ですよ。しかも、法を守り人権を守らなければいかぬという検察当局は、かりそめにもあいまいなことを言って、それで書かれたその責任は挙げて新聞社にあるんだ、新聞社が六感を働かせて書いたんだろう。一社ならそういうことがありますよ。全部の新聞ですよ、全部の放送ですよ。それを毎日やられたのですよ。それで、国会ではそれを受けて灰色だと決めつけて——

1976-11-04 衆議院

ロッキード問題に関する調査特別委員会

○二階堂議員 私に関するこの問題につきまして、私は言われておるような金銭の授受がなされたというような事実は全くないということを明確にいたすために、与えられた時間内で反論をいたしたいと思います。 去る二日の衆議院のロッキード調査特別委員会の秘密会で、ロッキード社の航空機売り込みに関し、いわゆる三十ユニットの関係で、丸紅株式会社の伊藤宏から私が金銭を受け取ったとし、私の名前が公表されたことが報道されました。 また、本日は、私ども四人

1975-04-18 衆議院

本会議

○二階堂進君 このたび、院議をもちまして、衆議院在職二十五年、永年勤続表彰の御決議を賜りました。まことに身に余る光栄と存じ、感激にたえません。 これはひとえに、今日まで御指導と御鞭撻を賜りました先輩、同僚各位、並びに郷里鹿児島の皆様方の御支援のおかげであります。心から感謝の意を表するものであります。(拍手) 顧みますれば、昭和六年以降、日米間の外交関係は日一日と険悪な情勢へと進み、ついに昭和十六年には最悪の事態となりました。この

1974-08-20 参議院

決算委員会

○国務大臣(二階堂進君) 従来も政府は人事院勧告の取り扱いにつきましては完全実施をやってまいっていることは御承知のとおりでございます。ことしの人事院勧告を受けまして政府といたしましてはそういう立場で完全実施をするという方向で、まあ財源も相当必要なものでございますから、大蔵省、自治省との関係においてもいろいろ協議を願っておりまして、そういう方向で一生懸命検討をいたしておるという段階でございます。

1974-08-20 参議院

決算委員会

○国務大臣(二階堂進君) 先ほど申し上げましたとおり、また自治大臣も先ほど申し述べましたが、財源が相当必要なわけでございまして、大蔵省を中心といたしましてその財源の問題等についていま真剣に検討をいたしておる段階でございますが、そういう関係もございまして、別に他意があって延ばしておることではありませんが、今月中にはぜひ関係閣僚会議を開きましてそして政府の方針をきめたい、こういうふうに考えております。

1974-06-03 衆議院

建設委員会

○二階堂国務大臣 総理は、去る五月十六日午後九時半から放送されたNHK総合テレビの「総理にきく」という番組の中で、司会者の「この国土利用計画法案ですが、総理のかねてお考えの列島改造論あるいは国総法との関係はどうなんですか」との問いに対し、「名前が変わっただけです」と断言しておられますが、この発言はまことに遺憾であります。国土利用計画法案の作成のため努力してきた衆議院建設委員会における経過や立法の趣旨、さらに法案の内容に対する誤解に基づく

1974-05-30 参議院

内閣委員会

○国務大臣(二階堂進君) 足鹿先生から、きょうは午前中から内閣委員会出席要求がございましたが、人事院勧告がなされ、そのことやら、またいま経済企画庁長官の代理も仰せつかっておりまして、物価問題その他でいろんな仕事をやっておりまして、まだめしも食わずにずっと仕事を続けておったわけでございますから、午前中は出席できないということで、出席できなかったことをあらためて足鹿先生の前に御報告を申し上げ、おわびを申し上げておきたいと思います。 承り

1974-05-30 参議院

内閣委員会

○国務大臣(二階堂進君) いま長年にわたる北富士の問題についての先生のなみなみならぬこの情熱を傾けられたいきさつについての御発言がございました。私も心から傾聴をいたしました。 ただ、お尋ねの中で、恩賜林の払い下げについての密約の問題とか、あるいは恩賜林のこの組合が富士急行に何かこう払い下げをしたというようなこと等について、私に対してどうだったのかというような意味のお尋ねがあったかのごとく私も拝聴いたしましたが、これらの二つの問題は、

1974-05-28 参議院

内閣委員会

○国務大臣(二階堂進君) 私は、いまお尋ねの件につきまして、もうこれで三、四回、予算委員会、内閣委員会等にお呼ばれしまして、お尋ねがございましたので私はざっくばらんに率直にそのときのことをお話し申し上げておいたわけでございます。いまお尋ねになりました「県政通信」というのですか、これは四十七年の十月一日の発行のものでございますが、これは「県政通信」といって、県の県民室が発行している通信だと思います。これはまだよく私は見ておりませんが、いま

1974-05-28 参議院

内閣委員会

○国務大臣(二階堂進君) 私も、いまお尋ねになりましたようなこまかい点について話し合ったのかどうかすら、はっきりしないようでございます。私は、こういうこまかいことまでいろいろ話があって、それで覚書に署名をせよというお話ではなかったと。恩賜林払い下げも含めて話があったのかと、あるいはこの富士保全法のこまかいことについてもいろいろ話があったのか、財政負担の問題まで詰めて話があって、そうしてこういうことに署名をしたのかというようなお尋ねだと思

1974-05-28 参議院

内閣委員会

○国務大臣(二階堂進君) いまお尋ねの件は、私もそれは神沢先生のおっしゃるとおりだと思いますよ。これは覚書を受けて閣議決定をいたしておると思います。この閣議決定をする場合には、たとえばまあ防衛庁の施設局ですか、それから農林省当局も山林の関係がありましたし、事務当局でも相当な時間をかけて、この覚書を踏まえて閣議決定をすることについて協議をしてもらったことは事実であります。特に防衛庁が中心になりまして、演習場の問題が関連しておりましたから、

1974-05-23 衆議院

本会議

○国務大臣(二階堂進君) ただいまの御決議に対しまして、政府の所信を申し述べます。 政府は、これまで、いかなる国によるいかなる核実験にも反対であるとの立場をとり、事あるごとに、当該国政府に対しわが国の立場を強く表明してまいりました。 今回のインドの地下核実験に対しては、政府は、直ちに官房長官談話の形で遺憾の意を表明した上、外交ルートを通じ、インド政府に対し直接遺憾の意を表明し、わが国の基本的立場を伝えるとともに、インドが再び核実

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