「佐喜眞淳」の過去の国会発言

発言数 17件

初発言日: 2015-06-17  /  最新発言日: 2017-02-17  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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2017-02-17 衆議院

予算委員会

○佐喜眞淳君 ありがとうございます。 私は宜野湾市長でございますから、国家間でいう安全保障というものに対して答弁するのはちょっと重みがあると思いますけれども、いずれにしても、私は日米安保というのは必要だと思っております。 そういう中においては、私は地方自治体の長でございますけれども、やはり日米間が合意した普天間の返還というのは、着実に前に進めて返還するべきだろうと思っております。また、千ヘクタールと言われるような嘉手納以南の返還

2017-02-17 衆議院

予算委員会

○佐喜眞淳君 それでは、御紹介いただきました、宜野湾市から参りました宜野湾市長の佐喜眞でございます。 本日は、衆議院予算委員会の沖縄での地方公聴会の開催に当たり、意見陳述の機会をお与えいただきましたこと、浜田委員長初め委員の皆様方に感謝を申し上げたいと存じます。 私は、人口約九万八千名余り、町のど真ん中にある、市面積の約二五%の普天間飛行場を抱える宜野湾市より参りました。 委員の皆様御承知のとおり、長年沖縄県民が強いられてき

2017-02-17 衆議院

予算委員会

○佐喜眞淳君 まず、普天間の件でございますけれども、きょう資料としてお渡ししているこのパンフレットをごらんになっていただきたいと思います。 その裏ページになりますが、先ほど陳述でも申し上げましたけれども、もう既に二十一年たっている。二十一年前の合意というのは、一九九六年十二月二日のSACO合意最終報告なんですね。釈迦に説法ではございますけれども、読ませていただきますが、今後五年ないし七年以内に十分な代替施設が完成をした後に運用可能と

2017-02-17 衆議院

予算委員会

○佐喜眞淳君 沖縄の子供たちの貧困に対する御指摘でございます。 まず、吉田先生におかれましてもこの御心配をなされている点については感謝を申し上げたいと思います。 沖縄は、全国に比較して子供の貧困率というのが高うございまして、当然、市町村においても大きな課題の一つでもございます。そういう中で、十分の十の予算をつけていただきながら今年度からスタートいたしましたし、我々行政としても、いかに子供たちの環境をやはり平等につくっていくかとい

2017-02-17 衆議院

予算委員会

○佐喜眞淳君 まず、五年以内の運用停止というのは、前県政と、そして今の政府の安倍政権を初め、私ども宜野湾市の三者で協議会、いわゆる普天間飛行場の負担軽減推進会議を結成し、五年以内の運用停止に向けて三者が協力し合って一歩一歩実現していくというのがまず原点だと私は思っております。 その中で、私どものこの資料の中にも、十八ページに時系列的に書かれてございますけれども、一つ一つ言うことはちょっと差し控えますけれども、その一つとして、まず、K

2017-02-17 衆議院

予算委員会

○佐喜眞淳君 下地先生、ありがとうございます。 まず、私先ほども申し上げましたけれども、日米両政府が今あるキャンプ・シュワブがいわゆる普天間飛行場の固定化、継続使用を避ける唯一の手段と言うことに鑑みたときに、一個人でなくて、宜野湾市民の生命財産を預かる市長としては、それを否定はできないでしょうというのが私の見解でございます。

2017-02-17 衆議院

予算委員会

○佐喜眞淳君 普天間問題について賛成、反対という言葉がよく出てまいりますけれども、一市長の賛成、反対で普天間飛行場が返還できるのであれば、それにこしたことはないと思います。 ただ、やはり日米両政府の中でしっかりとした約束事があって、その約束事の中で二十一年という時間が過ぎた。その二十一年間の教訓として、私どもとして言えるのは、やはり代替施設というものが日米両政府で必要だということの結論が出ているはずなんです。そこで日米両政府が言って

2015-06-17 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○参考人(佐喜眞淳君) 改めまして、皆さんこんにちは。普天間飛行場のある宜野湾市から参りました市長の佐喜眞でございます。 先般、二月にも同委員会の先生方が宜野湾市へお越しいただき、普天間飛行場を視察していただきましたこと、この場をお借りしまして感謝を申し上げたいと思います。 私の方から既にお手元にお配りしておりますけれども、宜野湾市が発行している、二〇一五年三月ということで、「まちのど真ん中にある普天間飛行場」という冊子をお手元

2015-06-17 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○参考人(佐喜眞淳君) それでは、ただいま島尻先生の方からお話ございました西普天間住宅地区の件でございますけれども、残念ながら、お手元の方には西普天間住宅地区の地図は添付はしておりませんけれども、今年三月三十一日に返還された五十一ヘクタール、いわゆる普天間と、海軍病院がございますけれども、海軍病院の隣に返還された土地でございますけれども、そこに国際医療拠点ということで私ども今構想を練っておりますし、当然ここは、沖縄県、あるいは政府、そし

2015-06-17 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○参考人(佐喜眞淳君) 先ほどSACOの中間報告、十九年前のお話をさせていただきましたけれども、以来二回も返還期日が延びたんですね。五年ないし七年というものが一度は延びて二〇一四年度となった。さらには、二〇二二年度又はその後というのが今政府が示されている返還期日でございます。累積すると大体三十年近くかかると。 もう一つは、今政府が言っているのは、固定化、継続しようというお話まで出てまいりました。私はそれについては、宜野湾市民の生命、

2015-06-17 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○参考人(佐喜眞淳君) もう一度申し上げますけれども、このSACOの合意から十九年たってまいりました。その都度、日米両政府において様々な条件が整備されてまいりましたけれども、私は申し上げたい、もう絶対固定化はあってはならないということを常日頃から申し上げております。だからこそ、その移設先については政府が責任を持って整備をするものだと理解をしておりますし、当然その中で、国政の現場で、国会という現場で、様々な条件を整理しながら、原点である危

2015-06-17 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○参考人(佐喜眞淳君) 何度も繰り返しになりますけれども、我々はもうこの十九年近く、十九年待ってきた。その間というもの、どの政治であれ、どの政党であれ、どのような政権を持った政府であれ、返還を実現されていないんですね、残念ながら。十九年待って、今、辺野古あるいは……

2015-06-17 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○参考人(佐喜眞淳君) 私の今の段階では、私が答えることはなかなか難しいと思います。それは、どなたがこのギャランティーを私に与えるかだと思いますけれども、少なくても、翁長知事がおっしゃられているようなことがしっかりと実現できるというプロセス、アクションプランというのが私どもの方にはお示しされていませんので、是非そこは私が申し上げたいのは、普天間は返還する、危険性の除去をするというものが原点であるはずですから、そこはしっかりと、宜野湾市民

2015-06-17 参議院

沖縄及び北方問題に関する特別委員会

○参考人(佐喜眞淳君) それでは、西普天間住宅地区の件でございますけれども、お配りした資料の三ページの方にございますが、一つの大きな課題として、五十一ヘクタールの返還はされましたけれども、アクセスの問題がございます。 実は、この上の方になりますけれども、こちらの方ですね、五十八号線沿いには返還をされていませんので、どうしても五十八号線からのアクセス、いわゆるインダストリアル・コリドーというのがございますけれども、そこがその地域ですけ

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