教育基本法に関する特別委員会
○千葉胞義君 先ほどのごあいさつで、忌憚のない御意見というようなお話でございましたので、忌憚のない意見を申し述べさせていただきたい、こう思っております。 本日、いろいろ資料として法案をいただきましたけれども、常日ごろこういうことについての中に埋まっているわけでございませんので、この法案などについては精通しているというわけではございません。したがいまして、私、今申し上げたいのは、今までの立場あるいは今の立場から考察したことなどについて
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発言数 16件
初発言日: 1999-08-05 / 最新発言日: 2006-11-09 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○千葉胞義君 先ほどのごあいさつで、忌憚のない御意見というようなお話でございましたので、忌憚のない意見を申し述べさせていただきたい、こう思っております。 本日、いろいろ資料として法案をいただきましたけれども、常日ごろこういうことについての中に埋まっているわけでございませんので、この法案などについては精通しているというわけではございません。したがいまして、私、今申し上げたいのは、今までの立場あるいは今の立場から考察したことなどについて
○千葉胞義君 宗教教育については、確かに私もあってしかるべきだと思いますが、一つの宗教ということだけでなしに、取り上げるのであれば取り上げて、そして中立といいましょうか、そういったような考えを持ちながら教育していただければいいのでないかというふうに思っております。
○千葉胞義君 私も、今お話あったように、やはり教育は中立性を保っていきたいんだというふうに思っております。非常に深い議論については、常に私もそういう中にある者でございませんので、ただ、今お話あったようなそういう考えは、ぜひ中立性というものを持っていただければというふうに思っております。 以上です。
○千葉胞義君 読みましたけれども、熟読玩味というところまではいきません。まあ、すっと見たと。ただ、一番最後の障害者のことが強く印象を受けました。
○千葉胞義君 ただいまお話がございましたように、宗教教育については、ひとり学校だけということでなしに、やはり地域の方でもそういうことについて子供たちにお話をするとかといったような、そういう配慮といいましょうか、家庭教育といいましょうか、あってしかるべきだというふうに私も思います。
○千葉胞義君 社会教育については現在もやられてはおりますけれども、この社会教育に参加するいわゆる家庭のお父さん、お母さん、こういう方々が数多くあるいは回数が多く参加できるような、そういうことを考えていくべきでないか。そのことによって、お父さん、お母さん方も他の方々との触れ合いもでき、また、いわゆる高齢者の方々とも接触ができ、高齢者によっていろいろ教えられるところもあるというふうに思われますので、高齢者が非常に多くなった、そのために、そう
○千葉胞義君 現代の家庭教育を見ますと、御存じのように核家族、しかも、核家族の中で、お父さん、お母さんがいろいろ勤めておるというようなこともございます。そうすると、子供と親の接触あるいはお話し合いというのは非常に希薄になっておるという現状だと思います。 そういう点で、そういうことを埋める、そういうことが非常に濃厚になる、そういったような時間、あるいはそういったような策といいましょうか工夫が家庭の中にあってもいいし、家庭でもそういうこ
○千葉胞義君 簡潔に申し上げますと、よく議論をして、そして国民の方々の声も聞いて、それでよしとなれば、やはりこの法案をひとつつくっていただくということがいいのではないか。なお議論、今している最中だと思いますけれども、お互いにそれでよろしいとなれば、それは早くてもいいのではないか。しかし、非常に問題がありまして、これはやはりいろいろ国民の方からも聞いた方がいいということであれば、そういうことの過程を踏まえながらやっていった方がいいのではな
○千葉胞義君 民主党案と自民党案というふうな、そういう案ができましたお話ですが、このことについては、私は精通しているわけでもございませんのでなかなか答えにくいということもありますが、そういう点はひとつ御了承いただきたいな、こう思います。 それから、いじめの問題で教育委員会等のことのお話でございましたけれども、いじめがあったということについては、やはり教育委員会でも認めるべきは認め、そして学校としっかり連携をとって、しかるべき最良の方
○千葉胞義君 私も最終的には国であるというふうに思います。
○公述人(千葉胞義君) 千葉でございます。 私は、以前教職に携わったことがあるものですから、そのこともこの中で述べさせていただきたいなというふうに思っております。 まず最初に、国旗・国歌のことでございますが、国旗については、明治三年に船舶に掲揚すべき国旗の制式というのが決まった。それから、昭和二十六年に天野文部大臣が国旗掲揚、国歌斉唱が望ましいという談話を発表しておる。昭和五十年には、総理府の世論調査によりますと、日の丸を国旗と
○公述人(千葉胞義君) 慣習法ということでうまく、うまくと言うと随分失礼ですけれども、うまくやっていけるのならそれはそれで私もいいと思いますが、しかし、これは慣習法でやっているのだからということで、教育現場はそれでおさまらないときがあると思います。 したがいまして、やっぱりそれはきちっとしたものがないと困難を生ずる、まとまるべきもまとまらない。したがって、それは先ほども申し上げましたように、学校の現場、職場というのはいつでもごたごた
○公述人(千葉胞義君) 先ほども述べたのはそのことの一端になるかと思うんですが、やっぱりこれは、亡くなった校長先生の学校の様子は私はわかりませんが、ただ、こういうことは言えるのではないかなと思います。 国旗・国歌の取り上げ方が校内でどういうような取り上げ方をしておったか、そのために校長さんは追いやられてついに打開の道が一人でできなくなったのかという、そういうことがあったのかどうかは詳しいことはよくわかりませんけれども、その学校でのそ
○公述人(千葉胞義君) 大正十五年四月二十四日生まれでございます。
○公述人(千葉胞義君) 今、森本先生からお話があったようなそういう、激しいと言った方がいいでしょうかね、そういうことは私のやっている期間にはなかったわけでございます。私は幸いだったなと、こう思っていますが、ただ、先ほども申し上げましたが、考え方の違うという、そういう人もあったのは事実でございます。今お話しいただいたそういう行為はなかった。 それからもう一つでございますが、日本国憲法以前の暗い出来事は、私はやっぱり歴史認識としてそれは
○公述人(千葉胞義君) 後の方から申し上げたいと思いますが、強制という感じは全くございませんで、先生方がそれを自然と、きょうはこういう式があるよ、卒業式があるということで自然と掲揚したということで、きょうは国旗は必ず掲揚しなさいよという、そういうかけ声はしなかったと。先生方がこういう式典のときにはこれこれこういうものをやっぱりやりましょうというようなことでやってくれたということで、そのことについてのいろいろな面倒な問題はなかったというこ