憲法調査会
○天川参考人 御紹介いただきました天川でございます。 私は、日本国憲法の制定の経緯について、全般的な問題ではなく、第八章の「地方自治」を中心に話をしたいと思います。 日本国憲法と大日本帝国憲法、以下明治憲法と申しますが、これを形式的に比較いたしますと、日本国憲法になって新しくつけ加えられた章が幾つかあります。第二章の「戦争の放棄」については最もよく知られている新しい章でありますが、第八章の「地方自治」もその一つであります。
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発言数 23件
初発言日: 2000-04-20 / 最新発言日: 2000-04-20 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
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○天川参考人 御紹介いただきました天川でございます。 私は、日本国憲法の制定の経緯について、全般的な問題ではなく、第八章の「地方自治」を中心に話をしたいと思います。 日本国憲法と大日本帝国憲法、以下明治憲法と申しますが、これを形式的に比較いたしますと、日本国憲法になって新しくつけ加えられた章が幾つかあります。第二章の「戦争の放棄」については最もよく知られている新しい章でありますが、第八章の「地方自治」もその一つであります。
○天川参考人 なかなか難しい問題でありますが、私も主に制定経緯のところを勉強しておるわけでありまして、特に制定経緯の中でも、先ほど申しましたが、国会のところについては要するに細かく見ていないのでありますが、まずその点から申しますと、御承知のとおり、総司令部案は当初一院制でございましたですね。これを松本委員長が押し返してといいますか、二院制を復活させたということになっているわけです。 それで、一九七〇年代ぐらいでありましたか、国会につ
○天川参考人 確かに重要な問題だと思うのでありますが、まことに恐縮なのですが、私は今回、主として制定経緯の専門家といいますか、そういうようなことで参っておるつもりなのでありまして、多分それは、一種の政策論なりあるいは哲学の問題なりというふうにも関連すると思いますので、そういうことであれば、もっと私よりも適当な方がおいでになるのではないかというふうに考えますので、ちょっと恐縮ですが……。
○天川参考人 私は占領期のことをやっておりますので、ちょっとつけ加えますと、地方制度の改革が行われたのでありますが、アメリカ人の考えている地方制度のモデルというものと日本でこれまで考えられていた地方自治というものとは、随分違うのではないかというのが私の感じておったところなんですね。 それで、日本では地方自治体が言うなれば国の仕事をするというのも当たり前のことといいますか、地方行政と国の行政を一つにまとめてやる、これは県の場合も二重の
○天川参考人 私も詳しいことはわかりませんが、明治憲法のころは憲法附属法規というものが何かきちっと定まっていたようなのでありますけれども、現憲法における附属法規とは何かという定義があるのかどうか、これは私はちょっとわかりません。どうもそういう概念はないのじゃないのかなと思うのでありますが。 先ほどその問題を申しました一つの理由は、最初の改正というのは地方自治法以前で、府県制、市制、町村制の改正、知事官吏制。これは、新しい憲法のもとで
○天川参考人 論憲という立場についてどうこう言うつもりは、必ずしもよくわかっていないところもありますが、きょう私が最後のところで引用いたしましたのは、そういうことでありまして、憲法を論ずるといえば、憲法の条文をどういじるかとかそういう問題よりも、やはり経世あるいは理想、国家の経営あるいは二十一世紀のあり方、まずそういうことを考えることが最初なのではないか。 それを実現するためにどういう形ですればいいのかということは、これは法律家に任
○天川参考人 なかなか難しい問題だと思います。 実は私は、ちょっと個人的なことで恐縮なんですけれども、学生をやりましたのは一九六〇年代の初めだったのですね。それは、先ほど申しました五七年の地方制度調査会の答申が出ました後ですから、道州制の問題というと、それがつぶれた後でもあったので、何か非常に悪いものというのか、当時の言葉で言うと、一種の逆コースの中の一つの動きのものなのかなというふうに思っておったわけなんです。 その後、こうい
○天川参考人 私は、きょうは、同じく戦後になってできた第二章が新しい章であることは私も十分存じておりますが、第八章の話を主にしたわけであります。 最後に申し上げましたが、やはり個別の章を見ていく必要があるだろうということで、第二章については、もうこれは委員の先生御承知と思いますが、佐々木高雄先生の「戦争放棄条項の成立経緯」という物すごい研究がありますね。九条を論じたものだけで一冊の本になっておるというものがありますが、私はそちらは、
○天川参考人 最初におっしゃったことでありますけれども、何も地方自治に限定するという意味ではなくて、私は、ここは憲法の制定経緯を研究するといいますか調査するというふうに伺っております。それで、九条のことについても先ほどは申し上げたつもりなんですけれども、マッカーサー・ノート以来の問題というのは第一条の問題と関連があったのではないか、そういうことでつくられておる戦争放棄の考え方の問題だったのではないかということをお答えしたつもりなんですね
○天川参考人 なかなか答えにくい問題ではありますけれども、今おっしゃったような、私、先ほども、戦時体制への反動といいますか、そういうようなことで申しましたが、戦時下の四三年改正が行われる際に、帝国議会では、衆議院でありますけれども、相当議論があったわけですね。それは、この改正はこれまで積み重ねてきた自治を抹殺するものだ、こういうことは戦時下であっても望ましくないというような議論があったわけです、これは議事録に出ております。にもかかわらず
○天川参考人 私は若干異なった感じであります。 なぜ地方自治について余り考えなかったのかというと、憲法改正案を考えた人たちが法律技師的に考えて、前の明治憲法にその章がなかったからだろうというふうに、非常に単純に言えば、そういうふうにも考え得るというのが一つであります。 それともう一つ、自治制という形でいうと、市制、町村制の導入以来、自治というふうに言われてはおるわけです。ですから、地方制度というふうに言われるわけでありますが、そ
○天川参考人 ちょっと聞き取りにくかったところがあったので誤解があるかもわかりませんが、「地方自治の本旨」という言葉は、これは戦後の憲法で出てきたんだと思うんですね。それが一つ。 それと、公選制ということでも、先ほど区別をして申しましたが、直接公選と、そうでない間接公選という言葉があります。 それで、先ほど、自治ということは市制、町村制にあったということを申しましたけれども、それは、地方議会が市町村長等を推薦して選ぶといいますか
○天川参考人 将来の話は難しいわけでありますが、資料としてお配りしております当初のGHQ案等の中には、地方の「徴税権ヲ有スル」というような言葉があったわけですね。それをなくしていくというようなことが進んでいたわけで、このあたりの経緯については、私も挙げておりましたけれども、参考文献の、佐藤達夫さんのお書きになった「第八章覚書」とか、あるいは前の憲法調査会の二十九回の小委員会のところに出ておりますので。これは経緯の話です。 それをどう
○天川参考人 当時の比較地方自治とでも申しますか、その辺については、私も必ずしもよくわかっているものではありません。 でも、一言言い得ることは、住民自治——団体自治というような概念は、多分それは、ドイツ系ではあるかもわかりませんが、アメリカの概念なんかでは余りないんじゃないかという気もするんですね。 ですから、戦後の改革において大きかったのは、住民自治といいますか、その面がやはり強いですね。それは広義の民主化といいますか、そうい
○天川参考人 どうも、現実について非常に勉強させていただきました。そういうものがあるということについて十分存じ上げていなかったものでありますが。 では一体なぜなのかということでありますが、一つは歴史的な説明ということが可能なのかなというふうにも思います。 先ほど申しましたように、府県、少なくとも府県は、府県制ができて以来、自治体でもあるけれども、府県の知事は、戦前は地方の長官であり、県知事閣下であり、要するに国の官吏であるわけで
○天川参考人 佐藤さんが書いておられる、そこに引いておきましたが、「第八章覚書」の中にこういうことを書いておられるのですね、注の中で。「Local Government」という表題、それを「地方自治」に変えて英語も変えたという話は先ほど申しましたけれども、それは、地方行政という広い言葉であることにヒントをつかむと、第八章もそのまま地方行政としておいて、そしてその総則的な条文として、地方公共団体を超えたもっと幅の広い規定、例えばとして、「
○天川参考人 御承知のとおり、これは、憲法ではありませんけれども、法律レベルで知事の任期は四年となっておりますね。実は、最初の法改正での問題は、知事の任期を定めるということが大きなポイントだったわけです。 当時、官選知事の場合は、むしろ短過ぎることの方が問題だったわけですね。任命知事ですから、もう都合に応じて三カ月でかえてしまうとか、一年、二年でかわるのが幾らでもいる。ですから、その県について事情もよく知らないうちに、はい次は栄転し
○天川参考人 なかなか難しいことでありますけれども、今のことでいいますと、すべての市を平等にするというのが「地方自治の本旨」なのかという、むしろ多様性といいますか、そこと両立し得るのかもわかりませんけれども、同じような形にするというようなことであるとすれば、それがそうなのかという問題が一つ直観的に思うことと、もう一つは、それをどういう手続で進めるかという問題ですね。 昭和二十九年ないし三十年ごろの大合併があった。今もやっているという
○天川参考人 ここに資料でお配りしておりますけれども、「法律の定めるところにより、」というような文言を入れたのは、これは日本側なのですね。佐藤さんがほとんど変えてしまった。丁寧に英語もついておりますのでごらんいただいて、そういうふうに書いてあるところもありますけれども、各条章に法律、法律という文字を入れたのは、これは日本側の要求によるところであります。ですから、それが何だったのかという問題ですね。今おっしゃったような問題を生じせしめてお
○天川参考人 地方分権化するという際に、どういう事務を移すのかということはこれは国内でも議論になっております。それから、先ほど申しました地方制度の改革の際にも、警察の分権化あるいは教育の分権化ということを考えなきゃならないだろうということは、国内の中でも大きな議論としてなっておると思います。したがって、警察の分権化というような形で出てまいりました、それと私は大きく関連すると思いますが、内務省の解体の問題などは、現実のプロセスの中で言うと