「富田三樹生」の過去の国会発言

発言数 7件

初発言日: 2002-12-03  /  最新発言日: 2002-12-03  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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※AIによる分析結果は必ずしも事実とは限りません。正確な判断はご自身でお決めください。

よく話すテーマ

1 病院
6

年別発言数

2002
7
2002-12-03 衆議院

法務委員会厚生労働委員会連合審査会

○富田参考人 私は、精神科医として、そして現在、民間病院の院長として、それから日本精神神経学会の精神医療と法に関する委員会の委員長として、きょうは発言いたします。 お手元に発言の要旨があるかと思いますが、一部、二部、三部と分かれております。三部は総括的なお話で、実は、ここのところが私がふだん感じていることの、非常に日常の精神科医としての怒りがいっぱい、足りませんが、書かれておりますが、そこまできょうの話は行くかどうかわかりません。そ

2002-12-03 衆議院

法務委員会厚生労働委員会連合審査会

○富田参考人 先ほどの総括の中に述べてありますが、先ほども述べましたが、まず事実を認識していただきたいということであります。 例えば、単純に四十八対一という医療法特例がありますが、よく考えていただきたいと思います。措置入院というのは、行政処分として知事命令で強制的に入院させるんです。医療保護入院は、医療及び保護の必要なためということで強制的に入院させるんです。強制的に入院させておきながら、医療の制度は一般医療水準以下であるということ

2002-12-03 衆議院

法務委員会厚生労働委員会連合審査会

○富田参考人 よくイギリスの例が出されますが、イギリスは今現在、精神保健法改正の動きがあります。これはどういうものかといいますと、精神病質という言葉は最近なくなったようですが、世の中で、あの人はおかしい、危ないというふうに、だれでもがだれも告発できます。そして、それによって、ある三段階の審査を経て、強制的な収容ないし地域管理をするということができるようなシステムになりました。これは、いわゆるリスク管理が徹底するとそうなるんですね。そうい

2002-12-03 衆議院

法務委員会厚生労働委員会連合審査会

○富田参考人 日本の精神科医療の、特に戦後のことをお話ししますと、戦後の精神科医療は、まず一九五〇年に精神衛生法ができました。一九五八年に、先ほど私が言いました医療法特例ができました。一九六〇年代は高度経済成長ですね。そういう枠組みの中で、精神科医療の中にいろいろな要素を全部入れ込んだんです。 まず貧困の問題があります。日本の精神病院が三十三万床ありますが、この三十三万床の偏在構造というのがあります。どの地域に万対でどのぐらいという

2002-12-03 衆議院

法務委員会厚生労働委員会連合審査会

○富田参考人 被害に遭われた方々は、こんな無念な思いはないと思います。私がやられたら、やり返す、そういう思いに駆られると思います。当然のことですね。だから、もし法がなければ、やり返しに、復讐に行くでしょう。しかし、この国には、残念ながらというか、法があるんですね、司法というものがあります。被害者の人権もそうだし、加害者の人権も重んじる、普遍的な人間的な価値として重んじるというのがこの国の憲法とかこの国の司法の中に一応あるはずです。復讐は

2002-12-03 衆議院

法務委員会厚生労働委員会連合審査会

○富田参考人 野田さんの本は私も読みましたし、野田さんと私は同年ぐらいの精神科医です。野田さんは、私のことも名前ぐらいは知っているでしょう。私も野田さんの名前ぐらいは知っている。名前だけじゃない、いろいろ知っている。 あの本の中で非常に大事な指摘が一つあります。先ほど質問の中にもあった、日本の精神科医は何をやっているのかということですね。日本の精神科医はちゃんと臨床をやっているのかということですね。そのことに関して言えば、日本の精神

2002-12-03 衆議院

法務委員会厚生労働委員会連合審査会

○富田参考人 一点目です。この法案ができて、だれが喜ぶか。つくりたい人は喜ぶでしょうね。それから、失礼ですが、今大変だと思っている、患者さんを抱えている、松下先生を前に失礼ですが、松沢病院の先生は喜ぶかどうか私はわかりません、それで少しは救われると思っていらっしゃる方が多いと思います。そういう方々はほっとするかもしれません。 だけれども、まず間違いなく、つくってよかったなと思うのは忘れ去られるでしょう。つまり、何もいいことにはならな

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