「岩田研二郎」の過去の国会発言

発言数 11件

初発言日: 1997-06-16  /  最新発言日: 1997-06-16  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) 岩田でございます。 私、大阪弁護士会に所属をしておりまして、日弁連の刑事法制委員会でこの問題に携わってまいりました。 お手元に私の意見の要旨を文書でお配りしておりますので、これを読み上げさせていただいて、私の意見としたいと思います。少し早口になりますことを御容赦ください。 私は、日本弁護士連合会の刑事法制委員会で、脳死臨調が開始された平成二年から、脳死と臓器移植の問題について弁護士会の意見を集約する

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) 私自身は、この修正案は理論的には成り立ち得ないということで、修正案にはやっぱり反対だという立場は明らかにしておきたいと思いますが、このいわゆる修正案みたいなものが当初より国会に出されていれば、脳死は人の死かという問題にこれだけ世の中が集中して論議をしなくて済んだかもしれません、もちろん理論的に整合性があるかどうかというのはさておきですが。 しかし、これだけ脳死臨調からこの国会を通じて脳死は人の死かどうかとい

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) 私の先ほどの発言はあくまでも妥協案で成立を図ろうとすればという全く次善の策として申し上げているのであって、他の法令に影響を与えないような明記されたことが入ったとしても、私自身がそれについては賛意を表するというわけにはいかないと思います。これは本当に審議の中できちっと合意をしていくべきことだろうというふうに思っております。

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) 私自身は、これまで従来定着してきた三徴候死で問題が起こっていなかったわけですから、この死について法律で定義をする必要はないというふうに考えております。 脳死を人の死としない臓器移植法案も新たな人の死をつくろうというものではありませんから、従来のとおりの死の概念で国民がやっていけるということで、法律で死の概念をつくる、わざわざ明記する必要はないというふうに考えております。

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) この修正案に出ている選択的脳死説という考え方は、もう従来から刑法学会などで論議されていたいわゆる第三説、脳死一元説、心臓死一元説そしてこの二元説ということで、第三説として提起されていたものです。 今、委員の言われましたように、本来、脳死一元説からこの二元説が修正の形で出るということ自身、論理的には私も本当におかしいというふうに思っておりますが、そういうふれ込みで提案されてきている以上、修正案というふうに位置

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) 私たち弁護士が議論してきたのは、医学的な死と社会的、法的な死はやっぱり違うのであろうと。 我々が社会的、法的にも死になっていると考えるのは、脳死者が人権をすべて失う、憲法に規定されたすべての人権をその時点から失うという非常に厳しい事態になるんだと。先ほど幾つか例を挙げましたけれども、例えば論理的に言えば、人工呼吸器も外さなければならない、あとの治療費も一切出ない、家族がみとる暇もない、そういう厳しい事態にな

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) 今まで臓器を提供したいという善意があるというふうに言われてきたんですが、結局、中山案またはその前の森井忠良先生の案などもありましたが、臓器提供者というのが一体だれだったのか、ドナー本人なのか家族なのかということがあいまいにされたまま、本人の意思があいまいでも家族が提供すればそれが提供者の善意なんだというふうにあいまいにされて論じられてきたんではないかという意味で、特に脳死状態の臓器提供というのは、やはり御本人が

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) この問題も日弁連案を提案するときに法律の中にその提供できる年齢を書き込むのかどうかということは議論をしましたが、結論としては、法律には書き込まずに、これは十五歳程度の年齢で考えるしかないだろうというふうに思います。 しかし、ここは難しいところでして、じゃ大人だったら脳死のことをよく理解しているのかどうか、じゃ中学生であれば理解していないのかということについては何とも判断がしがたい。または、時代によって脳死に

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) お手元にお配りしております日弁連の提案、黄色い冊子ですけれども、私たちがこれをつくるときにこの家族についてどういうふうに考えるかということを大分論議いたしました。 結論としては、この日弁連案でも、本人の意思を根拠とするので、家族の意思というのはそれに付加するものではあるけれども、この範囲について今の角腎移植法でも規定していないということではやはり混乱を来すのではないかということで、これについては配偶者、親そ

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) 私もこういう法案の分析をしている中でここに気づいたんですけれども、猪熊案、金田案というのは、ある意味では自分の生命、人権のうち、脳死判定後最後に臓器摘出をされることによって生命を失うということについての限定した承諾であり意思表示でありますけれども、むしろ今回のこの修正案というのは、自分の死体としてもらっても構わないというところまでの選択を自己決定で求めるということになるんではないか、非常に重たい自己決定を求める

1997-06-16 参議院

臓器の移植に関する特別委員会

○公述人(岩田研二郎君) ここまで来た以上、国会で結論を出すこと自身はどこかでやらなければならないというふうに思っております。そのときに、今修正案が出ておりますが、脳死を人の死とするかどうかについて、そこを棚上げにしたような、もっと工夫ができないものかということは私も個人的には考えております。 しかしながら、いずれにせよ、この中山案が提案されて初めて審議がスタートした、衆議院であれだけの駆け足の審議があり、参議院でも数日程度しかない

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