教育基本法に関する特別委員会
○参考人(成嶋隆君) 新潟大学の成嶋でございます。 私は、憲法学及び教育法学を専攻する者としまして、これらの学問的な観点から、主として政府提出の教育基本法案について所見を述べたいと思います。論点は大きく二つありまして、一つは法律主義の限界という問題、もう一点は法と道徳の関係という、原理原則にかかわる問題であります。 第一の法律主義の限界についてであります。 法律主義といいますのは、戦後日本の教育法制の改革の中で確立されました
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発言数 11件
初発言日: 2006-12-01 / 最新発言日: 2006-12-01 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○参考人(成嶋隆君) 新潟大学の成嶋でございます。 私は、憲法学及び教育法学を専攻する者としまして、これらの学問的な観点から、主として政府提出の教育基本法案について所見を述べたいと思います。論点は大きく二つありまして、一つは法律主義の限界という問題、もう一点は法と道徳の関係という、原理原則にかかわる問題であります。 第一の法律主義の限界についてであります。 法律主義といいますのは、戦後日本の教育法制の改革の中で確立されました
○参考人(成嶋隆君) はい。 国家が特定内容の倫理的な、道徳的な規範にくみすること、あるいは国家が道徳に関する監督の任務を引き受けることは許されないと、そういう原則であります。で、法案二条はまさしくこのように国家が特定の世界観を正当なものとして公認したということを意味するわけですので、この点でも憲法十九条に違反いたします。 まとめます。総じて教育基本法案は、教育や道徳に対する法の関与の在り方という点で極めて重大な問題点を含んでい
○参考人(成嶋隆君) ありがとうございます。 現行教育基本法の十条一項の不当な支配のくだり、私は自主性原理と呼んでおりまして、後段の直接責任の原理とともに非常に重要な原理であります。政府案につきましては、自主性原理の部分は残しましたけれども、先ほど申し上げましたようなその後段の部分によって言わば不当な支配禁止規定が骨抜きになってしまうという、そういう危険性を先ほど申し上げました。 民主党案につきましては、不当な支配という文言その
○参考人(成嶋隆君) まず、教育における親と子の関係についての、私がどのように考えているかということを申し上げます。 教育の最大の目的は、子供が人間的に成長、発達する、それを権利として保障するということですね。法学的な言葉で言いますと、学習権という考え方があるわけですけれども、子供が未来においてその人間性を開花できるような、そういった教育を施すということが教育の最大の目的であるというふうに考えています。その子供の学習権を保障する第一
○参考人(成嶋隆君) 私もその「必要な資質を備えた」という部分が気になるところでありまして、だれがこの必要な資質を認定するのか、だれが定めるかということです。 恐らくは、後の十七条に出てくる教育振興基本計画というものによって、法案の二条を踏まえる上でそのような必要な資質というものが政府によって決められてくるようなことになるんだろうと。それが法案全体にかぶってくるわけでありますから、この政府による恣意的な必要な資質の定め方によっては、
○参考人(成嶋隆君) 法と道徳の関係につきましては先ほど申し上げたとおりでございます。道徳規範を法定すべきではないというのが私の基本的な考えでございます。 そのように考える理由としまして、法というものの性質を改めて考えてみたいと思います。 国会議員というのはローメーカーと言われまして、立法についての専門家でいらっしゃいますから、正に釈迦に説法ということでありますけれども、法というのは社会において最低限守られなければならないルール
○参考人(成嶋隆君) 政府案の十六条一項によって法律に基づく教育行政機関の行為は正当化されるというふうに説明されることの真意が分かりかねるわけでありますけれども、先ほど申し上げましたとおり、政府案によりますと法律によるあしき不当な支配という筋道が出てくるということが問題点だと思います。 法律に基づく行政とかあるいは一般に法の支配あるいは法治主義という言葉ですけれども、これはただ単に法律に基づきさえすればよいという、そういう原理ではあ
○参考人(成嶋隆君) この点につきましてもいろいろ問題点が指摘されているところでありますけれども、現行法で「九年の普通教育を受けさせる義務を負う。」という形でいわゆる年限主義の義務教育を定めているわけでありますけれども、義務教育というのは教育の言わば最低限の保障ということになるわけでありますけれども、その今最低限の教育が無償で実施されているわけです。 これを九年間としてその年限を定めたという、この現行法にはそれなりの意味があると思い
○参考人(成嶋隆君) 今回の教育基本法の改正問題の発端となりましたのは、御承知のように二〇〇〇年の十二月に出されました教育改革国民会議の最終報告書であります。この教育改革国民会議というのは首相の私的な諮問機関、つまり、故小渕首相、次いで森首相の私的な諮問機関でありました。 この国民会議における議論ですけれども、ある教育学者は飲み屋談義というふうに酷評いたしました。酒場で、飲み屋で酒を飲みながら、酒を酌み交わしながら無責任な放談をして
○参考人(成嶋隆君) 簡潔に申し上げます。 道徳の規範を法定すべきでないという私の原則的なとらえ方からしますと、態度という文言が妥当か、あるいは心がいいのかということは二次的な問題であります。 ただ、先ほども言いましたように、「態度を養う」という文言から予想される事態は、先ほど言いましたように、政府によって公認の行為モデルが指示されて、そのような態度を示すことが確実に求められる。そして、その態度を履行したかどうかということが評価
○参考人(成嶋隆君) 宗教的情操という言葉自体、今の世取山参考人が言われましたように、非常に特殊な意味合いを日本においては持っております。宗教教育の研究者によりますと、この宗教的情操というのは、特定の宗教、宗派を超えた一般的、普遍的な宗教的信条であるというふうに説明されております。そして、その実態はといいますと、これも世取山さんが言われたように、人間の力を超えるものに対する畏敬、崇拝の念と、これが宗教的情操であるというふうに言われており