「曽野明」の過去の国会発言

発言数 9件

初発言日: 1947-11-13  /  最新発言日: 1964-05-19  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1964-05-19 参議院

文教委員会

○政府委員(曽野明君) 国費留学生の場合でございますが、外務省におきましても、毎年、文部省と御相談してきめました人数の留学生を公募いたします。その場合に、先ほど文部省から御説明ありましたように、詳細な待遇条件、全部発表してやっております。で、選老に当たりましては、国によってこれはいろいろ違いますが、大使館で、原則として向こうの関係者と一緒に試験をやりまして、何人かの候補を選ばせまして、それを東京に報告させまして、その中から適当のものを選

1964-05-19 参議院

文教委員会

○政府委員(曽野明君) 先生の御指摘なさる点はまことにごもっともでございます。私たちもそういう見地から、国費留学生につきましては、予算面は文部省についておるわけでございますけれども、われわれとしましては、待遇をよくしてもらうために、昨年度の予算におきましても、新年度の予算におきましても、現実には、金銭面では待遇の改善もかなり成功したわけでございまして、たとえば先ほど申し上げましたように、ことしからは往復旅費まで政府で全部持つという予算の

1964-05-19 参議院

文教委員会

○政府委員(曽野明君) 京都だけ申し上げます。京都は、新年度の予算におきまして、約五十室の建物をいま建てております。これは国費、私費両方入れることになると思います。京都は男子につきましてはそれで解決する。ただ、女子寮は別になるわけでございまして、これはいま京都の民間の方が婦人寮を建てようという努力をしてくださっております。逐次よくなると思いますが、まだ不完全であることは十分認めるわけでございます。

1964-04-21 衆議院

内閣委員会

○曽野政府委員 お答えいたします。 まず第一に、外国教科書の日本に関する記述の問題でございます。ただいま先生の御指摘にありましたように、外国の教科書をいろいろ集めてみますと、非常に日本というものが古い姿のままで映っておるということは、事実でございます。実は戦後、こういう面の努力は、日本の置かれました特殊な事情からいたしまして、いまから二、三年前まではほとんど私たちとしては手をつけるだけの力、あるいは資力の余裕がなかったのでございます

1964-04-21 衆議院

内閣委員会

○曽野政府委員 いまの点でございますが、実は各国とも文化交流が、これは共産圏を含めまして、先生が御想像以上に日本では活発に行なわれております。それには、だれがやっているかと申しますと、先ほどちょっと申し上げましたように、新聞だとか放送局、こういうものがもうありとあらゆる外国の文化財を次々に日本へ持ってきて、日本の国民に見せてくれている。これは日本の特殊事情でございまして、外国ではそんな新聞社はございません。これは非常にいいことでございま

1963-06-12 参議院

オリンピック準備促進特別委員会

○政府委員(曽野明君) 私のほうにはまだ——今初めて詳しいことを伺っただけで、何ら入国の御相談は受けておりません。ただ、委員長のお許しを得まして、せっかくの機会でございますので、ちょっと私の考え方を御参考までに申し上げてよろしゅうございますか。……実は、私政治とスポーツというものは本質的に完全に切り離してやるべきだということで非常な苦労をいたしておるのでございますが、何しろ現在の国際情勢のもとにおきまして、スポーツと政治の関係は非常に複

1963-03-20 衆議院

外務委員会

○曽野政府委員 その問題は実は私の局の直接の担当ではございません。今アジア局長が参りますので、アジア局長から説明いたします。

1947-11-13 衆議院

外務委員会

○曽野説明員 本日はソ連の經濟機構とその運營につきまして御説明することになつておりますが、時間の關係もございますので、ごく簡單に皆樣の御參考になると思われます點をかいつまんで申し上げます。皆樣御承知のように、ソ連ではすでにいわゆる社會主義經濟體制というものを完成しておると稱せられておるのであります。事實革命直後一九二〇年のころまでに土地とか大企業、金融という機關、運輸通信機關、その他の主要な生産手段というものは個人の手から國家または公共

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