「有田二郎」の過去の国会発言

発言数 157件

初発言日: 1947-08-04  /  最新発言日: 1954-12-21  /  1 ページ目 / 全体 8ページ

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1954-12-21 衆議院

大蔵委員会

○有田(二)委員 事務総長にお尋ねしたいのですが、今春日さんからお話のありました本日の読売新聞にありましたように、二十日に会計検査院からそういつた意味の注意があつたことは事実なのですか、伺いたい。

1954-12-21 衆議院

大蔵委員会

○有田(二)委員 御承知の通り、今国会では解散することがすでにはつきりいたしておつて、四派の国会対策委員長で大体一月の終りには解散をするという線がはつきり出ているときであります。従いまして、先般も山本正一君がはがきを出したということが原因して国会で問題になつて、遂に議員をおやめになつたという事態もあるのであります。従いまして、私は会計検査院のおやりになつたことを悪いとは決して考えないのでありますけれども、時期を誤つていないか、今日国会が

1954-12-21 衆議院

大蔵委員会

○有田(二)委員 そこで私は銀行局長にお尋ねをし、理財局長にもお尋ねをいたしたいのであります。この預託について社会党の春日委員から御攻撃があつたようでありますが、しかし預託の功績は偉大であつたと私は思うのです。というのは、相互銀行法が衆議院の大蔵委員会の議員提出法案として出まして、無尽会社が相互銀行と形をかえた、また信用組合が信用金庫と形をかえた、そのときに政府預託がこれらを育成するのに非常に大きな力があつたと私は思うのです。今日相互銀

1954-12-21 衆議院

大蔵委員会

○有田(二)委員 銀行局長の言われる御趣旨はよくわかつたのでありますが、まず一番にお考え願いたいことは相互銀行なり、信用金庫に相互銀行連合会とかあるいは信用金庫連合会を通じて、日本銀行から金が流れて行く。一萬田さんが現内閣の大蔵大臣になられたのですが、元日銀総裁当時から中小金融のことをやかましく言われておるけれども、現実の問題として、せつかくできた信用金庫、相互銀行、こういつたものに一つの連合会を通じて金を流して行くというようなことがは

1954-12-04 衆議院

大蔵委員会

○有田(二)委員 関連……。主税局長と主計局長にお尋ねいたしますが、今の入場税の問題ですが、あれは義務教育費国庫負担法から出て参りまして、東京都が四十億、大阪府が二十六億六千万円、神奈川が数億を出でず、そういうアンバランスを是正するために、入場税が国税移行になつたのでありますが、入場税問題は地方税の当時にはなかなかいろいろ問題があつたので、地方税で完全にとれておつた税金とは私は考えていないのです。従いましてこの五月から国税にかわりまして

1954-12-04 衆議院

大蔵委員会

○有田(二)委員 主計局次長に伺いますが、地方税の税率の下らなかつた当時の入場税の実際の全国的な収入と、税率が下りましてからの今の予定額では、どのくらい減収になりますか。実際地方税では、入場税の税金がそう完全に国税のようには入つていなかつたのではないかと私は考えるのです。従いまして国の予定では、あるいは百九十二億とか、百七十何億とかいう予定があつても、現実地方税に入つた当時は、はたしてそれだけの税収があつたものかどうか。同時に国税になつ

1954-12-04 衆議院

大蔵委員会

○有田(二)委員 希望だけ言つておきます。国税庁長官にお願いしたいのですが、あのときも長官のお話があつた通りに、地方の興行主その他との摩擦も考慮に入れて、入場税は一年間くらいはそうせつかちにやらないというお話でありましたが、来年の五月以降は完全におとりになることはけつこうですが、摩擦のないように希望いたしまして、私の関連質問を終ります。

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 今私が御質問申し上げましたのは、有馬博士からお話になりました新医療費体系に対するこういう点が特別にということでお話願つたのでありますが、その他小さい点は多多おありになると思いますが、大きな点は今申された点だと解釈してよろしいのでありますかどうか、御答弁をちようだいしたい。

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 もう一点医務局長にお尋ねしたいのですが、どうか医師会も厚生省も腹を割つてお話願えるかどうか。そうしてもしもお話願つた結果、どうも医師会側が積極的でない場合には、有馬博士とか中山博士とか谷口博士とか、また本委員会にも多士済済、博士はずいぶんおられるわけです。やはりこういう方々の御協力を得てやらなければ、所期の目的は一年三箇月ではとうていむずかしいのじやないか。これについてひとつ厚生省当局としての御決意を承りたいと思います

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 提案者の有馬博士にお尋ね申し上げます。原案は、昭和二十六年六月に通りました医師法、歯科医師法及び薬事法の一部を改正する法律案が参議院先議で昭和二十六年に御決定になりました。当時、参戦院の谷口弥三郎議員と石原議員とが衆議院の本委員会にお越しになりまして、改正の提案理由を御説明になり、そうしていろいろ本案の通過を衆議院の厚生委員会に御要請なさつたのであります。しかもそのときに政府原案は、たしか本年の七月一月からということに

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 いやそうではなくて、参議院で先議されて、法案が衆議院にまわつて来ました昭和二十六年のときに、政府原案をさらに半年参議院でお延ばしになつたのです。そうして三年半ということにして、今日また一年三箇月というものを参議院で延期なさるように御決定になつたのであります。しかもその当時七十年の医師、薬剤師の争いに終止符を打つという意味合いにおいて、衆議院においても参議院においても、各派非常に協力一致して、そうしてこの原案が当時できた

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 今有馬博士は松永委員の質問に対しまして、新医療費体系はもう少しはつきりしたものであればというお話ですが、もう少しはつきりとはいかなることをおさしになつておられるか、お答え願いたいと思います。

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 そういう漠たることでは、また一年三箇月後にあなたが同じ言葉を繰返さないとも限らない。政府がつくりました原案のどことどこがいかぬか。これは御存じのように、国民の医療費をこれ以上上げてはいかぬという国会の決議があつて、頭が押えられておる。従つてその中で操作をするのでありますから、完全なものができないことはわれわれも了承せざるを得ない。従つてあなたが新医療体系がもう少しはつきりしなければならぬというのはどの点をはつきりしなけ

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 そういうことですと、また委員会が延びるので、なるべく早く参議院の御決定に対して衆議院も御協力申し上げたい、こういうように考えているわけであります。そこで博学多識の有馬博士としては十分御検討を願つて、特に提案者として、代表者として、参議院代表でお越しになつた以上は、新医療費体系に対する政府のこういう点がいけない、ああいう点がいけないというくらいなことは——私はこまかく全部申し上げろとは申し上げてないのであります、常識的に

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 ほかの委員は別でありますが、有馬博士は医学博士でありますから、斯界の権威者であります。われわれのようはしろうとではない。従いまして新医療費体系について、一年三箇月今度参議院はお延ばしになつたということについては、国民が納得するものでなければならぬ。ただはつきりしないというようなことだけで、国民がはたして納得するかどうか。私たちしろうとはそれでもいい。しかしいやしくも医学博士であるあなたが、もう少しはつきりというようなこ

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 それだけでありますか。そのほかに新医療費体系について御所見はございませんか。

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 全体にわたつてということは、私たちは了承するのであります。しかしながら少くとも専門家であるあなたがあの新医療費体系をごらんになつて、特にたとえば処方箋料を無料にするというようなことは妥当でないと私は今も考えております。処方箋料はやはり何とか出すようにすべきだと、しろうとの私ですら考えておるのですが、あなたは専門家として御勉強になつて、しかも参議院の厚生委員会で十分御審議になつたことだろうと思いますが、あなたのお考えの中

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 有馬博士の専門家としての御所見として特にその点はそれ以上は——あとは、こまかく言えばいろいろあるでしようが、大きな点はその点くらいだと考えて間違いありませんか。

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 大体大きな問題についての有馬博士の御所見は承つたのでありますが、これについて医務局長にひとつお尋ねいたしたい。参議院で一年三箇月延期法が出たのでありますから、厚生省としてはもしもこれが衆参両院を通つて立法化されますと、それに基いてついて行かなければならぬことはもちろんでありますが、今有馬博士は新医療費体系に対する具体的な御意見をおあげになつたのでありますが、今までの厚生省の立場を離れて、ひとつこの有馬博士のお考えについ

1954-12-03 衆議院

厚生委員会

○有田(二)委員 有馬博士にお伺いしたいのですが、今の厚生省のお話を承つてみますと、一年三箇月たつてもほじくり返せばなかなか完全なものができないというような御所見のように承るのです。大体本原案が昭和二十六年通過後厚生省は調査会をつくつて新体系にかかつたのでありますが、これに対して全国医師会の御協力がなかつたのであります。さらに二十七年から二十八年にかけて、厚生省が病院の調査にかかつたのでありますが、これまた全国医師会の協力がなかつたので

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