「松本徳子」の過去の国会発言

発言数 7件

初発言日: 2017-05-25  /  最新発言日: 2017-05-25  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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2017-05-25 衆議院

東日本大震災復興特別委員会

○松本参考人 このたび、東日本大震災復興特別委員会参考人として民進党様より御推薦いただき、避難当事者、支援者ともに設立した避難の協同センター共同代表世話人の私が陳述を述べるお時間をいただき、感謝いたします。 きょうは、私と同じく子供を被曝から避けるために避難して頑張ってきた友人がみずからの命を絶ってしまった、その彼女の思いを胸に述べさせていただきます。 平成二十三年三月十一日、多大な東日本大震災が起き、チェルノブイリと同等のレベ

2017-05-25 衆議院

東日本大震災復興特別委員会

○松本参考人 いじめの問題は、私が先ほど陳述で述べさせていただいたように、行政が細かく線引きをしてしまったことに原因があると私は思います。 福島を一くくりにして、福島はお金をもらっているんだろうということで、大半の大人がそういう話をしていることによって子供たちがいじめられ、子供が親に言えないで、子供が悩んでいることを知る親がまた結局いじめと同じことになっていることを考えれば、この事故の真相をきちっと明らかにして、子供たちにきちっとし

2017-05-25 衆議院

東日本大震災復興特別委員会

○松本参考人 私は、どんなにすばらしい箱物ができたとしても、中身のないものは復興にはならないと思っています。そうであるならば、やはり実態を把握して、そして、住まいがあることによって路上生活をしなくてもいい、生活困窮をしないで、生保や社会支援があるために何とか前向きに生活していける、そこのまず基盤ができてこそ復興。人がいなければ、中身のないものは復興にはならないと私は思います。 ありがとうございます。

2017-05-25 衆議院

東日本大震災復興特別委員会

○松本参考人 金子委員がおっしゃってくださったように、子ども・被災者支援法は、私は二〇一一年に避難をして、翌年六月に与党も野党も一致で法令ができました。このときに私は本当にうれしく思って、これで子供たちが救われる、避難した人も、そして避難を一旦して福島に戻っても、きちっとした子供たちを守る施策ができるのであればと思っていましたが、私の知っている、一度避難した、でも、やはり家族がばらばらになるのはということで戻られたお母さんはかなりひとり

2017-05-25 衆議院

東日本大震災復興特別委員会

○松本参考人 今、中野委員から御質問があったんですけれども、確かに相談窓口みたいなところは、拠点化はされていますが、とても事務的で、そして、本当に、避難した人たちで仕事を二つも抱えている方はなかなか行くことができないのが現状です。ですので、避難の協同センターに連絡があります。 であるならば、やはりもう少し、ただ開いているのではなくて、あそこに行けば本当に相談に乗ってくれる、自分の悩みが話せる、本当にその場づくりをもう一度きちっと初め

2017-05-25 衆議院

東日本大震災復興特別委員会

○松本参考人 この原発のいじめですが、従来、やはり原子力発電所、原子力とはどういうものなのか、そして原発事故が起きればどういう災害が発生するのか、そういうことをきちっと子供たちがわかっていない、まして大人がわかっていないということで、その事故のためにどうして避難しなければいけなかったのかということを今きちっとメディアでも伝えていないように私は思います。 この原発の子供のいじめは大人のいじめであって、大人がきちっとした解釈をしないで、

2017-05-25 衆議院

東日本大震災復興特別委員会

○松本参考人 私も五十五にして、この福島の東日本大震災、そして重なり東京電力福島第一原発事故で、かなりの方たちが、津波もそうですが、原発で着のみ着のままで逃げられた方、そういう方たち。私もやはり、あの地震のときには自宅に帰ることができませんでした。あの当時、携帯もつながらず、やっとメールで安否が確認できた、そういう状況で、私は、地震が来るたび、今もやはりトラウマのようにあのときを思い出します。 私がこのような場所でお話をさせていただ

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