「林出子」の過去の国会発言

発言数 7件

初発言日: 1958-09-26  /  最新発言日: 1958-09-26  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1958-09-26 衆議院

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会

○林参考人 林出子でございます。私は、衆議院の方から会議に参加するようにという主人にあてて手紙が参りまして、実は主人が少しからだを痛めておりますので、私が代理に伺ったわけであります。 実は手紙の中に要求項目として三項目あげてございまして、まず引き揚げに至るまでの経過、それから残留者の模様、それから今後の引き揚げの見通しについて、この三つのことについてまず私見を述べたいと思います。もちろん私見で、いわゆる狭い見方ですから、それが正確と

1958-09-26 衆議院

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会

○林参考人 それでは内蒙古における私の仕事の状況について、覚えています点だけお答え申し上げます。 私は大連で実は建築の仕事をやっておりました。一番初め建築のトレーサーから入ったわけです。まだ技術としましては大したことがなかったわけです。ですけれども、当時内蒙古が第一次五カ年計画が始まりまして、重要なる建設の土地となったわけですね。それで、大連の建築公司というのが、第一と第二とあったのですが、そこの技術員が——みな中国人ですね、全部内

1958-09-26 衆議院

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会

○林参考人 では今の質問に答えまして、そのいきさつについて、大体のところを申し上げたいと思います。 実は主人は、昭和二十一年か二十二年だったか、はっきりしませんけれど、南朝鮮を通りまして釜山から佐世保に一たん復員船に乗って入港したことがあるのです。といいますのは、当時大連の食糧状況が非常に逼迫しておりまして、大連と北朝鮮の貿易を非常に寛大に許しておりました。そのときに主人は、私たちの生活があまりにみじめだったものですから、その貿易が

1958-09-26 衆議院

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会

○林参考人 ただいまの御質問に対してお答えいたします。実はソ連と中共との協定がどのようになっているかということについて私は全然知らないのですけれど、主人の話によりますと、当時主人は一番初めスパイとして嫌疑されたわけです。しかしそのことは、当時ソ連語が全然わからなくて自分の申し開きをすることができなかった。そのあとでロシア語を一生懸命勉強して、自分で自分の申立書が書ける程度までなったらしいのです。そしてそのことでもって向うは嫌疑を解いて、

1958-09-26 衆議院

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会

○林参考人 今の御質問に対してお答えいたします。実は天津に五五年の六月から住むようになりました。それまで私は天津というところを全然知らないわけです。ただ内蒙古へ行きますときに、素通りしただけです。それですから天津に入りまして日本人がいるかどうかということに非常に興味を持ったわけです。ですけれど、この三年の間にやはり日本人らしき人を見たことは見ました。なぜわかるかといいますと、服装でわかるわけです。女の方で非常にきれいな格好をしておるのは

1958-09-26 衆議院

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会

○林参考人 まず第一の問題について、ソ連からそういうふうな団体で中国へ来られたということについては、私全然聞いておりません。だからそのことについては、私何もお答えできません。それからいわゆる中国人の奥さんになっている日本婦人の帰国の問題、それについても、いろいろ問題があったらしいですけれども、私詳しく知らないのです。けれども、日本人夫婦が二人かせいでいるとか、もう一つは主人の方が非常に優秀な技術者、ことに大連地区に残ってくれないかという

1958-09-26 衆議院

海外同胞引揚及び遺家族援護に関する調査特別委員会

○林参考人 お恥かしいですけれど、私長崎の女子師範学校を出たのです。それで佐世保で教員をしておりました。そして結婚いたしまして、満州へ行ったわけです。大連に行きましてから、いわゆる関東州庁の指導のもとに、大連にいる州人、中国の子供たちの学校があります。当時水源公学校と申しておりましたが、そこの教員をしておりました。ですから八・一五当時は教員をしておりました。中国の婦人の学校ですから、それまで日本語でやつていたわけです。ですけれども、それ

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