「梁井新一」の過去の国会発言

発言数 200件

初発言日: 1973-04-18  /  最新発言日: 1981-09-03  /  1 ページ目 / 全体 10ページ

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1981-09-03 参議院

安全保障特別委員会

○説明員(梁井新一君) 八月二十二日に日韓両国間の実務者会談をやったことにつきましては、先生御指摘のとおりでございます。 ただ、この会談におきましては、私どもから日本の経済協力の仕組みと申しますか、経済協力の金額、そういった事実関係を説明いたしまして、また先方から向こうの五カ年計画の要旨を聞いたわけでございますけれども、具体的に今後どうするというところまで話は進んでおりません。

1981-06-02 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) ただいまの田中先生の御指摘になりました、単に難民だけを援助対象とした人道的な援助のほかに、難民が入ってきた、いわゆる難民罹災国と申しますか、そういう国に対する援助をやるべきではないかと、ちょうどタイがカンボジア難民が入ってきたために困っておると、そういうことでタイに援助をしておるわけでございますけれども、それと同じような意味で、アフリカに対しても単に難民が発生した国だけではなしに、その難民が流れ込んだほかの国に

1981-05-28 衆議院

外務委員会

○梁井政府委員 ただいまの草川先生の御指摘は、インドシナ難民に対してはかなり手厚い援助を行っているけれどもアフリカの難民に対してまだ十分じゃないではないかという御質問だと思うのでございますが、確かに金額的に申しますと、アフリカの難民に対します援助はインドシナ難民に対する援助に比べまして非常に少ないわけでございますけれども、最近のジュネーブにおきますアフリカ難民会議におきまして、日本政府は二千万ドルの拠出を約束したわけでございます。これだ

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) アフリカに対しまして日本の政府開発援助、最近かなりふえておるわけでございますけれども、現在日本は——実は私、いまここでアフリカと申しますのは外務省の分類でございまして、サハラ以南のアフリカについて申し上げております。

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) ただいま田中先生御指摘の、最近の政府開発援助の目標と申しますのは、過去五年間の日本の政府開発援助の総額の倍以上の政府開発援助を今後五年間に出そうという中期目標でございまして、その中期目標の中には政府開発援助の対GNP比の改善を図るという言葉が入っておりますけれども、〇・七%というのはかつて国連におきまして決議されました目標でございまして、日本も期限を定めずに受諾しております。努力目標として受諾しておりますけれど

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) 田中先生御指摘の、何ゆえにアフリカ開発銀行だけが資金源のソースを域外国に求めずに域内国だけでスタートしたかという問題でございますけれども、この銀行のできました過程におきまして、アフリカ諸国はまだ独立を達成した直後でございまして、その独立を達成したときの意気込みからぜひ自分だけでやりたいと、ぜひ自分たちだけで、域内国だけでやっていきたいという気持ちがあったことも想像できるところでございます。ただ、その後の経緯を見

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) マグレブ諸国のアフリカを含まない統計で御説明いたしますので、御了承いただきたいと思いますが、現在日本が承認しておりますアフリカ、サハラ以南のアフリカでございますが、そこに開発途上国が四十四ございまして、その中の四十カ国以上に政府の開発援助がいっております。ただ、この政府の開発援助と申しましてもいろんな形態がございまして、技術協力の場合、さらに資金協力の場合。資金協力にも無償の資金協力とそれから政府貸し付けと二通

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) 私どもアフリカに対する経済協力は、大臣おっしゃいましたとおり、過去三年間に急速に増加してきたわけでございます。ただこれを国際的な場で議論いたしますと、たとえばOECDのDACで議論いたしますと、やはりアフリカの場合非常に開発がおくれておりまして、いわゆるLLDCと言っておりますけれども、後発の開発途上国という国が非常に多いわけでございます。そういう観点から、日本のできます経済協力はどうしても無償協力ということに

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) 先ほど私は数字の面だけで申し上げましたけれども、中身につきましては先生御指摘のとおりでございまして、私どもまずアフリカの難民、このところ食糧が不足している国が多いわけでございますので、食糧援助の拡大に努めております。 それから、たとえば衛生面につきましても、ガーナにおきましてはすでに研究所を始めておりますし、それからザイールにおきましても病院をつくる、またエジプトにつきましても病院の要請が出ておりますし、そ

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) このアフリカ開発銀行ができまして、当初は域内国だけでやっていくということでここまで来たわけでございますけれども、ただこのアフリカ開銀の当初の設立の準備の段階におきまして、むしろ銀行側の方から域外国に対する出資を呼びかけようとした時期がございます。それがむしろアフリカ内部の問題といたしまして、やはりまだ域外国の出資は早いと申しますか、独立早々のアフリカといたしましてはアフリカ国内だけでやっていきたいということで、

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) アフリカ開発銀行の加盟資格を域外国に開放するという総務会決議をめぐりまして二つの国が否定的な態度を表明したわけでございます。当時域内加盟国は四十八カ国あったわけでございますけれども、四十六カ国が賛成いたしまして、一カ国が反対、一カ国が棄権をいたしました。 その理由の主な点でございますけれども、大体この両国とも同じような理由のもとに一カ国は反対し、一カ国は棄権したわけでございますけれども、まず従来のアフリカ地

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) 今回アフリカ開発銀行が域外国の加盟を認めるということになりまして、域外国といたしましてどういう形で出資すべきかということが域外国の間で当然問題になったわけでございますけれども、実はアフリカ開発銀行の域外国の加盟を規律する一般規則というのがございまして、その中でアフリカ開発基金に対する出資額と合理的な関係にある形で出資額を決めてくれというのがございます。実は、日本はこのアフリカ開発基金の最大の出資国でございまして

1981-04-21 参議院

外務委員会

○政府委員(梁井新一君) アフリカ開発銀行は利潤追求ということよりも、開発のための金融機関でございます。したがいまして、アフリカ域内の経済的、社会的開発のために融資を行うわけでございますけれども、やはり銀行といたしまして、当然のことながらいわゆるサウンド・バンキングと申しますか、安全に資金を運用していく、それによって銀行の高い信用を維持するという必要が出てくるわけでございます。 したがって、この問題につきましては、協定の中に規定がご

1981-04-09 衆議院

内閣委員会

○梁井政府委員 ただいま先生の御質問がございました、まず賠償について申し上げますと、戦後の賠償は、サンフランシスコ平和条約の規定に基づきまして、戦争中日本軍の占領いたしました四つの国に対しまして賠償を行ったわけでございます。これはビルマ、フィリピン、インドネシア、ベトナムでございます。それ以外に、必ずしも向こう側に賠償請求権があったわけではございませんけれども、やはり戦後処理の一環といたしましてラオス、カンボジア、タイ等に経済協力をやっ

1981-04-01 参議院

予算委員会第一分科会

○政府委員(梁井新一君) 一昨年の暮れにカンボジアの難民が大量にタイに脱出いたしまして、非常に悲惨な状況であるということで、日本として難民の医療関係につきまして何らかの手を打つ必要があるということを痛感したわけでございます。実は、その初期の段階におきまして日本の医療活動の対応がおくれたということも事実でございまして、残念ながら初期の段階からヨーロッパのボランティアと同じようなスピードでタイのカンボジア難民救護活動を開始できなかったことは

1981-04-01 参議院

予算委員会第一分科会

○政府委員(梁井新一君) 率直に申し上げますと、私ども、こういう大規模な難民が流出いたしまして、それに対して医療の救護活動をするという経験は初めてでございました。そういうことで、外務省が中心になりましてミッションを派遣いたしまして、それからJICAを通じまして医療チームを送るということにしたわけでございますけれども、各国の場合と対比いたしまして非常に違います点は、各国はボランティアのグループでございます。現在このカンボジア難民の医療活動

1981-04-01 参議院

予算委員会第一分科会

○政府委員(梁井新一君) 昨年の二月でございますけれども、タイ政府筋からの相当確実な情報といたしまして、ベトナム軍がカンボジア国境を越えてタイに進撃するという情報があったわけでございます。その当時日本の医療チームの行っておりましたカオイダン地区につきましては、国境からわずか数キロという状況でございまして、私どもは、政府派遣の医療チームであるということから一時的に撤退せしめたということでございますけれども、その後一カ月足らずでカオイダンに

1981-04-01 参議院

予算委員会第一分科会

○政府委員(梁井新一君) 現地の大使館とそれからサケオのセンターは約二百二十キロも離れておるわけでございまして、大使館からも絶えずサケオのセンターに出張しておりますし、また、月に一回でございますか、サケオの先生方にバンコクに来ていただく、そして会議をするということもやっておりますし、それから、JICAから派遣されましたドクターのほかに調整員というのが三人おりまして、この調整員がドクターあるいはナースのいろんな御要望を聞きながら大使館と連

1981-04-01 参議院

予算委員会第一分科会

○政府委員(梁井新一君) まず、先生の御質問の第一点の、現在サケオにございますわが方の医療センターからカオイダンのキャンプまで約百二、三十キロでございますか、一時間半近くかかるわけでございますけれども、そういう観点から、サケオのセンターを決める場合の土地の選定がまずかったのではないかという御質問かと思います。 実は、昨年センターの場所をどこにするかということを非常に検討したわけでございますが、当時、サケかとカオイダンの間にアランヤプ

1981-04-01 参議院

予算委員会第一分科会

○政府委員(梁井新一君) 先生御指摘のとおり、こういう緊急事態が起こりますと、緊急事態の初期の段階において救援活動をするということが非常に必要でございます。そういう点で、実を申しますと、アルジェリアの地震であるとかイタリアの地震の場合に、ヨーロッパ各国が直ちに救援活動を開始しているということに非常にわれわれも感心いたしまして、一体どういう仕組みで彼らがそういう即応体制がとれるのかということも調べたわけでございます。そういう点も参考にいた

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