憲法審査会
○参考人(棟居快行君) ありがとうございました。 私は、この集団移転のような場合に確かにコミュニティーとしての権利が揺るがされるという、そういう認識は先生と共有しております。しかしながら、それも先ほどの魚住先生に対しての私なりの回答とも共通いたしますけれども、あくまで基本としては個人のコミュニケーションの権利がそこで脅かされるということではないかなというふうに思います。 言い方を換えますと、例えばインターネットに接続できるよとか
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発言数 51件
初発言日: 2002-02-14 / 最新発言日: 2012-04-11 / 1 ページ目 / 全体 3ページ
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○参考人(棟居快行君) ありがとうございました。 私は、この集団移転のような場合に確かにコミュニティーとしての権利が揺るがされるという、そういう認識は先生と共有しております。しかしながら、それも先ほどの魚住先生に対しての私なりの回答とも共通いたしますけれども、あくまで基本としては個人のコミュニケーションの権利がそこで脅かされるということではないかなというふうに思います。 言い方を換えますと、例えばインターネットに接続できるよとか
○参考人(棟居快行君) ありがとうございます。 幸福並びに公共の福祉に反しない限りという憲法十三条の文言についてのお尋ねと受け止めさせていただきまして、手短に回答させていただきます。 先ほどの私の申し上げました内容からいたしますと、公共の福祉という文言は、文字どおりの公共の福祉、例えば大震災の場合には、それを防ぐ、あるいは災害が起きた後には速やかに復旧復興をする、あるいは人命を救助する、そうした我々が通常考える公共の福祉というタ
○参考人(棟居快行君) ありがとうございます。 棟居と申します。大阪大学に所属をしております。 以前、憲法調査会でも発言の機会を許されたことがございます。中山太郎先生お越しで、私、中山太郎先生の気配を察しまして、ある詩を思い浮かべたところでございます。中原中也の詩の一節でございますけれども、おまえは何をしてきたのだと吹き来る風が私にいう、まさに今その感が強いわけでございます。それはどういう趣旨かと申しますと、申すまでもないと思い
○参考人(棟居快行君) ありがとうございます。 ボランティアという活動を国家と個人の中間の存在としてどう位置付けるのかという非常に難しい御質問でございます。 ただ、私は、今まさに西條参考人がおっしゃりましたニーズの多様化という言葉をヒントにいたしますと、ボランティア団体、ボランティアの活動というのを個人と国家の中間の、どちらでもないというふうにあえて位置付けるよりも、むしろ個人の自助努力の延長だというふうに個人を膨らませてとらえ
○参考人(棟居快行君) 一万何千人というような統計的な言い方を申します。しかしながら、被災者の方々にとっては全てお一人お一人の個人の不幸なわけです。これを、数を幾らここの避難所には何人おられるというふうに申しても、それは、例えば自治体があるいはボランティア団体がどういう物資を運ぶべきかという統計的なデータの役には立っても、個人の、どうして自分が、どうして自分の家族がという、この個人に与えられた、個人が出会った不幸、これに対する答えになら
○参考人(棟居快行君) 第一の御指摘、御質問ということですけれども、この立法過程が調整の場になっているという御指摘、これは我々もよく耳にするところでございます。もちろん、調整の場に全員が参加できておれば、それは国民代表機関が立法されるわけですから、そもそも当然のことというふうに思います。 しかしながら、先ほど鈴木寛先生の御発言の際に、最も不遇な人というロールズのフレーズ、引用されましたけれども、この最も恵まれない不遇な方というのは声
○参考人(棟居快行君) 個人補償についての御質問といいますか、徐々に個人補償の範囲が充実してきておる、今回も、中小企業などグループをまとめることによって直接の補助が可能になっている、これは憲法原理と相反するということなのか、そうではないだろう、生存権あるいは幸福追求権といった憲法原理からすれば、むしろ本来こうあってしかるべきだったということではないのかと、こういう御質問というか、御指摘だろうと思います。 私は、もちろんこのような施策
○参考人(棟居快行君) どうもありがとうございました。 阪神・淡路大震災のときに私が関係しておった警察の方から伺った話でございますが、あのときなかなか現地の情報がつかめなかったと。そして、結局、伊丹の自衛隊基地から、記憶が必ずしも正確じゃないかもしれませんが、伊丹の自衛隊基地から、ある指揮官が、これは演習だと称してちょっと見てこいということでヘリを差し向けて、それで大変なことになっているというのをまず第一報として情報を手に入れられた
○参考人(棟居快行君) 先ほど挙げられました自衛隊、海上保安庁、消防の方々、いずれもプロでございます。ですから、プロの方々に頼むしかないという現実がございます。 しかし、かつまた憲法は十五条で全体の奉仕者として公務員を位置付けております。しかしながら、全体の奉仕者といいましても生命の犠牲まではそこには含んでいないというふうにこれは考えざるを得ないわけでございまして、あくまでこうした究極の選択はまさに個人の自己決定に委ねられている、つ
○参考人(棟居快行君) 今御紹介にあずかりましたように、二年ばかし前になりますが、中央公論社のお力によりまして全国から前文案の募集をいただきまして、そのうち私なりに幾つか特徴のはっきりしたものをピックアップいたしまして、コメントを付けて誌上で発表させていただいております。 そこで感じましたことは、かなり類型化ができるんだなということが一つです。つまり、幾つかのパターンというのがこれは出てまいると。若い世代で多いのは、やはり環境を前面
○参考人(棟居快行君) 先生のような熟練した船長であれば、北極星だけを見ておって十分航海は可能だと思います。つまり、常に究極の基本原則から今日的な意味を読み取りながらそれを政治に反映するということが、これはもちろん可能だということは、可能性としては言えると思うんですね。 しかしながら、他方では、すべてマニュアル化しておる世の中だからというわけではありませんが、非常に複雑で多種多様な大事件が続発するという中で、もっと言わば地べたに足の
○参考人(棟居快行君) 棟居でございます。 お手元に憲法前文の意義と役割という二枚ばかりのレジュメをお配りさせていただいております。これに即してお話をしますが、若干いろいろなエピソードを混ぜたりすると思います。お聞き苦しい点があれば御容赦ください。 さて、憲法前文の役割ということですが、これはもちろん現行憲法、すなわち日本国憲法の前文が現にどういう役割を果たしておるのか、あるいは戦後果たしてきたかという現状認識の問題のみならず、
○参考人(棟居快行君) 今、福島先生がおっしゃいました最初の点は、私もかねてから問題として感じておりました。すなわち、九条あるいは平和主義というもの、これはあたかも日本国憲法の柱であるかのように従来憲法学者を中心に説いてきた感もあります。しかしながら、この九条あるいは平和主義というものは当時の言わば苦渋の決断として出たものであり、これは背景には天皇制を守るということもあったかと思いますが、苦渋の決断というのは要するに武器を持たないと、武
○参考人(棟居快行君) 私も、もとよりそのように考える次第でございます。ただ、私、先ほども申し上げようとした点なんですが、つまり世界に向かって、どのような日本国であり、日本国民への統合がなされておるのかという、この国家像あるいは国民の共有する理念というものをまずもって発信をするということが大事であり、そのような形で世界の一員として再デビューいたした上で、そのような日本あるいは日本国民はこの国際社会の中でどのような役割を果たすべきか、どう
○参考人(棟居快行君) 私、全く同感でございまして、先ほど時間的に配分が悪くて十分なことが申せませんでしたが、国民の自由な自己決定と自己責任という形で国家と国民の間の線引きを立て直すということが当然ながら必要であるということに加えまして、とりわけ日本は人材しか資源がございませんので、そして戦後日本を支えたのも結局は人であったと思いますので、これは大人も含めた意味で私は使っておりますが、学習権、すなわち自分がより学びたいというときに様々な
○参考人(棟居快行君) 私は、やや低次元のといいますか、つまらない規範の話をまずさせていただきたいと思うのですが、先ほども申し上げましたように、前文そのものはなるほど裁判所で直接に効力を有する裁判規範ではないと、このように考えるべきであろうと思います。しかしながら、他方で、本文の個々の条文、これは裁判所でも大方は通用するわけでございますが、そのような本文の個々の条文をどのように読むか。これはこれで、やはり憲法の条文というのは本文も含めま
○参考人(棟居快行君) 必ずしも直接的なお答えになるのかどうか分かりませんが、私も、憲法は、これは法典の一種である以上、いかに特殊な法典であるとはいえ、これは法律としての明瞭さ、意味内容の一義性、これをやはり持つべきであると。各人各様が様々な解釈をすることができて、同床異夢状態で、したがって言わば共通のテーブルとして機能できるというのは、一つの政治的、戦略的な憲法の位置付けとしてはあり得ても、どのみちそう長続きするものとも思えませんし、
○参考人(棟居快行君) 今、憲章のような法律ではない形で、一つ一つ、例えば教育、環境といった分野ごとの基本原則を確立していくという、こういう個別具体的なやり方という言葉がいいのかどうか分かりませんが、アプローチの方が好ましいという、あるいは御趣旨が込められておったかと思うんでありますが、やはり私は、憲法前文のような形で、そこには一つの国民の意思、大げさに言えば国家意思というものを出す中で、その様々の諸原則の間の言わば序列付け、相互の線引
○参考人(棟居快行君) もちろん、日本国憲法に示されておるような諸原則は歴史的な世界の、人類の到達点であり、何人もその価値は否定できないところであろうと思います。 しかしながら、我々に必要なのは、我々と申しますのはこの日本国民であり、今いかなる国家像を描くかということに関心を持つ、とりわけ日本国民あるいは先生方のことを、私も含めさせていただいて今指しましたが、こうした現時点での我々の考察にとって必要であるのは究極の理想というよりは、
○参考人(棟居快行君) 田先生の御指摘のうち、あるいは御質問には入っておらないのかもしれませんが、まず、今、現状に引きずられると、そうした中で憲法論議が漂っておるんじゃないかといった御指摘があったと思いますが、これは、私の先ほどの報告のスタンスから申し上げますと、やはり国家像というものが一つ先行しておらないからこそ、あれやこれやの大事件に引きずられてしまうと。やはり国家像という一つのくいを打たなければいかぬのではないかなというふうに思っ