「森清人」の過去の国会発言

発言数 15件

初発言日: 1957-05-08  /  最新発言日: 1957-05-08  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 先ほど神武東征は侵略主義、征服講義ではないと私は考えるということを申しましたのは、これは私が勝手に申し上げるのじゃなく、日本書紀をよく読んでみますとそういうふうになっております、先ほども申しましたように、記紀の神武天皇記には「言向平和」、つまり「ことむけやわし」というようなことが数個所に書いてあります。それから先ほど言いました「鋒刃の威をからず」、これが神武天皇のほんとうのお気持であったろうと考える。ただ実際においてはやはり

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 今、二つのことがあったと思いますから、まず前段の問題についてお答えいたしたいと思います。たとえば古い古事記、日本書紀でも、最近、民主主義の今日になりましてから私どもがまた見てみますと――私はここが学問というものはきわまりがないと思いますが、昔私どもの見ておったと違うような意味で非常に感激し、あるいは教えられたことがあるのです。たとえば民主主義というものは、申すまでもなくこれは国民、人民中心でございますが、今まで私どもが何十年

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 それは今申しましたように、仁徳天皇に至って突如としてそういう思想が出たのではなく、古くすでに神武天皇の詔勅の中にも、そういう民の利になることであるなら聖人君子の作ったものもたがえて差しつかえないというようなことがはっきり示されておりますから、やはりこういう考え方は国初以来あったんだと私は思います。それがまた大陸の思想が入ってきてみがきをかけられたとか、あるいは足らぬところを補ったとかいうことはだんだんあると思います。

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 ただいま紀元節復活の問題は非常に大きな社会問題となっておりますが、先般内閣委員会の方から議事録を送っていただきまして、それを拝見いたしまして、賛否両論の方がこの問題につきまして非常に真剣に討議をしておられますことを知りまして、深く敬意を表する次第でございます。 あの議事録を私はかなり入念に拝見いたしましたが、結局問題をしぼってみますと、反対の方の御意見は、建国記念日を設けること自体には反対ではない。しかし二月十一日という

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 おそらくただいまの御質問を簡単に申しますと、ああいう八紘一宇の精神が盛んに利用されたといったようなものだと思いますが、先ほど小野先生のお話にもございましたように、あの八紘一宇の詔勅というものをすなおに正しく読んでみると、あれは決してそういったような武力をもって四海を統一するといったようなものではございません。ただいまの御質問はそういう危険性を持ったところがあるということでございました。それはなるほど人間が理屈をつけてあくまで

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 日露戦争までの場合と今度の大東亜戦争の場合は多少違うと思います。これはあの当時の、大東亜戦争の開戦直前の状況などを見ますと、日本としてもずいぶんアメリカあたりの圧迫を受けておりますし、ずいぶんやむにやまれぬこともあったろうと考えます。しかしながら、一方においてこれは言葉の表現で非常にデリケートな問題と思いますが、日本の国力が貧弱であったために、南方あたりを軍事上必要であったということは、軍部の人あたりからいうと当然であったか

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 なるほどただいま御質問がありましたように、「撃ちてしやまむ」という言葉はございます。これは御製として出ております。これについて私が申し上げたいことは、「撃ちてしやまむ」ということはかなり徹底した表現なんです。ところがごくわかりやすい、世俗の言葉でこれをたとえて申し上げますれば、容易に怒らない人がどうしても相手の不正に対して沈黙することができなくて、そうして沈黙を破って敢然として立ったときの非常に強い激しい言葉です。私はそうい

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 ただいまのお説は一応ごもっともでございますが、お考えの根本においてちょっと違うと思います。私は、教育の力というものを非常に強く見ておる。教育の力というものは、ある場合には剣よりも強い。従って、今お話がございましたように、ああいう大きなあやまちを犯したのは、結局明治以来のあの軍国主義的教育の欠陥だと思います。とにかくお互いに――あなたもそうと思いまするが、私ども明治、大正の教育を受けた者が、われわれの受けた教育を反省してみると

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 ただいまああいう古いものはやめてもっと新しく生れ変ったらどうかということでありましたが、私は古いとか新しいとかいう問題ではないと思う。道理にかなっているか、正しいか正しくないか、あるいは道に即しているかどうかということが問題だと思うのであります。 〔委員長退席、床次委員長代理着 席〕 それからまたもう一つは、私どもがとにかく日本に生まれたということは事実なんです。日本人として日本に生まれたということは事実なん

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 新しい科学的の必要なこと、これは私も同感でございます。しかし決して古いものも私は正しいものであればじゃまにはならぬと思う。ただいまのこういう世の中になって古事記なんかの古いことを言ったって子供たちは聞きはせぬ、それがさっき私の申しました教育の偉大なるところです。終戦後はそういうような教育をしておったのですから、まるで人間が生まれかわったようになってしまったのです。そこが私の言う教育の力の偉大なるところです。ですから何も古事記

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 ただいまの御質問は、ああいう悪用されたような悪い印象のある建国記念日あるいはまた将来もそういう悪用される危険のあるものを無理にせぬでも、何も傷のついてないような新しい、たとえば仁徳天皇の詔勅にちなんだ日をやったらいいんじゃないか、これは一応ごもっとものお考えと思います。私の考えておりますことは、私は今日まで詔勅を通じて見た、あの詔勅に示された日本の道は、古今を通じてあやまらない、中外にほどこしてもとらないということを信じてお

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 先ほどちょっと申しましたが、神武天皇の詔勅の中に「夫れ大人の制を立つ、義必ず時に随ふ。」という言葉がありまして、そう御心配になることは、少くとも私個人はそうこだわっておりません。たとえば私の紀元論にしても、紀元論の欠点をついて直していただけば、いつでもそれに従うということを言うておるものでありまして、私はちっともこだわっていない。ですから右翼団体がどうこうということがございましたが、これは九千万国民から見ますればごく少数の人

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 確かに統一したと申しますか、まとめたと申しますか、それはそうだと私も思うのです。ただ先ほど和歌森先生のお話の中に、国家のことが出て参りまして、国家の成立がいつかというような問題がいろいろ出て参りましたが、その国家というもののもとを開くといったような意味における統一と申しますか、取りまとめたというか、そういうもとを開かれたものだと思うのです。そのもとを開くについて、どういう精神あるいはどういう考え方でこれを統一し、あるいはまと

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 それはただいまお話にもございましたように、仁徳天皇の詔勅には、明かに「夫れ天の君を立つることは、百姓の為なり。然らば即ち君は百姓を以て本と為す。」云々という言葉がございますが、これは支那思想だというお話でございますけれども、そう簡単に私は断定できないと思うのです。というのは、これはもっと古い仁徳天皇以前の詔勅にそういうことがたくさん出ておりまして、たとえば「百姓を以て本」――民が本だという考え方は先ほどからしばしば問題になっ

1957-05-08 衆議院

内閣委員会公聴会

○森公述人 申し上げますが、もちろん日本の文化の中には大陸の文化の影響ということはたくさんございます。古くは武帝の楽浪四部の設置以来ずっと百済を通じて盛んに大陸文化を輸入しまして、まず一番最初に影響を与えましたのは、楽浪文化でありまして、大陸文化の影響があったということは何人も否定できない。またむしろ逆に申しますれば、日本人はそういったような、どんどん大陸の文化を取り入れるといったような積極的な面も持っておったと思うのです。よくいわれま

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