国土総合開発特別委員会
○永田参考人 基礎調査ができていないということは、お説の通りで、まことに遺憾であります。こういう公庫のごとき機関が、ある一つの事柄を取り上げますためには、基礎調査は参考になると私は考えております。私どもの従来の経験もまたそうでございます。しかし、こういうものを運営されます理事者の方々は、たとい、いかなる基礎調査がありましても、みずからの機関、みずからの目で見、みずからの手でもって一つの調査をしなければ、判断はできないのであります。従って
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発言数 7件
初発言日: 1956-03-30 / 最新発言日: 1956-03-30 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○永田参考人 基礎調査ができていないということは、お説の通りで、まことに遺憾であります。こういう公庫のごとき機関が、ある一つの事柄を取り上げますためには、基礎調査は参考になると私は考えております。私どもの従来の経験もまたそうでございます。しかし、こういうものを運営されます理事者の方々は、たとい、いかなる基礎調査がありましても、みずからの機関、みずからの目で見、みずからの手でもって一つの調査をしなければ、判断はできないのであります。従って
○永田参考人 それでは意見を申し上げます。大体は今黒沢さんからお話のありましたようなことで、ほとんど尽きているかと思います。御承知でもありましょうが、審議会の建議案ができます場合に、私は直接それに関係しておりました一人でありますので、黒沢さんの申されましたことをもう少し補充をして申し上げます。 結論がら先に申し上げますが、今日ここに出ておりますところの公庫法案というものは、われわれが検討し、考えました方法に幾段階かあるのでありますけ
○永田参考人 機構の問題のことは私にはわかりません。 基礎調査の足りないことはまことに痛感しております。 第三点のこういう公庫のようなものができた場合には、いわゆる利権屋——厳密に言うと、どういうことかわかりませんが、利権屋がこれをどうこうしやしないか、こういう御懸念のお話がございました。私は北海道で当時特殊銀行——やはり政府の息のかかった特殊銀行でありましたが、北海道拓殖銀行に三十数年間勤めさせていただきまして、みずから北海道
○永田参考人 お話の通りでございまして、経過から申しますと、小平さんも委員であられましたが、お互いに初めは諮問機関という考え方から、参与会という名前を作った。だんだん御討論が進みまして、決議機関ということになりました。しかしそれは諮問委員会であろうと、決議機関であろうとも、いずれもねらっておるところはどこであるかというと、大切なる国費を使うのでございますから、国費を使うために最も有効適切なように、委員の方々には、先ほども申し上げましたよ
○永田参考人 私はこういうことに考えております。公社という名前が公庫という名前に変りましたのは、どういうわけであるかということを私は当局に伺ってみました。ところが、日本の現在の立法の慣例といたしまして、みずから事業を直営するものは公社という、そして直営せざるものは公庫というのだ、これが日本の言葉の使い方だ、こういうことであります。私は公庫というのは。直ちに金融機関であるとは考えなかった。ただ当時のわれわれの案は、直営をしないのであります
○永田参考人 お話のありました通りに、審議会におきましては、私どもも賛成どころではない、そういう考え方で進んできたということは間違いないことでございます。しかしそれは先ほども申し上げましたように、少くとも五十億以上の資本であって、そして債券発行限度は五倍近所である、しかもその場所は東京である、そういうような一体をなした案として、しかもその機関は出資が主である、こういうことと一体になって、そういうことを考えたわけでございます。ところが今日
○永田参考人 こういうことならば、別に機関を設けなくてもいいじゃないかというお尋ねでございます。それは先ほど申し上げましたように、北海道としてはぜひほしいのでありまして、こういうのが要るのでありますが、しかし、これは最小限度の案であろうということを申し上げたのであります。しかし、これは審議会の過程においても、それならば、開発銀行の北海道に対する金のワクを広げて、そうしてやらせたらいいじゃないか、あるいはもっと極端にいうならば、それに利子