国土総合開発特別委員会
○渡辺参考人 シャフト・キルンの製品につきましては、ただいま仰せの通り、日本では宇部以外には、今度初めてこの会社が計画をいたしましたわけでございまして、機械の外国に注文いたしましたものも全部入荷しておるようでございます。それで、どうしても。当初の計画通りこれを遂行しまして、製造並びに販売等についても、でき得るだけ容易にこれらの処分ができまするように考えております。 それから、ただいまも申し上げました通り、ロー夕リー・キルンは、これに
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発言数 11件
初発言日: 1957-11-08 / 最新発言日: 1957-11-08 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○渡辺参考人 シャフト・キルンの製品につきましては、ただいま仰せの通り、日本では宇部以外には、今度初めてこの会社が計画をいたしましたわけでございまして、機械の外国に注文いたしましたものも全部入荷しておるようでございます。それで、どうしても。当初の計画通りこれを遂行しまして、製造並びに販売等についても、でき得るだけ容易にこれらの処分ができまするように考えております。 それから、ただいまも申し上げました通り、ロー夕リー・キルンは、これに
○渡辺参考人 会社の投融資の点はただいまおっしゃる通りでございます。 それから仕事の内容につきましては、大体新造船の程度は三千トン以内であります。千トンないし三千トンぐらいの新造船、それから修理と仕事の割合は、大体五割々々くらいの予定で考えております。 それから新会社の発足は、私どもとしては、でき得るだけ急いでおりますのですが、これもまだ認可申請を近日出すのでございまして、政府の認可のあり次第、早急に着手したいという考えでござい
○渡辺参考人 去る八月、私が開発会社の総裁の任命を受けまして以来、さっそく在来の東北興業時代にやっておりました事業の実地について調査をいたしましたのですが、岩手セメント工場につきましては、当初十四億円の計画でありましたようで、さらに鋼材等の値上りのために、後に一億五千万、総計で十五億五千万円の予定で工事を仕上げるということになっております。ところが、実際に行ってみますと、その内容について、いまだずいぶんこれを増強しなくてはならぬというこ
○渡辺参考人 操業につきましては、ただいま、設計の変更等に時日を要しましたので、これをいろいろと操業開始のために工事の促進をはかっておりますが、ただいまのところでは、明年の六月に操業を開始する予定でございます。それからサイロにつきましては、従来の設計は、サイロの数も少うございました。ところが、全体のセメント業界を見ましても、約一カ月間くらいのストックは必要とするのでございまして、そういう点で、クリンカーのサイロ並びに製品のサイロ等を増設
○渡辺参考人 石灰焼成炉の製作でございますが、これはよく調べてみますと、本年の五月に認可になったようでございます。それで、その後いろいろな、ただいま東北興業会社の開発会社に移ります変更等のために、そういう方面が少し進捗がおくれておったと思うのでございます。それで、ただいま私どもそれを早く完成するために、いろいろと社内におきまして検討いたしまして、少くともその工事は、今年の十二月末ごろまでにこれを完成するような予定をもって、今工事の促進を
○渡辺参考人 ロータリー・キルンの一基の増設につきましては、将来の販売面から考えまして、製品の販売面を非常に容易にするために、それからもう一つは、生産の増強をはかりまして、全般的なコストの引き下げを企図するために、三十三年度におきまして、キルン一基の増設を計画をいたしまして、ただいま政府の方にこれを大体申し出る予定で作業をいたしております。
○渡辺参考人 はあ。
○渡辺参考人 過去のことにつきましては、私の就任前のことでございましてわかりません。それから今後そういう問題は、ただいま政務次官のおっしゃった御方針に私どもも沿うていく、こういう考えであります。
○渡辺参考人 ただいまの第一の御質問の東北船渠の再建につきましては、当初からこれをどうしてもやってほしいという御要望がございましたので、私どもとしましては、その再建の前提であります旧会社には約三億円ほどの負債がございました。これを大体三分の一に切りまして、一億程度でもって債務の処理をしまして、この再建に着手したいという考えで、その処理につきましては、宮城、福島両県知事をあっせん役として、いろいろ交渉を進めておりましたところ、これが大体九
○渡辺参考人 はあ。
○渡辺参考人 私、就任をいたしましてから、東北七県の各地を回っておりますので、あるいは仙台を留守にすることも多かったと思います。また、いろいろこの事業計画等につきましては、企画庁初め関係各省ともいろいろな折衝もございまして、どうしても今日まで約半分ぐらい留守になったと思いますが、私もでき得ますだけ、政府にでき得る範囲一つ御委任を願いまして、自分も大いに自由に自分の力を発揮して、この開発のために邁進したいという考えでおります。