東日本大震災復興特別委員会
○熊坂参考人 私たち被災者、被災地も、自立に向けて最大限の努力をしてきております。しかしながら、どうにもならない部分というのはありますので、政府は、決して被災者、被災地を見捨てない、これからも応援していくというサインと政策をこれからもさらに強力に続けて出していくべきだというふうに思っています。
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発言数 9件
初発言日: 2017-05-25 / 最新発言日: 2017-05-25 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○熊坂参考人 私たち被災者、被災地も、自立に向けて最大限の努力をしてきております。しかしながら、どうにもならない部分というのはありますので、政府は、決して被災者、被災地を見捨てない、これからも応援していくというサインと政策をこれからもさらに強力に続けて出していくべきだというふうに思っています。
○熊坂参考人 御紹介をいただきました、社会的包摂サポートセンターの熊坂でございます。 本日は、本委員会にお招きをいただき、発言の機会を与えていただきましたことに対し、鈴木委員長を初め関係各位に御礼を申し上げます。 早速、お手元にお配りいたしました資料をもとに、よりそいホットラインの相談内容の分析から、被災者の心のケアが求められている現状について報告をさせていただきたいと思います。この資料にお目通しください。 まず初めに、より
○熊坂参考人 阪神・淡路大震災で被災されたというふうに、中野委員が御自身の経験を今お話しされました。 私も、実家が福島で、宮古に住んでおりますので、さまざまに被災者に寄り添ってきたわけでございます。また、よりそいホットラインをやりまして、私自身が知らなかったこと、私自身が全く見えていなかったということ、大変いろいろなことが浮き彫りになってきております。 震災直後は私も思わなかったんですけれども、いろいろなことがだんだんとわかって
○熊坂参考人 もともと、東日本大震災を受けた特に沿岸の地域は司法過疎地帯でありまして、私も市長のときに当時弁護士が一人しかおりませんで、そこで、ひまわり基金法律事務所、そして間もなく法テラスの方に開業していただいたわけですけれども、そこに震災を受けまして、今回震災特例法が出まして、無料で相談を受けていただけるということは、大変に私たち被災地にとりましてありがたいことだったというふうに思っております。 今、橋本委員のお住まいの大船渡や
○熊坂参考人 東日本大震災のとき、私は自分の医院で診療をしておりましたけれども、私の医院にかかっている方が百三十人亡くなられました。それから六年二カ月、その家族の方に寄り添ってきたわけでございますけれども、診療とあわせて、よりそいホットラインをつくらせていただきました。 先ほど委員から可視化するというお話をいただきまして、大変ありがたい御提案だと思っております。やはり、実像を可視化していくことが次の対策につながっていくというふうに思
○熊坂参考人 今回、横浜で福島から避難したいじめの問題が出る以前から、よりそいホットラインにはたくさんのいじめの相談がありました。それをいずれ公表というか、どういう形で公表していったらいいかなということを思って報告書等には書いていたんですけれども、その横浜のことをきっかけに、たくさんあったと。新潟であったり、あるいは関西学院大学とかいろいろなところであったということでございますので、AV被害者の事例もそうですけれども、やはり見える形にし
○熊坂参考人 今委員のおっしゃったとおり、私の参考人陳述の中でもお話ししましたけれども、地域によってはだんだんと支援者が減ったり縦割りの中で弊害が出てきておりますので、それぞれに支援団体が連携をしながら、一人一人に寄り添ってやっていくことがとても大事なのではないかなというふうに思っております。 福島と宮城、岩手では大分状況が違いますので、福島は福島で、私の実家ですけれども、大変重い課題がありまして、そこは別にやっていかなければならな
○熊坂参考人 委員から大変いい御質問をいただいたと思っています。 よりそいホットラインの趣旨もそうなんですけれども、なぜ、よりそいホットラインに一日三万件の受電があり、年間一千万件を超える電話があるのか。これは、二十四時間三百六十五日、何でも相談だからですね。 私も市長をやっていたときにはわかりませんでしたけれども、対面窓口というのは、DVのことを考えたり、あるいは自分の家庭内のこととか病気のこととかを考えたときに、まず行けない
○熊坂参考人 私も福島県人でございますので、今回のいじめの問題につきましては大変心を痛めております。 なぜなのかというその背景ですけれども、いろいろ考えると、私も、戊辰戦争までさかのぼると、白河以北一山百文とか、あるいは蝦夷(えみし)退治みたいな、そういったところまで東北に住んでいると実は行き着くのかななんて思ったりします。 この差別の問題ですけれども、もしクラスにそういう子が入ってきたら、みんな、その雰囲気の中でそういうことが