東日本大震災復興特別委員会
○参考人(熊本美彌子君) 御質問いただきまして、ありがとうございます。 私どもがこの原発事故の大災害を経験しまして思うのは、やはり災害救助法が非常に古い法律ですので今の時代に合っていないのではないかと思われることが多々あります。例えば、避難所などで、開設されたときに、食料をいただく、おにぎり一つをもらうのに何時間も行列しなければもらえないというのを経験しました。そういったことからすると、前、イタリアの、やはりイタリアも非常に災害が多
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発言数 8件
初発言日: 2018-07-11 / 最新発言日: 2018-07-11 / 1 ページ目 / 全体 1ページ
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○参考人(熊本美彌子君) 御質問いただきまして、ありがとうございます。 私どもがこの原発事故の大災害を経験しまして思うのは、やはり災害救助法が非常に古い法律ですので今の時代に合っていないのではないかと思われることが多々あります。例えば、避難所などで、開設されたときに、食料をいただく、おにぎり一つをもらうのに何時間も行列しなければもらえないというのを経験しました。そういったことからすると、前、イタリアの、やはりイタリアも非常に災害が多
○参考人(熊本美彌子君) 避難の協同センターの世話人、熊本と申します。 私は、原発事故で、田舎暮らしをしていた福島県田村市から東京に避難しました。私の福島の家は原発から三十・五キロのところにあります。二〇一一年の九月末まで緊急時避難準備区域とされて、除染も済んだとされているところですけれども、二〇一五年十二月に玄関先三メートルのところの土の放射性セシウムの量を測りましたら平米当たり八万ベクレルありました。これは、放射線管理区域の基準
○参考人(熊本美彌子君) 御質問ありがとうございます。お答えさせていただきます。 私どもは、復興庁の調査というのが本当に区域外避難者たちの相談の本当の拠点になっているのだろうかという疑問を持っております。避難の協同センターに寄せられた相談は非常に深刻でありまして、例えば川崎の雇用促進住宅で去年の三月に、まだ四十代の男性だったのですけれども、体を壊して仕事ができない状態でいるときに、もう住宅の提供は打切りだと、だから出ていけと言われた
○参考人(熊本美彌子君) 私どもは、やはり生活の実態が明らかになるような調査をしていただかないといけないと思っております。それから、住宅の提供の打切りがありましたけれども、その後どういう変化があったのかということを是非知りたいと思います。それから、みんながなかなか生活が苦しいとおっしゃっていますけれども、収入がどのくらいあって、そして今住んでいらっしゃるところの家賃がどのくらいあるのか、その比率を知ることも大事なことだと思っております。
○参考人(熊本美彌子君) 私どもは、まず最初に福島県がやるべきだというふうには考えているんですね。というのは、住まいの提供の打切りをしたのは福島県ということになっております。しかし、この原発事故というのは国の責任ということもありますので、その責任を果たす上で復興庁にきちんと対応を取っていただきたい。まず、実態を知ることから始めなければいけないのではないかというふうに考えております。
○参考人(熊本美彌子君) 私どものところに直接相談があるケースと全くないケースがあると思うんですね。私どもが把握できるのは相談があるケースしかありません。そのケースだと、やはり今御質問のありましたとおり、自死に至るというケースというのを私どももたくさん対応しておりまして、何件という数で申し上げるのは非常にちょっと難しいんですけれども、こういった精神的な障害を負った母子家庭の母親というのはやはり回復するのはとっても大変で、ちょっと対応を間
○参考人(熊本美彌子君) 私は、夫と一緒に田舎暮らしをしようと思って六十歳で移住をいたしました。私は、福島で無農薬で野菜、有機栽培をしていたのですけれども、無農薬というのは、有機栽培というのは、例えば、山から落ち葉を拾ってきて、そして周辺の牛を飼っている農家から牛ふんだとか何かをもらってきて堆肥を作って育てていたんですね。 ところが、原発事故になりましたので、山から落ち葉を拾ってくることはできません。それから、周辺の農家で飼われてい
○参考人(熊本美彌子君) 二重の住民登録というのは、何か非常に難しい感じがしています。 私自身は、田舎暮らしをしようと思って移住をしたという、そういう立場からすると、住んでいるところで住民登録をするというのはごく普通のことであるというふうに考えていたんですね。だけれども、避難者とお話をしていますと、やはりどうしてもふるさとへの思いというのを断ち切れない。 私は、住民票というのは今は東京に移しておりますけれども、そのきっかけという