「玉木正男」の過去の国会発言

発言数 23件

初発言日: 1980-03-27  /  最新発言日: 1984-06-28  /  1 ページ目 / 全体 2ページ

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1984-06-28 衆議院

災害対策特別委員会

○玉木説明員 お答え申し上げます。 学校給食センターにつきましては、活動火山対策特別措置法第十三条に規定します「教育施設」としての指定はされていないわけであります。したがいまして、同法に基づく補助は行っておりません。 なお、当該地域内におきまして学校給食センターが新増築または改築をするような場合につきましては、現予算の範囲におきまして降灰防除施設についても補助対象としているというのが現状でございます。

1983-05-18 衆議院

農林水産委員会

○玉木説明員 お答えいたします。 学校給食用の物資の購入につきましては、良質の物資を適正な価格で安定的に供給するということを旨として行っているわけでございます。御指摘の脱脂粉乳の購入についても、外国産のものを安価な価格で輸入して給食費の父母負担の軽減に配慮をしているところでございます。昭和五十四年度、五十五年度の国内産の脱脂粉乳の購入につきましては、国産余剰脱脂粉乳に対する緊急の特別措置として農林水産省から強い要請がございました。そ

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 疫学的調査についてお答えいたします。 〔竹内(黎)委員長代理退席、委員長着席〕 ただいま先生からお話がありましたように、多数の人数につきまして長年月にわたりまして近代的な統計数学を利用して、いろいろな疾患を追求しているのが疫学でございます。 初めに申し上げますと、この原爆放射線の影響につきましては、ちょうど伝染病の場合と同じ言葉でやはり潜伏期という言葉がございまして、昭和二十年でございますから三十何年たっ

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 それはその中から、特にその時点で広島、長崎、すなわち研究所の近くにお住まいになっている方を中心にしてこの調査の集団と申しますか、それを確立させてもらうという趣旨に出たものでございます。

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答えいたします。 集計いたしますと、私どもの方が解剖に関係させていただきましたのは五千体を少し出るという数でございます。それから、その資料は保存されております。特に記録とか部分的な重要な臓器の標本などですね。

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 なお一層ただいまの御趣旨に沿って努力させていただきたいと存じます。 一例を申しますと、病理部の方では、私どもの幹部が定期的に全く随意的に、何と申しますか、ボランタリーに自分の考えで時間を割いてお伺いして、いろいろ病理の標本などについて討議会に列席させていただいているということもございますのですが、なお一層努力させていただきたいと思います。

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 ただいま森井先生から、初め米国が設立いたしまして五年前に日米合同の研究所に移行したわけでございますが、そのことを御説明いただいた次第でございます。そうして、現在、その代表者としてどういう印象を国会へ出て持っているかというお尋ねでございます。 ちょっと一言申し添えますと、私この放射線影響研究所の理事長職を仰せつかりまして勤務させていただくことになりまして一年九カ月になるかと存じます。一年九カ月前に就任いたしまして、この研

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 現在のところは、この放影研というのは日米両国政府の合意に基づいて日本国政府と米国の政府と同じ額の年間の経費を支出して運営する、そういうことになっているのでございまして、二、三ただいま御指摘ありました点、ぴたりといいますか、本当に私、おっしゃる面が多分にあると思います点もございますけれども、私、理事長としての職を運営するについて、こういう形式がいまのところ大きな支障はないように感じておるのでございます。

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 繰り返しになりますが、いまの時点では、調査の資料で個人の名前が出ております資料を研究所外に出すということについては、その御本人のちゃんと署名された御依頼がある、そういう形式の書類があるのでございますが、それを確認してその方にお渡しする、あるいは郵送する、そういう方式をとってまいっております。現在もそうなんでございますが、私、いまの時点で申せることは……。 〔委員長退席、竹内(黎)委員長代理着席〕

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 ただいま私どもにとりまして、いままでもそうでございましたけれども、今後なお一層本当に心してこの私どもの仕事を行わなければならないと思いますその重要なことを、お話しいただいたと存じます。 先ほどお話がございましたように、二十二年に発足いたしました。初めは、広島市内は御承知の状況でございますから、呉市にささやかな研究施設を持ってスタートしたのでございます。それから一年後に、これは厚生省あるいは日本の国がこの原爆被爆者につい

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 ただいまお話しの比治山から町の中へおりたらどうだという地元の御要望があるということを以前からときどき承っておりました。ごく最近、広島市の当局から非公式にそういうお話もあったのでございます。いろいろの条件が整いますならば、研究所の事業に差し支えない、あるいはそれどころかなお一層仕事が能率よく行われるということを前提にいたしまして、関係方面にお願いしてこの問題を進めさせていただけるのじゃないかと考えている次第でございます。

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答えいたします。 ございます。それは、昭和二十五年十月一日に全国にわたって国勢調査が行われましたその時点で、原爆被爆者生存者の氏名、それから生年月日、それから男女の別、それから昭和二十五年国勢調査の時点での現住所、それだけが記録に残っております。(大原委員「何名ですか」と呼ぶ)合計を申し上げます。全国で二十八万三千五百八名の方が広島または長崎、広島から長崎に移って両市で被爆された方がごくごく少数あるそうでございますが

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答え申し上げます。 先ほども放影研、ABCCからの学術報告、論文ということを申しましたが、その中には統計はございますが、あるいは特定のある病気についての例なら例があったということは出ておりますけれども、個人のお名前は一切出ていないのでございます。私ども、ABCC以来、現在も同じでございますが、調査の資料、特に個人の名前の出るようなそういう資料が外部に出るということについては、もう必要以上と思われるぐらいにプライバシー

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 氏名はわかっております。その住所は、先ほど私もしもはっきり申しませんでしたとすれば申しわけございませんが、昭和二十五年十月一日、全国で国勢調査が行われましたときのその方々の現住所でございます。現住所という言葉があいまいであったかもしれませんが、そのときの住所でございます。当然、調査員が回られたわけですからわかるわけでありますが、現在の時点での住所ではございません。

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答え申し上げます。 病理解剖をいたしますと、これは全身の検査をさせていただくわけでございます。当然考えられることでございますが、特に被爆早期には爆風による力学的な影響、それから当時の日本人全体、特に被災地での栄養の状況、またそういうふうな状況では体の外から入りますいろいろな病原体、ばい菌などの感染が普通の人の場合よりはひどいということもございます。それからもう一つは、問題になっております原爆の放射線の影響、そういう幾

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答えいたします。 調査の材料、特に解剖されたケースのその材料が米国へ持って帰られた、論文とか資料という文書でなしに、それはABCCがスタートします前後、それより以前のこと、少なくともその時期のものが大部分ではなかろうか。そして、それは私、ちょっといま思い返しましたのですが、新聞報道でその一部は日本に返還されたということも耳にいたしておりますのですが、調査中でございますが、それが私の放影研の方に返ってきたということはい

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答え申し上げます。 原爆被爆者の医学的な調査で観察されます特徴というお話でございますが、けさほどもちょっと申し上げました私どもの研究所は、実質上動き出しましたのは原爆被爆後まず三年ないし五年以後でございまして、いわゆる急性の症状といいますか、被爆直後のものは大変重症の、むろん致命的なものがたくさんあったわけでございますが、そういうものは私どもの調査の対象に含まれないと言っていいかもしれません。スタートしたのが、先ほど

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答え申し上げます。 特に長崎では西山という谷合いの地区に放射性降下物が風に吹かれて落下いたしました。そして、それが他の長崎の地区に比べて、もう問題なしに計測しまして多いということがわかっているのでございます。その物質は放射性のセシウムなどでございまして、放射性物質の寿命といいますか、半減期が長いものですから、いまでも少し土壌など、植物などを調べると多いということを聞いております。それがあの程度でどれだけ人体に影響があ

1980-03-27 衆議院

社会労働委員会

○玉木参考人 お答えいたします。 第一のお尋ねは、被爆二世について現在どういうような研究が行われているかというお尋ねでございますが、けさほどもお答え申し上げましたように、疫学的な調査では、いまのところ、先天性の異常と申しますか、生れつきの異常が、被爆されなかった集団に比べて発生率が多いという成績は出ておりませんが、なお検討を重ねております問題がいろいろあるのでございます。 それから、これはいまのところ見つからないということだけで

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