国際経済・外交に関する調査会
○参考人(福永正明君) 今日はお招きいただきまして、ありがとうございます。岐阜女子大学南アジア研究センターの福永でございます。よろしくお願いいたします。 レジュメが小さな字で四ページ、ぎっしり詰まっておりまして申し訳ございません。全部を読み上げるつもりもございませんが、一応事実関係なども含めましてここに書き込んでございます。 これに従いましてお話しさせていただくんですが、まず一つは、本年の一月十八日にインドがICBM、アグニ5と
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発言数 25件
初発言日: 2017-04-28 / 最新発言日: 2018-02-21 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
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○参考人(福永正明君) 今日はお招きいただきまして、ありがとうございます。岐阜女子大学南アジア研究センターの福永でございます。よろしくお願いいたします。 レジュメが小さな字で四ページ、ぎっしり詰まっておりまして申し訳ございません。全部を読み上げるつもりもございませんが、一応事実関係なども含めましてここに書き込んでございます。 これに従いましてお話しさせていただくんですが、まず一つは、本年の一月十八日にインドがICBM、アグニ5と
○参考人(福永正明君) 日印原子力協定については昨年七月に発効したわけですけれども、やはり私自身思いますのは、インドがNPT、核拡散防止条約に入らないまま日本がこういう条約を認めた、あるいは締結したということについては、非常に残念に思っております。 インドが広島、長崎の原爆のことをずうっと気にしながら活動し、しかしながらその中で独自性ということで過去二回核実験を行った。そういうときに、やはり日本はもう一つ押して、我々と協力するために
○参考人(福永正明君) インドといいましても非常に広くて、御承知のように、一枚の紙幣に十七言語書いてございます。様々な国際会議、あるいはインドの国会でも全員がレシーバーを付けて通訳入りで話をする、NGOであるとか市民団体の人たちもほとんど英語以外ではもうコミュニケーションができないというような状況。その広大さと様々な文化が複合されております。 ですから、我々は、やはり日本は丁寧にインドの人たちと話し合いながら様々な問題を、といいまし
○参考人(福永正明君) ありがとうございました。 日本とインドが飛躍的にやはり二〇〇〇年代に入って関係が良好化してきたのは、まさに小泉内閣時代から始まった、毎年相互に首脳が訪問して、とにかく一度は必ず毎年行ってお互いに話をしようという、その原則がずっと続けられてきているというのは非常に重要な発展になっていると思います。 そして、プラスして、マルチの様々な形での、アメリカを含めて、オーストラリアを含めて、いろんな形の首脳会談が様々
○参考人(福永正明君) 二つの側面ございまして、一つは、いわゆるインド料理屋さんというのは大地震以後、インドの人たちが全部本国に帰った後、ネパールの人たちが後を継ぐという形になりまして、インド料理のようなネパールインド料理というお店があちらこちらに増えております。それから、確実に高学歴で技術を持った人たちが、かなり若い世帯、夫婦で稼いで子供が小さいというふうな人たちが今増えております。 そしてもう一つは、インドから日本への観光客とい
○参考人(福永正明君) おととし、御記憶あるかもしれないんですけれども、五百ルピー札と千ルピー札という一番インドで流通していた紙幣を一晩のうちに、もう今日をもってして使えませんよということをインド政府はどおんとやったんですね。それをもってしていわゆる汚職の資金を断つとか脱税の資金を断つとか、かなり激しいことをやったんですけれども、かなり不満はたまったんですけれども、一方で、いわゆるモバイルレジのような、町の八百屋さんが携帯でお金をやり取
○参考人(福永正明君) これは私自身が最初に言っていることではなくて、多分安倍総理もこういう言葉でお話しになられているんじゃないかと思うんですけれども、やはりインド洋の中でどのように安全な航行を確保するかということがまず一つ。いわゆる国際公共財としての航路の確保という問題。 そして、それぞれの国の独自性と主権を維持しながらいかに協力していくかという上で、一帯一路と対立するものとして自由で開かれたインド太平洋戦略というものを考えるより
○参考人(福永正明君) この自由でインド洋と太平洋と結び付いた戦略というのは安倍総理が二〇〇七年に最初に発表されたものでして、昨年トランプ大統領がぽんとおっしゃられ、ぱっと広がっていったものですけれども、そこのところで私自身が感じますのは、やはりインド洋におけるアメリカ海軍のプレゼンスがだんだん落ちてきている、それをインドと日本がしっかり手を結んで進んでいくという意味においてインド太平洋戦略というのはあると思うんですね。その向こう方のア
○参考人(福永正明君) ありがとうございます。 今後についてといいますか、もう少し先の将来に見たときに、インドが中国とどういう関係をつくっていくのかということが、私たちにもやはり見通せないものがあるだろうと思うんですね。 この今私お示ししました貿易第一位という国をすぱっと切ってほかにどこかに行くということも考えられませんし、それを軍事的に、例えばICBMを造ったから、じゃ、もう中国と全面戦争が可能になった、いや、核兵器が配備され
○参考人(福永正明君) 二〇一四年に今のインド人民党政権ができまして、もう下院で三分の二以上を取る、過半数以上のものを取っている政党でございます。上院でも多分、今年、来年以内には過半数を握れるであろうと。 非常にヒンドゥー主義、宗教色の強い政党でして、バックグラウンドにヒンドゥー教の支持団体があるということから、例えば、インドは特定の宗教を国家宗教として持っていないんですね、八割がほぼヒンドゥー教徒である。今のモディ政権を支える人た
○参考人(福永正明君) 日印原子力協定、昨年七月に発効いたしまして、その後で、私の知っている限りでは、日本のメーカーが、いわゆるプラントメーカーとしての原子力メーカーが直接話が進んでいるという状況はございません。むしろ、三社ありますけれども、それぞれが、部品であるとか資機材、技術、そういう部分での協力というのは、東芝、今お話ございましたけれども、は完全にプラントとしてはもう出ていかないんだということを明言しておりますので、そういう形での
○参考人(福永正明君) ありがとうございます。 一番難しいところだと思います。歴史的にも非常に長い付き合いのある国ですし、それぞれの人がいろいろなインド像というのを持っていることも確かです。それから、結び付きも持っていることも確かなんですけれども、やはりキャッチフレーズのように自由と民主主義と言ったときに、その内実がどうなっているかという部分を丁寧にやはり相手方に説いていくであるとか、あるいは、民主主義というものが保障しているのが、
○福永参考人 おはようございます。岐阜女子大学南アジア研究センターの福永と申します。 もうお二人の先生が詳細にお話をしていただきましたので、事実関係につきましては私はかなり省いて、ポイントのみをお話しさせていただければと思っております。 まず、インドが一九七四年に第一回の核実験を行った際に、これはアメリカとカナダからの民生協力によって提供を受けた燃料、資機材などを秘密のうちに軍事転用して核実験を行った、核実験とは言っておりません
○福永参考人 ありがとうございます。 ちょっと区別をして申し上げますと、インドがみずから民生用と軍事用に特定する。民生用というところでは、ほぼ、アメリカが現認団を出すというようなこともございますので、しっかりと見ていくことができるんだろうとは思いますけれども、計量制度などについてはやや不明確なところがございます。しかしながら、一番問題なのは、インドがみずからの意思で軍事用と民生用に分けるという部分でして、それが果たして国際的にも認め
○福永参考人 ありがとうございます。 その点は、終了した場合の返還に関する賠償ということでありますと、私が外務省から聞いておる話では、これは国費で賠償を行うということを聞いております。
○福永参考人 ありがとうございます。 大気汚染は、本当にデリーは非常にひどい状態であります。北京よりもひどいということで、大変な苦労をしております。 しかしながら、翻って考えますときに、これまでのように化石エネルギーに頼っていくという、大きな発電所をつくって長い送電線を張って遠くの村々に電力を送るというところの転換ということもインドの国内ではかなり主張されておりまして、小さなコミュニティー、小さな範囲の中で、再生可能エネルギーあ
○福永参考人 御質問ありがとうございます。 二〇〇八年の例外化のところについて一言つけ加えさせていただきます。 紳士協定で密室の中での議論でして、なかなか情報は出ていないんですけれども、どうもあのときに、最終的に、全会一致制であったNSGを崩壊させないために、とにかくここは認めるけれども、協力するかしないかはそれぞれの国が認めましょうというところでの合意であったというのが流れてきておりまして、そのため、それがあるからこそ、先ほど
○福永参考人 ありがとうございます。 二〇一〇年にこの協定の交渉というのは始まりまして、六年間経過したわけですけれども、経過する中での最大の問題点といいますか、両国の対立点というのは、核実験を行った場合にどのように対応するのかという、日本側が厳しい態度を続けてきたということは、都度の首脳会談などでの声明で明らかでございます。 これは、九八年に核実験をインドが行いまして、制裁を加えました。その後、インドとアメリカの間の中でかなり細
○福永参考人 ありがとうございます。 インドは、平和な国という、あるいはガンジー、非暴力というイメージがあるんですけれども、二〇〇〇年代に入りまして、ようやく国際社会の中で原子力開発が認められるようになっていった。 そこで、国民の感情としますと、まずは電気が、何でもいいから電気が欲しいというのは、大都市中流層には強くございます。しかしながら、これは日本と同じような例でございますけれども、原発建設予定地というのは、遠く離れた海岸寄
○福永参考人 ありがとうございます。 私からもお願いいたしましたけれども、どうぞ資料を公開して、慎重な御審議をお願いしたいと思っております。 私からは、ぜひ、インドの人々の、原発を売るな、事故を輸出するなという声に耳を傾けていただければと思っております。 よろしくお願いいたします。