「禿河徹映」の過去の国会発言

発言数 534件

初発言日: 1972-10-03  /  最新発言日: 1996-02-22  /  1 ページ目 / 全体 27ページ

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1996-02-22 衆議院

予算委員会公聴会

○禿河公述人 私の方からまず大蔵の機構改革の問題についてどう考えておるかという点について感想を申し上げたいと思います。 今大場さんからいろいろお考えが出ましたが、私は、大蔵の機構が現在のままでいいのか、変えるべきかということについて実は確たる知識というものを持ち合わせておりません。ただ、そういう問題が起こった背景というものについては、大蔵省もこれを謙虚に受けとめていく必要がある、かように思っております。 その権限が大きいとか、あ

1996-02-22 衆議院

予算委員会公聴会

○禿河公述人 御指名をいただきました全国労働金庫協会理事長の禿河でございます。 本日は、こういう席にお呼びいただきまして、大変ありがとうございます。 ここ数年来、信金、信組などの経営破綻が相次ぎました。また、三十八兆円と言われます多額の金融機関の不良債権の処理の問題が大きな問題になっております。本日は、そうした中で、主として勤労者を対象とする個人金融を担っております労働金庫が現在どういう課題に直面しておるのか、その辺を御報告いた

1996-02-22 衆議院

予算委員会公聴会

○禿河公述人 私ども労働金庫の合併と申しますか、この問題につきましては、実は検討は長い経過もございます。先ほど申しましたとおり、労働金庫は都道府県単位で設立をされたわけでございますが、その後の産業構造の変化等々によりまして、会員団体、これが広域化し、さらには全国的に広がっていく。こういうふうな状況にだんだんとなってまいりまして、そういう状況を踏まえまして、これまでもいわゆる全国一本化と申しますか、統合化とかいうようなことが検討もされてき

1996-02-22 衆議院

予算委員会公聴会

○禿河公述人 労金法ができましたのは昭和二十八年でございますが、これは議員立法によるものでございました。いわば労働界をバックにした関係の方々の御尽力が大変大きかったかと思います。 しかし、その労金法におきましても、第五条にはっきり労金は政治的に中立てなくてはならないということが明記されておるわけでございまして、私どもはやはり対象は勤労者、労働者を中心にやっていくということではございますけれども、金融機関としての公共性、それを踏まえな

1996-02-22 衆議院

予算委員会公聴会

○禿河公述人 系統を持っております協同組織の金融機関、これの存在意義といいますか、あるいはその合理性というものは、前の金制でも指摘をされておるところでございます。 ただ、系統関係の末端の方は非常に規模も小さいのが多うございます。そういうこともありますし、また、資金の流れ等々の関係もありまして、先ほど御指摘のありましたような預貸率が低くて、いわば余裕金が多額に生ずるとかいうふうな面もございます。こういうものにどう対応するかということは

1984-05-18 衆議院

決算委員会

○禿河政府委員 私の方から法律論的な立場から御答弁をさせていただきたいと存じますが、今御指摘がございましたとおり、ソ連によります日本人の将兵等の抑留、強制労働ということは、ポツダム宣言並びに国際法に違反しておるわけであります。そういう事実であることは否定できないところだと私どもも存じております。 ただ、この強制抑留に係ります請求権の問題につきましては、日本とソ連の政府間の問題として見ました場合には、日ソ共同宣言の第六項によりまして、

1984-05-18 衆議院

決算委員会

○禿河政府委員 戦後処理問題懇談会におきまして、シベリア抑留者の問題、いろいろ御検討いただくに当たりまして、今御指摘がございましたような実態の把握ということをやる必要があるということ、そのとおりだと思っておりまして、私どもも、できるだけその実態につきまして懇談会の各メンバーの先生方にも御理解いただこうということで、関係省庁、特に厚生省を中心といたしまして、その辺の実態の説明等をお願いしたわけでございます。ただ、今お話がございましたとおり

1984-05-10 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) シベリア抑留者の問題につきましては、繰り返しで恐縮でございますけれども、戦後の処理といたしましては、恩給法上倍の期間の計算をするとか、あるいは戦傷病者戦没者遺族等援護法等の措置でやってきたわけでございますけれども、ソ連のああいう国際条約違反の行為でシベリアの非常に悪条件のもとに抑留されて重労働に服した、こういうふうな事情がございまして、関係の方々のこれに対する補償等々の御要望が出てまいったわけでございます。

1984-05-10 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) いつまでにということ はなかなか申し上げにくいわけでございます。というのは、現在いろいろ意見交換をしておられる段階でございまして、ぴたりいつまでにという状況ではございません。 ただ、初めの開催のときから大体二年ぐらいで懇談会としても意見を出そうではないか、二年ぐらいはかかるのではなかろうかということで参っております。したがいまして、この夏ぐらいまでには御意見がちょうだいできるのではなかろうか、かように期待

1984-05-10 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 確かに、総理府総務長官の私的諮問機関、こういうことで始めていただいたわけでございます。仮に七月一日以降に御意見の出されるのがおくれるというふうなことになりました場合には、新総理府の所管大臣は今度は官房長官ということになりますので、技術的にぴしゃっとどういうふうにすべきか、六月中にお寄せいただけるかもしれないということもありまして、まだ事務的にも十分詰めておりませんけれども、そういう仮に七月一日以降ということにな

1984-05-10 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 国際法上の問題でございますので、ちょっと私どもの方からお答えするのが適当かどうか存じませんけれども、戦争捕虜に関しますところのヘーグの陸戦法規等の国際法ないし国際慣習法、そういうものに明らかに反した行為である、こういう認識は変わりございません。

1984-05-10 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) まさに外務省所管の条約上の問題でございますので、あるいは私からお答えするのが適当でなく、また完全に正確なことであるかどうか存じませんが、いろいろ私ども勉強したあれで申しますと、日ソ共同宣言によりまして、相互に国としての請求権の放棄は行っておるわけでございます。ただ、シベリア抑留者の関係の方々、その方々の個人としての請求権というものは残るけれども、国といたしましては、そういういわゆる国民に対しますところの外交保護

1984-05-10 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 戦後処理問題と申します場合、これをどうとらえるかによりまして、その範囲というものが非常に広くなったり、また人によりましてかなりの差異が出てくるというふうなことはあろうかと存じますが、昭和四十二年に引揚者に対しますところの特別交付金の支給をもって政府といたしましては戦後処理問題についてこれでピリオドを打つという方針が決められた際におきますところの戦後処理と申しますのは、当時の国会におきますところの総務長官答弁にお

1984-05-10 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 二度と戦争を起こさないということが戦後におきます大きな政治の目標であるということは、私ども事務方からそういう問題につきまして申し上げるのは、大きな政治の問題でございますので不適当かと思いますけれども、そういう大きな政治の目標、流れというものがあるという事実は私どもも存じております。 ただ、それを避けるために戦争による損害を補償するというのが戦後処理の基本ではないかという点につきましては、この戦争に関連し、あ

1984-05-08 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 先生の御指摘、私どもにもよくわかるわけでございます。 ただ、この懇談会が開催されるに至りました経緯からちょっと申し上げたいと存じますが、御承知のとおり、政府といたしましては、昭和四十二年の引揚者に対します特別給付金の支給、これをもって戦後処理に関する一切の措置は完結したものとする、こういうことでずっと対応してきたわけでございます。しかし、特にここ数年来、シベリア抑留者の問題であるとか、在外財産の問題、さらに

1984-05-08 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 政府としての基本的な考え方から申し上げますと、さきの大戦に関しましてはすべての国民が何らかの犠牲というものを余儀なくされてきたところでございまして、それはやっぱり事柄の性質上国の力にも限界がある、こういう点から見ましても、国民一人一人の方々に大変お気の毒ではございますけれども、それぞれの立場で受けとめていただかなくてはならないことであろうという基本的な考え方がございましたが、その中でどうしても国としてそういう戦

1984-05-08 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 戦後処理問題と申します場合、どの範囲までをとらえるかということは実は大変難しい事柄でございまして、人により、あるいはそのときの状況によりまして、かなりの差もあろうかと思っております。 一昨年六月末に、戦後処理問題懇談会が開催されまして、基本的に戦後処理問題というものをどう考えていくべきかということにつきまして御意見をちょうだいいたしたいということで、これまで二十二回の開催がなされたわけでございます。 こ

1984-05-08 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 戦後、強制抑留者という問題になってまいりますと、確かに敗戦後各地におきまして、あるいは戦犯とかいう形で抑留されたり、あるいは引き揚げ船が来るまでの間一定の箇所に集合してその間船が来るまで待っておった、これを抑留と称しますかどうか言葉の問題であろうかと思いますけれども、戦犯と言われておりますのはまた特殊な事情がございますが、現在大きな問題として関係の方々から御要望が寄せられておりますのは、専らと言っていいほどシベ

1984-05-08 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 今、御指摘がございま したのは、一般的な意味におきましては確かに戦後処理の問題と言えるかもしらぬと私ども考えておりますが、冒頭にも申し上げましたとおり、戦後処理問題というものを取り上げていきます場合に、その取り上げ方いかんによりましては大変多種多様にまたがるわけでございます。そういう多種多様、非常に広範囲の、しかも個別の問題というものをこの懇談会で取り上げて御検討いただくというのは実際上不可能に近いことでござ

1984-05-08 参議院

内閣委員会

○政府委員(禿河徹映君) 突然のお尋ねで、私どもその資料を持ってきておりませんが、例えばシベリアの抑留者の問題でまず申しますと、厚生省のいろいろの資料によりますと、戦後シベリアに強制的に抑留された方が五十七万五千人ぐらい、そして現地で死亡された方が約五万人ぐらいということで、ざっと五十万人の方が強制抑留後日本に引き揚げてこられた、かように聞いております。 それから恩給欠格者の問題は、恩給局で実際上恩給を出しております数字はすぐぴたり

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