災害対策特別委員会
○菅原参考人 皆さん、おはようございます。宮城県気仙沼市の市長の菅原茂でございます。どうぞよろしくお願いいたします。 東日本大震災から十五年が経過しました。岩手、宮城、福島の被災三県の中で、沿岸部において首長を継続して続けているのは私のみになってしまいました。また、一昨日、五選を果たしましたので、このことが私の使命と思い、これからも防災に尽力をしていきたいと思っております。御指導をよろしくお願いいたします。 お手元に本市の被害状
日本の国会議事録 全文検索
発言数 30件
初発言日: 2025-03-13 / 最新発言日: 2026-04-28 / 1 ページ目 / 全体 2ページ
発言データをコピーしてAIに貼り付けると思想・価値観・主義主張などの分析ができます
※AIによる分析結果は必ずしも事実とは限りません。正確な判断はご自身でお決めください。
○菅原参考人 皆さん、おはようございます。宮城県気仙沼市の市長の菅原茂でございます。どうぞよろしくお願いいたします。 東日本大震災から十五年が経過しました。岩手、宮城、福島の被災三県の中で、沿岸部において首長を継続して続けているのは私のみになってしまいました。また、一昨日、五選を果たしましたので、このことが私の使命と思い、これからも防災に尽力をしていきたいと思っております。御指導をよろしくお願いいたします。 お手元に本市の被害状
○菅原参考人 私たち、東日本大震災においても、今先生がおっしゃられた三つのことは非常に課題になりました。そういう意味で、先ほど私の方からそのことを、自治体の長は目の前のことで一生懸命、時間がありませんので、中央省庁の方から人を出していただいてそこを整理して、また、各省庁とつなぐ、また交渉する役割を担ってほしいという話をしました。そのことを今回仕組み化することの一つがこの勧告だというふうに思っております。 是非、防災庁において勧告をし
○菅原参考人 御質問ありがとうございます。 本市においては、先ほど申しましたように、大変海に近い、それも気仙沼市において最も外洋に近いところに建っていました気仙沼向洋高等学校が、四階建ての建物で四階まで被災をしました。幸い人は亡くなりませんでしたけれども、建物としては壊滅的な状態になりまして、現在、そのまま保存しております。 その脇に、近くにあった観光施設の災害復旧として伝承館を建てまして運営しておりますけれども、先ほど言いまし
○菅原参考人 御質問ありがとうございます。 市町村は、まさしく何倍の職員があっても足らないというような状況にあります。現在では、自治法におきまして、全国の自治体から応援の職員が来ることになっております。そのことのより確立というものが必要だというふうに思っています。 本市において実際に起こったことですが、職員も被災者だということもありましたけれども、それ以上のことが起こります。本市が大震災に遭ったときに、最も忙しい建設部長の御子息
○菅原参考人 ありがとうございます。 防災庁の機能ということでありますけれども、東日本大震災においては復興庁が立てられました。復興庁が設立されるまで実は十一か月かかっております。翌年の二月一日であったかなと思っておりますけれども、その間も、政府は政府の中で担当の部署をつくりつつやられたということだと思います。 復興庁ができまして、私たちは各省庁に要望に行かなくて済むようになったんですね。つまり、復興庁に行って全ての要望を出してい
○菅原参考人 ありがとうございます。 例えば本市で言えば、現在部長になっている人たちは四十前後だったと思います、被災したときに。課長になっている人たちは三十代ということで、まだしばらく、すぐ同じことが起こっても同様以上の対応ができる体制には今はありますが、やがてそのことは難しくなってこようかなと思っています。 そういう意味で、冒頭お話をしましたけれども、やはり防災庁においては、防災大学校というものを、いわゆる学位を取るものでなく
○菅原参考人 気仙沼を愛していただきまして、大変ありがとうございます。私も宮古は大好きです。 大槌の火災において、緊急消防援助隊、本市も早速、私も選挙中でありましたけれども、夜八時半の出発ということで、消防本部に行きまして、激励、見送りをさせていただきまして、今、替わりの替わりの順番ぐらいで行っているかなというふうに思っております。鎮圧方向ということで、一安心できればいいなと思っております。 今の御質問でありますけれども、現在、
○菅原参考人 まず、災害の規模によって、規模というか集中度合い、例えば今回の場合は大槌一か所ですね。一か所だから全国から来てしまうんです。これが広域であればある程度分散するということがありますので、事情は災害によって違うのかなということはございますけれども。 今の御質問に関して私が感じたことは、まずは、何が必要かというようなリストのようなものを防災庁の仕事の一つとして確立していただくといいかなというふうに思います。この災害においては
○菅原参考人 御質問ありがとうございます。 私が本市の事例としてお話しさせていただいたのは、半年ぐらいたって、これは官房副長官の方でお考えになって、職員派遣をしたら受け入れられるかという話がありまして、若手が来られました。いわゆるキャリア官僚が四省庁から来られて、半年間、私たちと一緒になって防災対応に当たりました。 一方、同時に必要だというふうに感じたのは、そのクラスの人も仕事はあるわけですが、やはり、国と渡り合ったり、ほかの省
○菅原参考人 明示する必要性についての御質問だというふうに思いますが、解釈としては非常に難しいところがあって、そういうふうに今なっているのではないかなと想像させていただきます。 というのは、ふだんから我々、例えば道路だったら国交省、防潮堤だったら水産庁とか、そういうふうになっているわけですね。その方たちが、防災においても、また災害においても、事前防災においても実際に仕事をしていくし、予算もつけていくんだというふうに思います。そことの
○菅原参考人 御質問ありがとうございます。 まさに今御質問でお話しされたことが防災庁の必要性そのものだと思いました。 私は十か月目で被災をしました。当時、副市長さんは県から来て八か月目、あと、もちろん総務部長さんも危機管理監もおられましたけれども、実際にそのメンバーで大きな災害に遭ったことがありませんでしたので、毎日、どのような議論をすればいいかということも含めて、みんな寝てもいませんので、そんな中で過ごしてきたわけであります。
○菅原参考人 ありがとうございます。 最初ちょっとお話ししましたけれども、私のところは津波被害が大きかったので津波のことがイメージされますが、避難訓練をすればするほど、避難所訓練になってしまう。一番大事なのは避難所へ到達すること、そのことが、私は防災庁にとっての一番大きな仕事だと実は思っています。 その上で、避難訓練が形骸化していくことを防ぐということについては、本市でも、中学校単位に地区が分かれていますので、避難訓練も中学校単
○菅原参考人 ありがとうございます。 本市で、東日本大震災においては、学校そのものが被災したところも大変多いし、生徒児童の御家庭も全壊したところが大変多かったので、実際に学校が開始されたのは五月の九日だったと思います。それまでは、学校どころではないということだったと思います。そういうケースだけではないとは思いますけれども、まずは学校を安全なところに建てるということが極めて大事だというふうに思います。 先ほど、東日本大震災で本市の
○公述人(菅原茂君) 宮城県の気仙沼の市長の菅原茂と申します。 このような機会をいただきまして、大変ありがとうございます。 一昨日、東日本大震災から十四回目の三月十一日を迎えました。これまで全国から、また国会議員の皆さん方から、各省庁から、大変な御支援をいただいてまいりました。心より御礼を申し上げたいと思います。市民は、復興のその先へということで一生懸命、今真摯に向かっているところでありますので、これからも御協力を賜れればという
○公述人(菅原茂君) 先ほど御紹介しましたくるみん、えるぼし認定に続くようにということで、うぇるびん認定というものを今つくっているところでございます。中身はもうできておりますけれども、これから市民の皆さん方にお示しすると。その中で、やはり男性の育児休業取得実績というものが一つの指標、チェックポイントになっておりますので、そのことをまずは市民、特に企業の皆さん方によく理解をしていただきたい。 その前に、やはり我々が今企てておりますジェ
○公述人(菅原茂君) うぇるびん認定のことですが、いわゆるくるみん、えるぼしは本当に非常にハードル高くて、実は本市には一社しかありません。一社は、やっぱり売上げも相当大きな会社であります、地元の企業ですが。その会社に比べれば、ほとんどの会社は従業員が五十人以下とか三十人以下とか多いのでなかなか難しいと思っておりますので、是非そこにつながるような、我々のうぇるびん認定が、同じように国の方でつくっていただくのであれば、またそのときに多分国で
○公述人(菅原茂君) ありがとうございます。 本市は、一・〇の今の最後のステージにおいても、実は地方創生交付金を随分使わせていただいている団体の一つだと思っています。その一つがモノレールだったのですが、モノレールにつきましては、本来復興事業で完成させるべきものが索道会計ということで復興事業に当たらないということで、私は八年間ぐらい復興庁とやり取りしましたが、できなかったので、地方創生交付金の拠点整備型というのに御厄介になりました。た
○公述人(菅原茂君) 本市は実は県際にあるんですね。宮城県の中で突出して岩手県に入り込んだような形で、実際のそのコミュニケーションとしては、三陸沿岸道路の要望などで岩手県の町、青森県の八戸も含めてですね、ネットワークをつくっているのですけれども、いろんなことをやろうとしたときにその県の境というのは非常に大きなものがございます。 一方で、そのことは別としまして、この頃言われているのは、例えば北海道において我々と同じような水産を中心とし
○公述人(菅原茂君) 本市でも立地適正化計画などというものを作っております。国交省の方に認めてもらう計画になります。 居住をこのエリアに、また、にぎわいをこのエリアにというようなあれですが、大変重要だと思っていますし、我々、実は災害公営住宅を二千八十七戸造りました。その前にあった市の公営住宅は四百幾つなんですね。人口が、先ほど表で、グラフで示したような数字になってくると、四百何十戸あった公営住宅が多分二百戸ぐらいで済むんですね、やが
○公述人(菅原茂君) 地方創生推進交付金の今後のメニューのことに関わってくるのかなというふうに思っています。 そういう意味では、地方におけるやはり工夫が必要だと思っています。なかなか国からこれとこれということが、地方とかみ合うことだけではないと思いますので、これまで我々も十四年間、被災地なりの努力をさせていただいておりますので、そういうところから出てきた、こういうことにお金を使うと少なくても人口が減りづらくなって、交流人口、関係人口