「菱田一雄」の過去の国会発言

発言数 15件

初発言日: 1973-06-06  /  最新発言日: 1973-07-12  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1973-07-12 衆議院

公害対策並びに環境保全特別委員会

○菱田参考人 大都市の汚染の寄与率を見る場合には、私たちはこうやって見るわけです。たとえば煙突がたくさんありますと、その煙突一本一本をやはりはかってみます。ところが東京のように一万一千もの施設がありますと全部はかるわけにいきませんから、大体その代表的なものをまずはかるわけです。そして火力発電所の場合ですと、私たちは三つの火力発電所がありますから、そのうちの二つをはかってみる。その二つをはかりますと汚染物質がどのくらい出ているかということ

1973-07-12 衆議院

公害対策並びに環境保全特別委員会

○菱田参考人 私は東京都の公害局におりまして大気汚染防止対策を担当しております菱田でございます。私は公害をやり始めましたのが昭和二十六年からでございまして、そしていままでどういうことをやってきたかといいますと、工場の設置されるときに事前に公害が出ないようなチェックばかりをやってまいりました。したがって、私はエンジニアの学校を出ておりますけれども、私は物をつくったことはございません。私がやりましたのは全部工場から出てまいりますそういうネガ

1973-07-12 衆議院

公害対策並びに環境保全特別委員会

○菱田参考人 固定発生源については非常に、私たちとしてみれば押えやすい。ですから、押えやすいところから金を取るという考え方はあります。またもう一方、こういう考え方もあります。たとえば燃料が一体どのくらい効率よく使われているかという問題があるわけです。たとえば火力発電所というところでは、燃料を使いますと、大体その四〇%が電気になって出てきます。しかし自動車の場合には、約一〇%から一五%しかエネルギーになって出ていかない。ということは、それ

1973-07-12 衆議院

公害対策並びに環境保全特別委員会

○菱田参考人 光化学スモッグというのはいろいろな原因があるわけでございますが、一応NOxとそれから炭化水素といわれております。そのほかにも硫黄酸化物の中のSO2が光化学反応を起こしてSO3になる。SO3というのは無水硫酸、これはすぐ水と反応いたしまして硫酸になります。そういうようなものになるのではないかといわれております。 で、東京工業大学の清浦先生が、川崎あたりの高い煙突から出てきたものが地上に落ちてくるまでの間に二時間から三時間

1973-07-12 衆議院

公害対策並びに環境保全特別委員会

○菱田参考人 私たちが現場でからだで非常に感じるごとというのはどういうことかといいますと、やはりそういうものをつくる、またたくさん売った人に責任があるんじゃないかという気がいたします。私たちがたまたまそういうようなことをやっているたとえば運転手、ドライバー、そういう方を押えてみてもまあざこばかりでございまして、決してそういう方を押えることはない。それよりも、むしろやらなければいけないのは、自動車をつくった人たちであるというふうにわれわれ

1973-07-12 衆議院

公害対策並びに環境保全特別委員会

○菱田参考人 私は経済学者でありませんので、あまりこまかい点については何ともいえないと思うのでございますが、大気汚染を担当しておりまして感じることは、いま汚染物質がたくさん出ているから、いま被害があったということではないということです。これは前からの長年の蓄積がそういうふうになったのであるというふうに考えるわけであります。ですから、いま汚染の寄与率はこうであった、しかし、これは五年前からのものかもしれませんし、十年前からのものかもしれな

1973-07-12 衆議院

公害対策並びに環境保全特別委員会

○菱田参考人 私は、指定地域そのものが全部が悪いというわけではございませんで、たとえば産業公害型のものならば非常に特定な地域に限られることはできると思います。たとえば鹿島なら鹿島というところだとか大牟田なら大牟田というようなところに限られておりますものがございますけれども、たとえば東京と川崎と横浜とかたまっておるようなところで指定地域制度というのは非常にむずかしゅうございます。またそれからずっといきまして、千葉へ参りまして、市川とか船橋

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 私は、東京都の公害局におりまして、大気汚染防止対策を担当しております菱田でございます。また清掃局におきまして、産業廃棄物の処理施設の建設担当の副主幹をやっておりますものでございます。 私は、実はエンジニアの学校を出まして、そして東京都に入りましたのは昭和二十六年でございますが、実はそのときから私は公害についてやっているわけでございます。したがいまして、私は公害につきまして約二十何年間ずっとそれだけをやってまいりました。

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 私の知っている地方自治体では、いままで保健所におりまして鼠族昆虫をやっていた、鼠族昆虫というのは、ネズミをとったりゴキブリをとったりしていた方が実は公害をやっているというような例が非常に多うございます。そういう方にしてみますと、企業の方が来て話をするということは、全く赤子の手をひねるようなものでございまして、全く何もわからないというのがたくさんあるわけであります。そういう方たちをどうやって技術のレベルアップをするか。もとも

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 現在、火力発電所の排煙脱硫については、昭和四十年ごろから通産省のプロジェクトチームで非常にたくさんやってまいりました。まず最初にやりましたのが東京電力と日立製作所、それから中部電力と三菱重工のものにつきましてやってきたわけでございます。しかし、それも約三年間の期間が終わりまして、そのあと中型試験プラントをつくろうというようなことでやってまいりました。それの排ガス量の容量はどのくらいかといいますと、十五万立方メートル・パー・

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 私が聞きました四日市の三重県立大学の吉田克己先生という方の論文では、あれは昭和三十九年の大気汚染の研究協議会のときに発表された論文でございますが、その中では四日市の火力発電所について、たしか五八・何%かでございましたが、五八%程度の汚染の寄与率が火力発電所にある、残りが石油とか石油化学とかそういうようなものであるというようなことを発表されたのを記憶しております。現在の動きが昭和四十八年でどのくらいになっているかということは

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 私、こういうことを申し上げるのはなんでございますけれども、実は私は科学技術庁の資源調査会の専門員をやっているわけでございます。私は昭和四十四年の十月に、廃棄物の処理体系に関する報告というものの原案を書いております。これは資源調査会において、要するにいままで出てくるいろいろな廃棄物というものを再生循環利用しなければ資源が枯渇するというようなことを含めて、そして企業の責任はこうなんだというふうなことを、私たちは四十四年十一月に

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 いまの研修制度というのは、おそらく一週間とか十日とか出てきて、そうしておれは東京へ行って勉強してきたんだというようなことではないかと思うわけです。たとえば国立公衆衛生院というところでは、半年なり一年なりかけてそういう研究生もやっておるわけであります。私たちのほうの公害局の職員の中からも、大学院を出てきたような者でまたそういうふうなところに行っている者もございます。しかし、そういうところで教わってきた者がほんとうに実際の公害

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 私は公害行政をずっとやってまいりまして非常に感じたことはどういうことかといいますと、公害に対する哲学がなければいけない。しかし、哲学と一緒に技術というものがぴたっと密着していなければいけないと思うわけです。いままでの公害行政というのは、哲学が先に進んできて技術がおくれているというのがむしろ現状じゃないだろうかと思うわけです。私は、技術というのはぴしっとほんとうに二者一体にならなければ公害行政というものは進まないのじゃないか

1973-06-06 衆議院

科学技術振興対策特別委員会

○菱田参考人 私は、無過失責任というようなことにつきましては、あまり詳しくございません。したがって、ここで皆さん方に述べるようなことは言えないと思いますが、先ほど宇井参考人がおっしゃったようなことは、私もいままで考えていたことでございます。しかし、たとえば東京なんかの場合に、やはり一番大きな問題となる汚染寄与率を示しているのは何かといいますと、たとえば自動車などについて言うならば、自動車は一日に千八百トンの一酸化炭素を出しているけれども

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