「藤井富美子」の過去の国会発言

発言数 11件

初発言日: 2003-06-04  /  最新発言日: 2003-06-04  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) おはようございます。私は、五歳と三歳の子供がいる主婦で、藤井と申します。子供を持つ立場から今回お話しさせていただきたいと思います。 このたびは公述する機会を与えていただいてどうもありがとうございます。では、早速ですけれども私見を述べさせていただきたいと思います。 憲法、日本国憲法と今次有事法制の意味するものを考えてみますと、憲法制定時は日本が侵略国家であったのであり、周りは善であるという前提で作られてい

2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) 安全保障理事会で行う国連軍というのは、結局安全保障理事会のメンバー、特に拒否権を持つ五大国の国益に沿わなければ、例えばこれは武力行使、武力行使というか、割って入らなあかんと思うところでも、まあまあまあという感じで、結局そこに仲介しに行かない可能性もあるということです。今のシステムのままであれば大国の利害で左右されるから、そうではなくて、もっと国際的にきちっとした、こういう場合には必ず部隊を派遣しますということを

2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) 具体的な過程というのは各国で、それこそ国連の場できっちり話し合っていただきたいとは思うんですけれども、ただ、私が言いたいのは、そういうシステムを構築しない限りは、例えば今北朝鮮と日本との関係が不安定で、日本には例えばアメリカが、それから北朝鮮には中国が付くか分かりませんけれども、例えば大国中国が付くとして考えて、例えば戦争になったとした場合に、これはどっちが正しい間違いというのがなく、単なるけんかになるわけです

2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) 日米同盟というもの、現実にあるわけで、アメリカ、お友達がそういうことをするのに、あんた、それはあかんやろって、そういうふうにはそうそう言われないと思うんです。ただ、気持ちを聞いて、分かるけどな程度で止めておいてほしかったなというふうに思います。

2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) 私もそう思います。 基地の提供とか、もう資金的に随分出しているわけですし、もっと日本は堂々としていいんだろうと思うんですけれども、私、主婦で、テレビから流れてくる感じでいえば、何か日本はちょっとアメリカに対して後ろめたいというか、何かやらなければならないことをやっていないようなニュアンスでニュースからは伝えられてくる気がするんですよ。 そういう意味で書いているだけで、私自身としては、もっと日本は堂々とし

2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) 簡単に言いますと、日本がなぜ北朝鮮からミサイル攻撃をされる可能性があるかといえば、米軍基地があるからだと思うんです。 だから、結局、米軍が今のように先制的な自衛攻撃に出るという可能性を秘めていることを非常に北朝鮮は怖がっているわけですよ。それで脅してくるという形になっていると思うので、言ってみたら、今の現段階でいったらもう無理だと思いますけれども、もうアメリカさん出ていってくださいと言って、日本は独自でやっ

2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) 私も将来的には日米同盟という軍事同盟というのから、先ほど私が公述しましたような東アジアあるいは極東アジアでの地域安全保障機構みたいなもの、それからもう更に遠い話になるかもしれませんけれども、世界全体での安全保障としての警察軍みたいなものができれば日米同盟自体は必要ないと思うんです。そういう方向に行ってほしいという将来像を一応私なりに、素人なので幾らでも言えるので提示したわけですけれども。 ただ、今アメリカが

2003-06-04 参議院

憲法調査会公聴会

○公述人(藤井富美子君) 今の段階で、今のこの極東アジアの地域を考えますと、北朝鮮対日本とかアメリカとかいうことであるわけですけれども、また戦中のことでいえばアメリカと日本が対立するというようなことで、どっちが正しかったというのは、勝てば官軍なところがあって、結局今でもあの戦争は正しかったと言う人もいれば、いや違う、あれは間違った戦争だったと言う人もいるというのは、結局戦争というものが正しい正しくないというどこか基軸になるものがあって行

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