「進士晃」の過去の国会発言

発言数 11件

初発言日: 1977-10-27  /  最新発言日: 1978-10-18  /  1 ページ目 / 全体 1ページ

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1978-10-18 衆議院

農林水産委員会

○進士説明員 お答えいたします。 九月二十一日の訓練につきましては防衛庁から連絡をちょうだいいたしまして、当方の水路通報業務といたしまして無線電信、印刷物、ラジオ等によって周知方を取り計らっております。

1978-10-18 衆議院

農林水産委員会

○進士説明員 お答えいたします。 いま先生が御質問なさいました二十日の事故につきましては、私どもは連絡は受けておりません。

1977-11-01 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 その場合には、機器を操作することによって電波を受けることはできます。ただ、それは一般的には利用がいささかむずかしいかと考えられます。

1977-11-01 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 お答えいたします。 一九六八年のロランCのレートの変更のときには、私どもは、アメリカの水路部が一般航行船舶用に発射しております水路通報によって一応承知しております。 ただ、その当時は、まだわが国の一般船舶にはロランCの使用が普及されておりませんので、当方では、水路通報としては周知手段をとっておりません。

1977-11-01 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 お答えいたします。 ごく軽微な変更もございます。たとえば、変更と申しますか、従局の一つが一時的に発射をとめるというようなこともございます。 それから過去三年ということでございますが、過去三年の間には二件、主局が硫黄島から南鳥島へ移ったということがございます。これは最初は昨年、昭和五十一年の六月一日から七月十五日までと、その次は、同じく昭和五十一年の九月十五日から十一月十四日まででございます。

1977-11-01 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 プエブロ号の事件でございますが、これはやはり、先ほど申しましたアメリカの水路通報による資料から判断いたしますと、もしこの事件が一九六八年の一月二十三日の七時以前でございましたら、これは受信可能であった、一般船舶は利用可能であったと思います。それ以後、この年の三月二日十六時四十分までの間でございましたならば、私ども考えます限り、これは利用できない状態にあったと考えます。

1977-11-01 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 私どもがレート変更その他の情報を入手いたしました場合には、私どもの無線航行警報によって周知するという手段をとっております。

1977-10-27 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 お答え申し上げます。 いまのお答えにもございましたけれども、これは作戦上のものか、それは私どもわかりませんけれども、周波数は常に百キロヘルツでロランCは全部固定しております。ただ、発射いたしますパターンをときどき変更することがございます。

1977-10-27 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 お答え申し上げます。 そのアメリカとの取り決めということは、海上保安庁水路部としては全然承っておりません。

1977-10-27 衆議院

内閣委員会

○進士説明員 お答えいたします。 これは私ども水路部でも水路通報と称するもので、これは冊子と無線、短波でございますが、短波の方は定時、冊子の方は一週間に一回発行いたしておりますが、同じものをアメリカの水路部でも発行しておりまして、その中で特に太平洋地域のものはハイドロパックと申しておりまして、ハイドログラフィーというのは水路、パックはパシフィックでございますが、ハイドロパックというものを毎日やはり私どもの無線航法経路と同じ形で短波で

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